アポローンは太陽神か太陽の創造主か?〜多神教における創造主〜

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https://ja.wikipedia.org/wiki/アポローン
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 古典期のアポローンは主神ゼウスレートーとの息子であり、アルテミスとは双生児である(ギリシャ神話では姉、ローマ神話では妹とする説もある)。オリュンポス十二神には(諸説があるが)ほぼ確実に名を連ねる。古くから牧畜予言の神、また、竪琴を手に執る音楽と詩歌文芸の神であった。光明神の性格を持つことから前5世紀には時としてヘーリオスと混同されて太陽神とされ、ローマ時代にはすっかり太陽神と化した[6]

https://ja.wikipedia.org/wiki/アポローン

 上記によると、アポローンは太陽神であるらしい。英語版を見ると、アポローンはSpiritでなくGodになっている。大和民族はアポローンを太陽の中に宿る精霊(神様)と感じているように見える。

Alexandria
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1章 太陽の創造主とは?

 太陽の創造主:太陽の創造主とは、太陽システムを創造した対象である。

 太陽の創造主とは、太陽システムを創造した対象である。太陽の創造主は太陽に宿る精霊でない。これは一神教における創造主が世界に宿る対象でないことに似てる。

1節 太陽システム

 太陽システムとは、太陽の空間と太陽と太陽の運動法則の組みである。太陽の空間とは、太陽の位置や運動の範囲、運動の軌道である。それはシステムにおける空間に対応する。

太陽はシステムにおける要素に対応する。太陽それ自体はさらに分割される。太陽の運動法則とは太陽の存在や状態や運動を定める決まりである。それはシステムにおける決まりに対応する。

上記によると、太陽の創造主とは、太陽の空間と太陽と太陽の運動法則の組みを創造した対象である。俺の信仰では、それがアポローンであるように思える。その他の惑星も同じである。

2節 太陽の創造主の目的と意志

 一般的に、創造主があるシステムを創造するとき、その創造主は目的と意志を持ってシステムを創造する。その目的はそのシステムにおける善悪を正当化して、正しさを善悪に与える。創造主の意志は太陽を運動させる力そのものである。

太陽は一つの対象である。太陽の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は太陽システムの中では善であり、その善は太陽の創造主の目的によって正当化される。

2章 多神教における創造主達

1節 火(雷)

 火の創造主とは、火のシステムを創造した対象である。火のシステムとは、火の占める空間と火と火の運動法則の組みである。

火は一つの対象である。火の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は火システムの中では善であり、その善は火の創造主の目的によって正当化される。

2節 水

 水の創造主とは、水のシステムを創造した対象である。水のシステムとは、水の占める空間と水と水の運動法則の組みである。

水は一つの対象である。水の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は水システムの中では善であり、その善は水の創造主の目的によって正当化される。

3節 大地

 大地の創造主とは、大地のシステムを創造した対象である。大地のシステムとは、大地の占める空間と大地と大地の運動法則の組みである。

大地は一つの対象である。大地の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は大地システムの中では善であり、その善は大地の創造主の目的によって正当化される。

4節 空(空気)

 空の創造主とは、空のシステムを創造した対象である。空のシステムとは、空の占める空間と空と空の運動法則の組みである。

空は一つの対象である。空の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は空システムの中では善であり、その善は空の創造主の目的によって正当化される。

5節 植物

 植物の創造主とは、植物のシステムを創造した対象である。植物のシステムとは、植物の占める空間と植物と植物の運動法則の組みである。

植物は一つの対象である。植物の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は植物システムの中では善であり、その善は植物の創造主の目的によって正当化される。

6節 動物

 動物の創造主とは、動物のシステムを創造した対象である。動物のシステムとは、動物の占める空間と動物と動物の運動法則の組みである。

動物は一つの対象である。動物の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は動物システムの中では善であり、その善は動物の創造主の目的によって正当化される。

7節 人間

 人間の創造主とは、人間のシステムを創造した対象である。人間のシステムとは、人間の占める空間と人間と人間の運動法則の組みである。

人間は一つの対象である。人間の創造主は対象の存在と状態と運動に対する善悪を正当化する。だから、対象の存在と状態と運動は人間システムの中では善であり、その善は人間の創造主の目的によって正当化される。

3章 多神教 vs 一神教

 個人的には、多神教は多創造主教と翻訳される必要があると感じる。多神教はバラバラ多神教と統一された多神教に分類される。言い換えると、多創造主教はバラバラ多創造主教と統一された多創造主教に分類される。

1節 バラバラ多神教

 上記では、太陽にも火にも水にも植物にも動物にも、それぞれの創造主の存在を仮定した。そして、それぞれの創造主は各自のシステムの目的と意志をバラバラに創造した。そのため、それぞれのシステムにおける善悪や善悪の正しさはそれぞれのシステムの創造主の目的によって別々に与えられる。

しかし、不思議なことに、総合作用の結果のためか、俺らの世界は調和を保っている。バラバラ多創造主教では、それぞれの創造主には、独自の運動法則や独自の空間が存在している。人間はそれらに共通点を見出すことができるが、それらの上位の創造主、メタ的な創造主は存在しない。

上記の状態は非常に現実的である。例えば、この世界には、様々な運動競技が存在して、それぞれは別の空間と別の運動法則を持っている。けれども、それぞれの運動競技は互いに干渉せずに、一つの運動競技という世界を形成している。

2節 統一された多神教

 統一された多神教では、この世界には、さまざなシステムが存在する。しかし、それらのシステムには、上位で唯一のシステムの創造主が存在する。その創造主の目的と意志が存在して、それぞれのシステムの創造主はその目的と意志に沿ってそれぞれのシステムを形成する。

運動競技の例を挙げると、運動競技というシステムの創造主が存在する。その創造主は唯一の目的と意志を持って、運動競技という一番大きなシステムを創造する。その創造主の目的と意志を汲んだ創造主達がサッカーシステムや卓球システムを一番大きなシステムの中に創造する。

3節 一神教

 一神教では、創造主は自然界というシステムを創造した。自然界というシステムは宇宙空間と物質と自然法則の組みである。その創造主は唯一の目的と意志を持って、そのシステムを創造した。

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