宗教

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 以下では、俺らはこの宗教における宗教の認識や信仰を提示する。まず始めに、俺らは信仰とは何であるかを提示する。その後、俺らは血統での宗教とシステム(家)としての宗教を提示する。最後に、俺らは父系宗教と儒教を組み込んだ母系宗教を提示する。

信仰

信仰

 信仰:信仰するとは、物質世界に存在しない主体や対象を実際的(実際に生じている)であると把握する(認める)行為である。

 信仰するとは、物質世界に存在しない主体や対象を実際的(実際に生じている)であると把握する(認める)行為である。例えば、創造主は物質世界を創造したので、その創造主は物質世界には存在しない。だから、俺らは創造主を知覚や認識でなく信仰する。

口語的には、信仰するとは、自然界には存在しない主体や対象を実際と便宜的に把握する行為である。例えば、俺らの名前や善悪や契約、言語や国家や歴史、そして宗教それ自体は自然界には存在しない。だから、俺らはそれらを信仰する。

また、世界に対する俺らの認識も存在しない。例えば、純粋な自然界(純粋に科学的な世界)では、人間の認識は存在しなく、知覚のみの世界であり、それは痴呆老人の視点に似ている。痴呆老人は自己の孫を知覚できるが、それを自己の孫と認識してない。この信仰では、俺らは孫を広義の意味で信仰する。

宗教

血統宗教

 血統宗教:俺らは俺ら自身の人間性が俺を始点とする父から息子へと授けられるだろうことを信仰する。

 俺らは俺ら自身の人間性が俺を始点とする父から息子へと授けられるだろうことを信仰する。一般的に、x系統の人間性は父から息子へと宗教的に授けられてきた。宗教的には、x系統の人間性とは、x系統の善悪や創造性、x系統の意志や魂、x系統の人格や精神などである。

俺らは自己の言語や宗教、自然界に存在しない対象を作り出すためには、非自動的な運動を必要とすると信仰する。そして、人間性と同様に、その非自動的な運動は父から息子へと宗教的に授けられてきたと信仰する。

これはこの宗教の主体であるヌシにも適用される。俺らは俺らのヌシが俺を始点とする父から息子へと非連続的に伝わってきたと信仰する。

システム(家)としての宗教

 システム(家)としての宗教:俺らはこの宗教を一種のシステムと信仰する。

 俺らはこの宗教を一種のシステムと信仰する。俺らはこの宗教を集合(境界)と主体と目的の組みと信仰する。俺らはその組みを宗教家と呼ぶ。

さらに、俺らはこの家を機能させるために、死生観と性規範と富の規範と契約と善悪、そして刑罰などを加えて、この家を実際に機能させる。俺らはこの機能を宗教機能を呼ぶ。このように、俺らはこの宗教を一種の運動システムや人工世界システムと信仰する。

父系宗教と母系宗教

父系宗教

 父系宗教:俺らはこの宗教「俺らについて」を父系宗教として信仰する。

 俺らはこの宗教「俺らについて」を父系宗教として信仰する。すなわち、俺らはこの宗教は俺から父から息子へと宗教的に授けられていくと信仰する。また、結婚認識(信仰)を通して、俺らは俺らの人間性やヌシを結婚相手に宗教的に授ける、または相手のヌシを宗教的に信仰すると信仰する。

母系宗教

  母系宗教:俺らは儒教を母系宗教として信仰する。

 俺らは儒教を母系宗教として信仰する。俺らは儒教の東洋文明を母系宗教と信仰する。この母系宗教は東洋人と意思疎通を取るために現実的に必要である。

母系宗教は東洋文明を形成して、かつ維持するために必要である。加えて、母系宗教は東洋文明が安易にキリスト教化されないために必要である。

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