共通信仰 ヌシ所有観とは、ヌシが蟲と物を所有する所有観である。

 ヌシ所有とは、ヌシが蟲や物を所有する行為である。ヌシそれ自体が信仰的な対象かつ存在である。だから、ヌシ所有観やヌシ所有も信仰的な状態や行為である。

一般的に、人々は彼らの肉体が土地や食料を含む物質を所有すると感じてきた。この宗教では、俺らはこの種の考えを採用しない。俺らは物による物の所有を物所有と呼ぶ。物所有とは、物が物を所有する運動である。

ちなみに、蟲所有とは、蟲が蟲や物を所有する行為である。ヌシ所有観では、俺らの肉体は車体であり、俺らの肉体は車体の中のカーナビ画面やホログラムである。車体の中の運転手が車体とカーナビ画面やホログラムを所有する。

 ただ、ヌシが俺の蟲を所有して、俺の蟲が俺の肉体を所有しているのかは不明である。その場合、ヌシ所有観とは、ヌシが蟲を所有し、かつ蟲が物を所有する所有観である。

1節 一次所有

共通信仰 一次所有とは、ヌシが自己の蟲及び車体(肉体)を直接的に所有するヌシ所有である。

 俺は俺の蟲と俺の肉体(物)を直接的に所有する。これが一次所有である。または、俺らは一次所有を直接所有と呼ぶ。

俺らは一次的に所有される対象を直富または一次富と呼ぶ。直富とは、ヌシが直接的に所有する蟲及び物である。その蟲及び物は当然、俺の蟲と物である。

一次所有の範囲とは、自己の蟲が生じる範囲である。もし無人機の中に俺の蟲が発生するならば、俺はその蟲を知覚できるので、俺はその無人機を一次所有する。そして、一次所有の範囲は俺の肉体の中とその無人機の中である。

 もし俺の腕が俺の肉体から切断されるならば、その腕は一次所有されない。しかし、他者の腕の移植や機械が俺の肉体に接続され、かつその腕や機械に蟲が発生するならば、その腕は一次所有される。

2節 二次所有

 共通信仰 二次所有とは、ヌシが自己の蟲と物を通して、自己の蟲と物の外部の蟲と物を間接的に所有するヌシ所有である。

 例えば、俺のヌシは俺の蟲と肉体を所有する。俺らが車を所有したいとき、俺らは俺らの蟲と俺らの肉体を俺らの意志で操縦して、肉体の外部に存在する車体を所有する。外部から見ると、俺の肉体が俺の車を物所有しているように見える。

また、二次所有では、俺らは他の生物の蟲と物を所有できる。だから、俺らは蟲と物を持つ動物を家畜として所有できる。俺らは牧畜を二次所有する行為と解釈する。

3節 富

 共通信仰 富とは、ヌシが所有する対象である。

 直富とは、ヌシが一次所有する対象である。間富とは、ヌシが二次所有する対象である。日常的には、富とは、俺らが所有できる対象である。

一般的に、富というとお金や交換可能な対象や商品や利益を自己へ誘導する対象であると感じられてきた。この宗教では、俺らは富をヌシが所有する対象と信仰する。実際、俺らは俺らの蟲や肉体全体を交換したりできない。

ただし、俺らは自己の蟲や肉体を所有するので、俺らはそれらを富と信仰する。上記は正確には、富とは、ヌシが所有する能力を持つ対象である。

直富

 直富は、ヌシが一次所有する対象である。その具体例には、自己の蟲と自己の肉体が存在する。もし自己の蟲が無人機などに発生するならば、その無人機も直富になる。

この宗教では、自己の肉体に対する信仰は、ヌシが所有する動産である。それは車のような動産である。

間富

 間富とは、ヌシが二次所有する対象である。具体例には、自分が所有する車や電子計算機や家や土地や食料や衣服が存在する。また、お金も富である。たとえそのお金が紙幣であるとしても。

例えば、ある人間がその人間の車の中に存在すると仮定する。そのとき、その人間のヌシがその人間の蟲と肉体を一次所有する。さらに、その人間はその人間の肉体を通して、その車を二次所有する。ヌシの蟲と肉体は直富であり、車は間富である。

名誉が富であるかは不明である。しかし、ある人間が名誉を獲得するとき、その人間は異なる富を獲得できる。だから、名誉もある種の富と解釈できるかもしれない。

商品

 共通信仰 商品とは、既存の富と交換可能な富である。

 自己の蟲は交換不可能であるので、商品でない。自己の肉体全体は交換できないので、自己の肉体全体は商品でない。しかし、俺らは肉体の一部を他者に売ることができるので、肉体の一部は商品である。ただ、脳という臓器は商品でない。

一般的に、直富は商品でない。臓器の一部は売れるが、売るためには、自己の腕などを切り離して、直富を間富に変換する必要がある。俺らはこれを直富の間富化と便宜的に呼ぶ。

所有する車体や漫画や鉛筆などはすべて商品である。また、自己の犬やわしや家畜や土地も商品である。

 また、俺らがヌシが所有する対象の存在及び状態及び運動も所有する能力を持つと信仰すると、対象の運動それ自体も商品である。俺らが俺らの肉体を操縦するとき、俺らはその肉体の運動と食料を交換できる。

4節 所有と対象とその存在及び状態及び運動

 共通信仰 もしヌシがある対象を所有するならば、ヌシはその対象の存在及び状態及び運動も所有する。

 俺のヌシが所有しているのが対象それ自体であるのか、または対象の存在や状態や運動であるのかは不明である。だから、俺は上記のような信仰的な推論を提示した。

例えば、蟲は対象である。同時に、蟲は対象の実際の(または信仰的な)存在である。俺は自己の蟲という対象を所有するのか?または、俺は蟲という対象の実際の存在を所有するのか?

日常的には、俺は蟲という対象の存在を所有する。その場合、俺は蟲という対象の状態や蟲という対象の運動も所有する。俺は対象の運動を所有することの意味をうまく掴めない。だから、俺は次の信仰的な推論を提示する。

 共通信仰 もしヌシがある対象の存在を所有するならば、ヌシはその対象の状態と運動を所有する。

おまけ

2:自然所有

 共通認識(または信仰) 自然所有とは、ヌシがその肉体との自然的双対性を持った物体や商品をを所有する二次所有である。

 例えば、モンゴロイド人種のみがアメリカ大陸を所有できる。ネグロイド人種のみがサブサハラ以南のアフリカ大陸を所有できる。白人小人種のみが欧州大陸を所有できる。

なぜなら、彼らの各肉体は彼らの土地は自然的双対性を持っている。ネグロイド人種の肌の色が黒いのはサブサハラ大陸の紫外線量の結果である。ネグロイド人種はアフリカ大陸を自然所有している。

3:認識所有

 共通認識(または信仰) 認識所有とは、ヌシが定義と契約でなく、認識を優先して物質や商品を所有する二次所有である。

 西洋では、定義と契約が重視されてきた。定義と契約の後、君は物質や商品を所有してきた。しかし、この信仰では、君は認識を優先して、物質と商品を所有する。

上記の自然所有の具体例を利用すると、たとえ白人がアメリカ大陸やアフリカ大陸を所有する定義や契約を主張するとしても、認識が優先されるので、モンゴロイド 人種はアメリカ大陸を、ネグロイド人種はアフリカ大陸を自然所有し続ける。

国民国家やアメリカ大陸の所有に関する定義及び契約はモンゴロイド人種の自然所有を侵害しない。