物質世界の創造主〜霧亥〜

宗教家(いえ)
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 この宗教では、俺らは創造主を必ず信仰する必要はない。けれども、俺らは創造主を仮定すると、何かと便利であることに気づく。以下では、俺らは物質世界の創造主とその名前「霧亥」を提示する。

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1章 霧亥

 霧亥:霧亥とは、物質世界の創造主の名前である。

 「物質世界が何であるのか」や「創造とは何であるか」は現時点では不明である。便宜的に、俺らは物質世界を宇宙と物質と自然法則の組みと置く。物質とはエネルギを持つ対象であると便宜的に認識する。エネルギが何であるかは不明である。

霧亥は宇宙と物質と自然法則の組みを創造した対象である。宇宙と物質と自然法則の組みは一つのシステムである。だから、霧亥は宇宙と物質と自然法則の組みという一つのシステム創造した対象である。

霧亥がそのシステムを創造する時、霧亥は彼の唯一の目的と意志を持って、そのシステムを創造した(と信仰する)。そして、その目的が自然界というシステムにおける善悪と善悪の正しさ(正当性)を与える。

2章 霧亥と分岐主

 霧亥:霧亥が物質や物質世界を分岐させたのかは不明である。

 分岐主とは、分岐を実行した対象である。この宗教では、俺らは創造主と分岐主を区別する。俺らは霧亥を物質世界の創造主を信仰する。しかし、俺らは霧亥を分岐主と信仰するのかを現時点では決めていない(よくわからない)。

なぜなら、俺らは分岐と創造の違いを現時点では完全に把握していない。加えて、物質世界を無から分岐させた対象が必ず物質世界を創造した対象に一致するのかも不明である。もしかすると、分岐させた対象と創造した対象は別であるかもしれない。

重要なことは創造主の目的や意志が複数存在して、善悪の正当性(正しさ)が決定されないことである。だから、俺らはたとえ分岐主と創造主が分かれていても、もし目的や意志が統一されているならば、俺らはその状態を問題視しないとする。

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