信仰的機能と文明

 信仰的機能とは、死生観と性規範とお金の規範と約束と正当性と刑罰を持つ信仰である。であった。文明が異なるとき、機能的信仰も互いに異なる。以下で、なぜ俺が信仰的機能をこの信仰に組み込んだかを提示する。

俺は日本人の科学者の発言を見た後、俺は彼らは ” 文明それ自体 ” を認識できないと審判した。なぜなら、彼らは文明の違い、つまり信仰的機能の違いを認識できてこなかった。彼らは異なる死生観を持つ人間を見る時、彼らはその死生観の違いを文明の違いに結びつけれない。

ある人間が文明を認識できる時、その人間は死生観や契約に対する考えの違いを認識できる。だから、その人間が異なる死生観を持つ人間を見る時、彼はその人間は彼と同じ文明に属していないと審判する。以下は信仰的機能に関する外(meta)からの意見である。

ジョン・ローン
ジョン・ローン

 宗教なき人間は信仰的機能の違いを認識できないので、文明それ自体を認識できないように見える。文明の違いは以下に現れる。

1 死生観と文明

 俺らがイスラム教徒のアラブ人の落伍者(テロリスト)を見る時、俺らは彼らとの死生観の違いを認識できる。俺らはその死生観の違いを文明の違いに結びつけることができる。以下で、俺らは各文明の死生観を見よう。

イスラム教

 俺はイスラム教の死生観を知らないが、俺は彼らの行為を見る時、俺らと彼らは異なる文明に生きていると審判する。彼らは彼らの創造主を本当に信じていて、死ねば天国に行けるだろうと感じている。これが文明の違い(死生観の違い)である。

キリスト教

 キリスト教徒の白人も天国や最後の審判を本当に信じている。彼らは現世で善行を積めば天国で幸せになれると本当に信じている。だからこそ、メルケルはシリア難民を受け入れて、ドイツを滅亡させた。彼女の行為は馬鹿な行為でない。文明の違い(死生観の違い)が彼女の行為を導いた。

ドイツ人は彼らの死後天国へと行ければ良い。だから、彼らは子孫のことを考えず、現在のみの善行を実行したい。その結果がシリア難民の受け入れである。

東洋の死生観

 東洋の死生観は先祖と子孫に関する死生観である。彼らの死生観は世界で最も現実的である。東洋人は先祖と子孫の考えを彼らの死生観と認識していないように見える。

死生観がない猿

 日本人の学者は死生観を持たない猿である。彼らは死生観を持たないので、何らかの永続性を持つ組織を形成できない。実際、日本人の学者は今・ここ・自分だけ・のお金のことしか考えていないので、私立大学に天下って若手の雇用機会を強奪しようとする。

彼らは後の若手のことを一切思考できないので、彼らの組織(大学組織)は持続性を持たない。彼らは死んだら終わりという念仏(真理)を唱えれば、相手が彼らの発言に納得して、安心感を覚えることができると感じているように見える。当然、その念仏は人間社会を形成しない。

日本人の学者は文明はおろか人間社会や組織を認識できない。彼らは死生観の ” 意味 ” や ” 死生観 ” の必要性すら認識できない。彼らはもし人間が彼らの死生観を持たないならば、その人間は人間社会を形成できないことすら認識できない。

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