森の未知(morinomichi_311)の政治信条(右翼)と大和民族の幼稚性〜ユダヤ教徒とイスラエル〜

大和民族
https://twitter.com/morinomichi_311/photo
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 僕なんて縄文の血の濃い南九州なので、醤油ラーメンのことを「お湯に麺類突っ込んでどこが美味しいんだろう?」と思ってしまいます。

https://twitter.com/morinomichi_311/status/1341055710969262080

 森の未知はおそらく数学者の大和民族である。彼の部族は九州部族である。彼は自称右翼であり、仏教徒であるらしい。

俺が彼の呟きを読んだ後、俺は大和民族の典型的な幼稚性を連想した。彼は自称右翼であり、日本国の国益を考えているらしい。しかし、俺は彼がノリや雰囲気で政治的につぶやいている事に強烈な違和感を覚えた。

特に、俺は森の未知がキリスト教徒やユダヤ教徒でないのにも関わらず、彼はユダヤ教徒の白人やイスラエルに不必要に好意的である。以下では、俺は森の未知に対する違和感を提示する。

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森の未知とイスラエル、ユダヤ教徒の白人

 俺の違和感:森の未知はユダヤ教徒の白人やイスラエルになぜか好意的である。

 森の未知はユダヤ教徒の白人やイスラエルになぜか好意的である。twitterでも、彼はイスラエルを不必要に持ち上げたりしている。けれども、俺の記憶では、彼は仏教徒であった。

森の未知によるユダヤ教徒の白人の崇拝

大和民族の科学者や数学者の一部は、なぜかユダヤ教徒の白人を崇拝するように見える。なぜなら、彼らは科学や数学の分野で活躍している。しかし、宗教的に無関係なモンゴロイド人種から見ると、キリスト教徒の白人もユダヤ教徒の白人もその他の宗教の白人も単なる白人である。

だから、もし森の未知が本当に右翼であり、大和民族や日本国の利益を考えるならば、俺らは彼らの宗教に関係なく、単なる白人として接する必要がある。なぜなら、俺らがある種の宗教を優遇したり、持ち上げる時、その宗教と対立する教徒が俺らを嫌う可能性がある。実際、キリスト教徒の白人もユダヤ教徒の白人は宗教的に仲が悪い。

また、ユダヤ教徒の白人はほぼ白人である。だから、キリスト教徒の白人が有色人を馬鹿にするように、ユダヤ教徒の白人も有色人を馬鹿にする。にも関わらず、森の未知はユダヤ教徒の白人に好意的であり、ユダヤ教徒の白人に馬鹿にされてるのにも関わらず、崇拝しているように見える。この状態は滑稽であり、家畜が羊飼いを慕っているような状態である。

ユダヤ教徒の白人は被害者か?

 また、森の未知はユダヤ教徒の白人をかわいそうな被害者であると感じている。なぜなら、彼らはキリスト教徒の白人によって虐殺されてきた。けれども、モンゴロイド人種の視点では、彼らは他の白人と同様に、加害者側であり、被害者側でない。

ユダヤ教徒の白人も黒人奴隷やアメリカ原住民の虐殺、原子力爆弾の投下に関する歴史的な責任がある。しかし、森の未知やそのほかの大和民族の学者もなぜかキリスト教徒の白人の視点にたち、ユダヤ教徒の白人に同情し始める。ひどい場合には、宗教的に無関係なモンゴロイド人種を「反セム主義者」と読んで糾弾する。

もし森の未知が右翼や日本国の利益を考えるならば、森の未知はモンゴロイド人種から見てユダヤ教徒の白人を被害者として描かせるべきでない。森の未知は彼らにモンゴロイド人種やネグロイド人種に対しては加害者であると指摘する必要がある。もし白人が黒人奴隷に対して被害者ぶるならば、その行為は歴史修正主義であるだろう。

森の未知とイスラエル

 森の未知はイスラエルに非常に好意的である。けれども、もし森の未知が国益を考えるならば、彼はイスラエルやパレスチナ、ペルシャやその他の中東地域に深入りすべきでない。当然、森の未知はイスラエルを嫌う必要もないし、好む必要もない。モンゴロイド人種も日本国も中東に人種的にも宗教的にも無関係であってきた。

そして、この状態は俺らにとって悪くない。しかし、もし森の未知がイスラエルに不必要に肩入れするならば、イスラエルと対立する国家や民族や教徒から嫌われる危険性を負う必要がある。この危険性は将来的な損害を俺らに与えるだろう。

森の未知がふざけてイスラエルを支援?しているのを見ると、俺は森の未知は本当に右翼であるか疑問に思う。もし彼が本当に右翼であるならば、商売上の付き合いで十分であるように見える。つまり、森の未知はイスラエルもパレスチナも批判せずに、傍観するのが右翼的な利益になりうる。

森の未知(morinomichi_311)は思考できるか?

 俺の認識:森の未知(morinomichi_311)は思考できない。

 森の未知(morinomichi_311)は思考できない。ただし、森の未知の情報処理能力は世界的に見ても高いように見える。森の未知の知的能力は既存の対象の消化能力の高さであるように見える。

一般的に、東洋人の知的能力は消化能力の高さである。食事で例えると、東洋人は高いアルコール消化能力(分解?能力)を持つので、消化に難解なウォッカ(数学や科学)なども容易に消化することができる。しかし、消化は消化であり、対象の製造や生産でない。

大和民族の学者は “思考できない” ように見える。だからこそ、彼らはアメリカ大陸の多様性を無邪気に賛美したり、イスラエルやユダヤ教徒の白人をその場のノリで持ち上げる。そこに、国益や自己の人種に対する損害の防止といった観点は存在しない。なぜなら、思考できない。

思考するとは?

 例えば、俺は宗教的に無関係なモンゴロイド人種からみたイスラエルやユダヤ教徒の白人について思考する。まず、俺らはイスラエルやユダヤ教などの宗教問題に首をつっこむべきでない。だから、俺らは彼らと商売上の付き合いのみに留める。

俺らはイスラエルやユダヤ教徒の白人を否定も肯定もしない。また、俺らは清教徒を助けたアメリカ先住民の悲劇を思い出す。俺らはユダヤ教の白人を助けて、ユダヤ教の白人に虐殺されないように注意する。パレスチナの上のアラブ人に対するユダヤ教徒の白人の行為を見ると、ユダヤ教徒の白人が恩人たるアメリカ先住民を虐殺した清教徒ようになるとしても、誰も驚かないだろう。

こんな感じで十分であるように見える。電網世界で、イスラエルやユダヤ教徒の白人を不必要に持ち上げると、俺らが誰から恨まれるのかすら予想できないだろう。パレスチナの上のアラブ人が森の未知の呟きを見て、森の未知を恨むかもしれない。この状態は国益にならないだろう。