自己言及の背理(パラドックス)

言語
https://unsplash.com/photos/0aCHts_4NdE
広告

 この文は偽である。これは自己言及の背理の代表例であるらしい。以下では、俺はこの背理を観察してみる。

広告

自己言及の背理

真の場合

 前提 この文は偽である。

 俺はこの文を「この文は偽である」と置く。この時、「この文は偽である」は偽である。もし『「この文は偽である」は偽である』が真であるならば、「この文は偽である」は偽である。偽による文の変化(である→でない)により、「この文は偽である」は「この文は偽でない」に変化する。

従って、俺らは「この文は偽でない」を得る。この「この文は偽でない」は「この文は偽である」に反する。これは矛盾である。さらに、俺が「偽でない」を「真である」と解釈すると、「この文は偽でない」は「この文は真である」に変化する。「この文は真である」は「この文は偽である」という前提に反する。矛盾。

偽の場合

 前提 この文は偽である。

 もし「この文が偽である」が偽であるならば、偽による文の変化(である→でない)により、この文は偽でない。俺が「偽でない」を「真である」と解釈すると、「この文は偽でない」は「この文は真である」に変化する。「この文は真である」は「この文は偽である」に反する。よって、矛盾。

同様に、俺はこの文を「この文は偽である」と置く。この時、「この文は偽である」は偽である。もし『「この文は偽である」は偽である』が偽であるならば、「この文は偽である」は偽でない。俺が「偽でない」を「真である」と解釈すると、『「この文は偽である」は偽でない』は『「この文は偽である」は真である』に変化する。

俺は「この文は偽である」をこの文と置いたので、「この文は偽であるは真である」は「この文は真である」に変化させる。「この文は真である」は「この文は偽である」に反する。よって、矛盾。

要点、または問題点

 俺はこの文を「この文は偽である」と置いた。もしこの操作が禁止されるならば、上記の背理は成立しない。さらに、俺は真偽及び否定に関する文の変化を用いた(電飛)。もしこの操作に問題が存在するならば、上記の背理は成立しない。

また、アリストテレスの切断(三段論法?)では、P, P→Q. Q. であった。けれども、上記の文では、「」は真であるの「真である」という部分が存在する。だから、厳密には、この種の切断は機能しないように見える。切断は、「Pは真である, If Pは真である→P. P.」であるように見える。ただし、俺のこの感覚は怪しい。

だから、たとえ俺が「この文は真である」を獲得することができるとしても、切断におけるPとは、『この文は偽であるが真である』、または『この文は偽であるは偽である』である。この『』は前提「この文は偽である」には反さない。だから、矛盾は生じないように見える。

言語
広告
俺らについて