位置の定義、または認識について〜物体の位置〜

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 以下では、俺は位置の定義、または認識を提示する。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。

一般的には、位置は物理学において登場する。けれども、位置は人種や民族においても重要である。なぜなら、人々はあるサピエンスや人間を位置で定義する。例えば、日本人や中国人や東アジア人やアフリカ人や欧州人は位置による定義である。なぜか、彼らは遺伝子で定義されない。

宗教的には、俺らの意識(蟲)や運転手(ヌシ)の名前も肉体の名前で定義される。これもまた位置による意識や運転手の定義である。

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位置(position)

 俺系統の認識1.0 位置は状態である、かつある物体が別の対象に対応する。

 状態は現象である。対象には、座標系における座標のような仮想的な存在がある。このとき、位置変化は運動である、かつもしある物体Aが時刻tで別の対象Bに対応するならば、その物体は時刻sで他の別の対象Cに対応する。

 俺系統の認識1.01 物体の位置は状態である、かつある物体がある方向である距離(離れ具合、または離れ程度)で別の対象に対応する。

日常的には、次である。一次元の世界が存在する。ある物体と別の物体がその中に存在する。このとき、別の物体の位置は方向と離れ具合(距離)によって定義される。一次元には、2種類の方向が存在する。感覚的にも、俺らは位置には、程度と方向が存在することを認識する。例えば、「あの方向にすごく離れている」という表現がある。

 俺系統の思考の規範1.1 もしある物体が存在するならば、その位置が存在する。

上記は単なる経験則である。俺は次の宗教的な思考の規範を提示するつもりである。

 俺系統の思考の規範1.2 もしある意識が存在するならば、その位置が存在する。

その位置はある肉体である。正確には、その位置はある肉体の名前である。実際、ある意識はある肉体に対応している、または対応しているように感じる。ただし、方向と距離が存在するのかは不明である。

 俺系統の思考の規範1.3 もしある運転手が存在するならば、その位置が存在する。

 その位置には、ある意識が存在する。別の位置には、ある肉体が存在する。感覚的には、運転手は意識と肉体の両方に対応しているように感じる。この運転手の位置は「二重位置」である。同様に、方向と距離が存在するのかは不明である。

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