蟲
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蟲の分割性

 前回、俺らはヌシの分割性を信仰的に考えた。以下では、俺は蟲の分割性を信仰的に考える。当然、たとえ俺らが蟲を分割することができるとしても、もしヌシがその蟲から分岐しないならば、ゾンビと同じで無意味であるだろう。 蟲の分割性について 蟲の分割性  蟲の分割性:俺らが一部の蟲を分割することができるように感じる。  俺らが一部の蟲を分割することができるように感じる。ただし、ヌシの場合と異なり、蟲の分割が何で実行されるのかは不明である。個人的な印象では、俺らは俺らの蟲を物で分割しているようには感じない。 例えば、俺らの視蟲は分割される。例えば、俺らの目の調子が悪くなるとき、俺らの視界(視蟲)の半分は欠けたりする。この欠落を視蟲の分割と信仰するならば、俺らは視蟲の分割を信仰的に考えることができる。 個人的には、俺は「蟲/物」と「分蟲(bun-mushi)」を考えたいが、俺はこの分割に違和感を覚える。同様に、俺らは聴蟲や嗅蟲、重力蟲に関しても、同様な分割を考えることができる。けれども、現時点では、俺は性蟲や感蟲の分割を想像できない。
2021.07.14

蟲世界の創造主

 この宗教では、俺らは創造主を必ず信仰する必要はない。けれども、俺らは創造主を仮定すると、何かと便利であることに気づく。以下では、俺らは物質世界の創造主とその名前「ギンコ」を提示する。これは「物質世界の創造主〜霧亥〜」の続きである。 1章 ギンコ  ギンコ:ギンコとは、蟲世界の創造主の名前である。  ただし、蟲世界が物質世界のようにシステム化されているのかは不明である。実際、俺らは蟲世界における境界や法則(決まり)を現時点では明らかにしていない。だから、俺らはギンコが蟲世界の実際の創造主であるのかは不明であると信仰する。 ただし、俺らは自己の蟲を把握していると感じる。だから、俺らは蟲的世界は実際の世界(システム化されているのかは不明)であると信仰する。ただし、蟲世界は物質世界にある程度綺麗に対応しているので、蟲世界にも物質世界のような決まりや境界、そしてシステムが生じているだろうと信仰する。 また、ギンコは蟲世界の創造主であるのか、分岐主であるのかも不明である。分岐主に関しては、上記の電飛を参考にせよ。霧亥と比較すると、ギンコはより謎である。
2021.07.13
ヌシ

ヌシと車体の関係について

 以下で、俺はヌシと車体の関係について提示する。俺らの蟲は俺らの物に依存的である。例えば、目の色は俺らの蟲に対応しているように思える。 しかし、俺らのヌシは俺らの肉体や蟲に対応していないように感じる。実際、たとえ俺らが同じ並行宇宙を無限個作り出すとしても、俺らのヌシは重複してないように感じる。たとえ俺らが世界を一度滅亡させた後、俺らは同じ世界をまた創造するとしても、生じたヌシが同じヌシであるかは誰にもわからない。 つまり、俺らのヌシは俺らの肉体や蟲から導かれないように思える。言い換えると、俺らのヌシは俺らの肉体や蟲に全く対応していない。 1章 偶然と必然と奇跡  俺らは今分岐世界を採用する。だから、俺らは世界が今現在分岐されていると信仰する。世界が存在するのは偶然であるのか、必然であるのか、または奇跡か、確率的であるのかは不明である。しかし、俺らは物質の存在と蟲の存在とヌシの存在のあり方が異なると感じてきた。 物質と蟲の間には、ほぼ一対一の関係があるように思える。それは再現可能性が存在するように思える。俺らがある物質世界における状態を用意する時、蟲世界は...
2021.10.17

蟲の分類

 以下では、俺は蟲を分類する。以下の認識では、俺らはいつ蟲が生じるかで蟲を認識する。なぜなら、誰も蟲が何であるかを現時点で明らかにできていない。 俺らが蟲を考える時、俺らは視覚や聴覚などの感覚を連想することができる。なお、下記の情報は自然界に関する情報の製造行為に一致していないかもしれない。俺らは様々な蟲を提示するが、それらを知覚するヌシは便宜的に一つであると仮定する。 それぞれの蟲に一つのヌシが対応する状況は当然あるだろう。けれども、俺らはその種の状況を現時点では感覚的に馴染まないと信仰する。また、下記における「引き起こされる」という表現は実際には「物質に対応して蟲が生じる」である 基本的な蟲 視蟲  視蟲:視蟲とは、光及び目及び脳によって引き起こされる蟲である。  視蟲とは、目が光を捉える時に生じる蟲である。日常的には、俺らが光を目という検出器で検出する。その後、その情報が脳へと伝達されて、視界(視蟲)が生じる。俺らのヌシが生じたその蟲(視蟲)を知覚する。 聴蟲  聴蟲:聴蟲とは、音及び耳及び脳によって引き起こされる蟲である。...
2021.07.13

視蟲とその感覚

 この宗教では、俺らは蟲という対象を信仰する。以下では、俺は視蟲が何であるかを提示する。日常的には、視蟲とは、俺らの視界それ自体である。なお、視界それ自体は意識でない。 視蟲 視蟲に対する俺らの感覚  視蟲に対する俺らの感覚:視蟲とは、俺らの視界それ自体である。  視蟲とは、俺らの視界それ自体である。蟲の分類では、視蟲とは、光及び目及び脳によって引き起こされる蟲であった。視蟲とは、目が光を捉える時に生じる蟲である。 日常的には、俺らが光を目という検出器で検出する。その後、その情報が脳へと伝達されて、視界(視蟲)が生じる。俺らのヌシが生じたその蟲(視蟲)を知覚する。視蟲が生じる過程はほぼ自動的である。 俺らは視蟲を俺らの立体的な魚拓(image)と解釈する。君はこの視覚(視蟲)を立体的な魚拓と解釈する。例えば、英単語のimageは印象や想像と訳されてきた。しかし、正確な翻訳は魚拓である。物質的世界が光を媒介として物質的世界の情報を君の脳へと魚拓した。その結果、君の視界(視蟲)が自動的に生成された。そして、君のヌシはその視蟲を見ている。 見る...
2021.07.19

性蟲

 この宗教では、俺らは性欲を一種の蟲と認識する。俺はその蟲を性蟲と呼ぶ。以下では、俺は性蟲について述べるつもりである。 性蟲 性蟲  性蟲:性蟲とは、性欲によって引き起こされる蟲である。  性蟲とは、性欲によって引き起こされる蟲である。欲蟲とは、欲によって引き起こされる蟲である。経験的には、俺らは性蟲を非連続的な蟲と認識する(性蟲の性質)。 俺らのヌシは自己の性蟲を知覚するが、他者の性蟲を知覚することはできない。だから、俺らは他者の性蟲を信仰する。 性蟲の善悪  性蟲の善悪:俺らは性蟲を悪いと判断しない。  俺らは性蟲を悪いと判断しない。正確には、俺らは性蟲を病と判断しない。俺らは性蟲を分岐した対象と審判する。この宗教の目的は分岐であるので、性蟲それ自体は目的に反しない。 物質世界から見ると、性蟲は相対的に善(陽)である。しかし、ヌシ世界から見ると、性蟲は相対的に陰である。俺らは分岐という目的を使用して、性蟲の善悪を正当化する。 宗教では、性は汚いものや神聖なものと信仰されてきた。けれども、俺らはこの種の性に関する態...
2021.07.19
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