数とは何か?数は存在か状態か、性質か概念か?あるいはイデアか?

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https://en.wikipedia.org/wiki/Nüwa
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 数が何であるかを理解することは俺らにとって非常に難しい。人々は数を不思議な存在や概念、イデアのような何かと感じてきた。以下では、俺らは数が何であるかを提示する。これは「単数形と複数形」と「形容詞」の続きである。

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1章 人間の創造

 数が何であるかを考えるときに、俺らは数を前提とすべきでない。そこで、俺らは女媧による人類の創造を考えてみる。中国の神話(大和民族の先祖はその時代中国大陸で生きていた)では、女媧は人類を創造したらしい。ここでは、俺らは女媧による人類の創造を利用して、数を導入してみよう。

1節 女媧による創造

 女媧(創造主)が和也と和子を創造した。和也と和子は俊と美緒を産んだ。俊と美緒は翔と和人とあかりとみゆきを産んだ。この産むという行為を永遠に繰り返していくと約束する。

2節 女媧による呼び出し

次に、女媧が和也と呼ぶとき、和也はその声に反応する。女媧が和也と和子と呼ぶとき、和也と和子はその声に反応する。同様に、女媧が和也と和子と美緒と翔とみゆきと呼ぶとき、和也と和子と美緒と翔とみゆきはその声に反応する。なお、「と」は呼び出し行為の継続を表現するとここでは約束する。

3節 女媧による名字の付与

 女媧が和也と和子と美緒と翔とみゆきと呼ぶとき、女媧が和也と和子と美緒と翔とみゆきと呼ぶことを面倒であると感じる。女媧は「加藤」という同じ名字を与えていく。すると、和也は加藤和也になり、加藤和子になり、俊と美緒は加藤俊と加藤美緒となる。以下は略。

女媧が加藤と呼ぶとき、加藤和也と加藤和子と加藤俊と加藤美緒が反応する。当然、翔と和人とあかりとみゆきが加藤という名字を持つならば、彼らが女媧によって呼ばれるとき、翔と和人とあかりとみゆきも反応する。

2章 数の導入

 :数とは、名字の性質の一種である。

 上記では、女媧は名前を与えて、和也やみゆきを反応させた(呼び出した)。女媧は面倒さを感じて、加藤という名字を与えて、加藤という名字を持つ加藤和也や加藤和子を反応させた。ここまでは、女媧は固有名詞のみを使用して、数それ自体を使用していない。

1節 呼び出しと反応

 女媧が加藤と呼ぶとき、日常的には、加藤和也や加藤和子は反応するが、加藤俊と加藤美緒は何らかの理由により反応しない場合が生じる。あるいは、加藤和也や加藤和子が人間であると仮定すると、加藤和也や加藤和子はすでに死亡しているかもしれない。

このとき、たとえ女媧が加藤と呼ぶとしても、反応した加藤の状態は常に同じであるとは限らない。例えば、誰も反応しない時、加藤は無的であるという状態である。全員が反応する時、加藤は全的であるという状態である。

このように、女媧の呼び出しに対して、ある種の状態が生じていることがわかる。この時、俺らは加藤の性質を認識する。そして、俺らはこの性質を数と認識する。つまり、数とは名字の性質である。ある対象がある性質を持つ時、ある状態が生じていると仮定する。または、ある状態が生じるとき、ある対象はある性質を持っている。

2節 具体的な数

 女媧が加藤と呼ぶ時、加藤和也と加藤和子が反応した。女媧が加藤と呼ぶとき、加藤俊と加藤美緒が反応した。この時、加藤和也と加藤和子は加藤俊と加藤美緒に一対一に対応している。女媧は加藤のこの数という性質を2と便宜的に置く。

この呼び出しにおける加藤の数(性質)は2である。二つの呼び出しにおけるそれぞれの名前が一対一に対応している時、加藤の数は互いに等しい。なお、俺は和也や和子や俊を名前と呼ぶ。

3節 名字のその他の性質

 名字のその他の性質には、形や色などがある。女媧が加藤と呼ぶ時、反応した加藤が特定の形を持つならば、その加藤には、加藤の形という性質がある。女媧が加藤と呼ぶ時、反応した加藤が色を持つならば、その加藤には、加藤の色という性質がある。当然、加藤の色や形が認識されない場合もある。

3章 数その2

 :数とは、名字の呼び出しに対する名字の反応の状態(反応状態)である。

 女媧が加藤という名字を呼び出す時、加藤はその呼び出しに反応する。この状態が数である。数とは状態であり、その状態では女媧が加藤という名字を呼び出す時、加藤はその呼び出しに反応する。

数は名字の反応状態や呼び出しと反応状態の規則である。2つの反応の状態における名前が互いに一対一に対応する時、その2つの反応の状態は互いに等しい(と認識する)。名前が一対一に対応しないとき、俺らはその2つの反応の状態を互いに異なる状態(数)と認識する。

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