山口壮大の「ジャップ」〜大和民族の知的劣等性と東京オリンピック〜

大和民族
https://www.fashionsnap.com/article/2015-10-29/jap-ec/
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 電網世界では、山口壮大が朝鮮人(韓国人)でないかという噂が流れている。しかし、俺の印象では、彼は大和民族であるだろう。もし山口壮大が朝鮮人でであり、大和民族が原住民である日本列島の上でジャップというブランドを立ち上げていたら、俺は山口壮大の度胸に逆に驚く。

その場合、俺は山口壮大を彼の度胸に関して逆に評価するかもしれない。俺は朝鮮半島で「チョン」というブランドを立ち上げる度胸を持っていない。以下では、俺は山口壮大の「ジャップ」の問題点を提示する。

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山口壮大の「ジャップ」と問題点

 山口壮大の「ジャップ」と問題点:大和民族は自己の人種や民族に対する人種的な侮辱や民族的な侮辱を認識していない。

 大和民族は自己の人種や民族に対する人種的な侮辱や民族的な侮辱を認識していない。たとえ大和民族がジャップと呼ばれるとしても、彼らはその侮辱を傍観する。俺の印象では、彼らは言葉の意味をうまく把握していない。

単語の意味の欠如

 ファッションディレクターの山口壮大が手がけるプロジェクト「ジャップ」が始動し、オンラインショップが10月28日に立ち上がった。主に日本国内のものづくりメーカーと取り組んだプロダクトや気鋭デザイナーのファッションアイテムなどを取り扱う。 オンラインショップでは、同氏がオーナーを務め気鋭ブランドを取り扱う原宿のセレクトショップ「ミキリハッシン」と、日本の文化に宿る独特な美意識の込もった”これからのくらし”を提案するプロジェクト「KORI-SHOW PROJECT」の商品をラインナップ。ヴィジュアルは、アートディレクターSteve Nakamurと共に制作した。オープン時は、「アンリアレイジ(ANREALAGE)」「ハトラ(hatra)」「オータ(ohta)」、そして特別に制作した伝統工芸品にアーティストが装飾した1点物なども取り扱う。 今後も、ブランドの世界観を「ジャップ」ならではの解釈で表現した限定商品などを取り扱い、また様々な試みを「ジャップ」上で行っていくという。

https://www.fashionsnap.com/article/2015-10-29/jap-ec/

 上記はファッションサイトの文章である。上記の文章は完全に民族的な侮辱である。けれども、彼らはこの種の民族的な侮辱を民族的な侮辱と認識することができない。彼らは東南アジア人のように傍観する。

大栗博司や村山斉、菊池誠や牧野純一郎のような科学者ですら自己の人種や民族に対する人種的な侮辱や民族的な侮辱を認識していない。俺の印象では、大和民族は単語の意味を生得的に把握できないように見える。加えて、彼らは自己それ自体を認識できないように見える。

単語の意味の欠如と自己の認識の欠如により、大和民族は自己の人種や民族に対する人種的な侮辱や民族的な侮辱を認識していない。なぜなら、彼らは自己を認識できないので、自己の人種や自己の民族それ自体もうまく認識できない。

プロジェクトの名称に使用されている「ジャップ(=JAP)」は日本人の蔑称の一種だが、山口壮大は敢えてそれをタイトルに掲げながら、ロゴを世界各地の言語の一部で構成するなど、新しい視点を提案する。オンラインショップでは、同氏がオーナーを務め気鋭ブランドを取り扱う原宿のセレクトショップ「ミキリハッシン」と、日本の文化に宿る独特な美意識の込もった”これからのくらし”を提案するプロジェクト「KORI-SHOW PROJECT」の商品をラインナップ。ヴィジュアルは、アートディレクターSteve Nakamurと共に制作した。オープン時は、「アンリアレイジ(ANREALAGE)」「ハトラ(hatra)」「オータ(ohta)」、そして特別に制作した伝統工芸品にアーティストが装飾した1点物なども取り扱う。

https://www.excite.co.jp/news/article-amp/Fashionsnap_news_2015-10-29_jap-ec/

なぜ山口壮大は韓国人(朝鮮人)と疑われるのか?

 俺の認識:日本列島の上の朝鮮民族は通名制度を悪用して、出自や名前を隠すので、疑われる。

 日本列島の上の朝鮮民族は通名制度を悪用して、出自や名前を隠すので、疑われる。山口壮大の興味深いところは中国人と疑われていないことである。なぜなら、漢民族はこの種の卑怯な行為をあまりしない。彼らは名前や出自を朝鮮民族よりも明らかにする。

それに対して、朝鮮民族は日本人や朝鮮人や韓国人やコリアンという民族名をコロコロと使い分ける。加えて、彼らは通名制度をなぜか朝鮮民族だけ持っている。だからこそ、彼らは疑われる。この状態は大和民族の文系学者が自分の論文の業績を分かりにくい、検索しづらいように置いておいて、英語論文がないと指摘されると、その指摘を英語論文を持ち出して論破するような行為である。

この種の懐疑に関する問題を解決するためには、通名制度を悪いと判断して、朝鮮民族と出自を明らかにするような契約を結ぶことである。漢民族もモンゴル民族もチベット民族も大和民族と同じ東洋小人種であるが、朝鮮民族のみが疑われるのは彼らの卑怯さの結果である。俺らは通名制度の善悪をきちんと判断して、東洋文明における出自の開示に関する約束をきちんと結べば、この種の勘ぐりの数は減少するだろう。