新興宗教「俺らについて」

 物質的世界は無から分岐し、蟲的世界は物質的世界から分岐して、ヌシ的世界は蟲的世界から分岐した。俺らの世界は物質と蟲とヌシの三重の巴世界である。君の視界に映る俺は君の視界の中の俺の肉体(車体)であり、その肉体は本当の俺でない。本当の俺は俺の肉体(車体)の中に存在する。

君は君の視界と世界それ自体を区別せよ。君の視界に映る俺の肉体は俺の肉体の信用可能な写しであり、俺の肉体それ自体でない。たとえ君が俺の肉体自体を見ることができたとしても、君は本当の俺(俺の肉体(車体)の中のヌシ(運転手))を捉えることはできないだろう。なぜなら、知覚不可能な本当の俺は君の信仰によってのみ捉えられる。

俺らは俺らの各ヌシの復活を信仰し、俺らの子孫が復活を必ず実現する。なぜなら、生まれたら必ず死ぬという自然法則は物質的世界の取り決めである。俺らの蟲やヌシは物質的世界の完全なる奴隷でなく、物質的世界から分岐している。俺らの蟲やヌシは物質的世界の取り決めに完全には従ってこなかった。だからこそ、俺らは俺らの肉体の和合(デザイン)や文字や善悪の判断を創造してきた。俺らは物質的世界から分岐した存在であってきたからこそ、俺らは物質的世界の取り決めから分岐して、それらを創造できてきた。生まれたら必ず死ぬというのは、物質的世界の単なる取り決めである。

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俺らの信仰

ようこそ、新興宗教「俺らについて」へ

 以下で、俺らはこの信仰を概観しよう。 0 信仰の基本情報  この信仰の名前は " 俺らについて " である。この信仰の創造主はkatoである。 0-1::信仰の対象  この信仰の対象は " ヌシ " である。ヌシとは、俺らの視界や性欲や感情を把握?する主体である。 ヌシは物質と異なり物理的なenergyを持たない。だから、俺らはヌシを信仰する。 この信仰では、俺らは物質的世界の創造主を基本的には信仰しない。 0-2:世界観  この信仰の世界観は分岐的な世界観である。俺らはこの世界を分岐によって生じたと認識、または信仰する。物質的な世界は無から分岐した。視覚や感情や性欲は物質的な世界からさらに分岐した。そして、ヌシはそれらの世界からさらに分岐した。 0-3:信仰の目的  この信仰の目的は " ヌシ " の復活である。俺らの視覚や感情や制欲、そして俺らのヌシは物質的な世界から少しだけ分岐している。俺らのヌシは物質的な世界における運命に完全には束縛されない。だから、俺らの子孫は俺らのヌシを復活...
2020.07.01
俺らの信仰

この宗教における数学及び物理、実験科学に対する認識

 この宗教では、俺らは数学及び科学を日常言語と同程度に重視する。ただし、俺らは日本人の科学者や数学者彼ら自身を「一切」評価しない。俺らは数学と日本人の数学者と明確に区別する。 1:管理のための数学及び科学  共通認識 俺らは対象を管理、統治するために、科学や数学を使用する。  この宗教では、俺らは数学や科学を単なる数理情報の製造と認識する。俺らはそれらを学問と認識しない。また、俺らは世界の真理?を獲得するために、数学や科学をしない。 数学  俺らが膨大な商品を管理するとき、俺らは管理のために数学的な概念を扱う。数学では、俺らは数や形や変化を扱う。俺らが数を持つ対象たちや形を持つ対象たちや変化する対象を管理するとき、俺らは数学的な概念を使用する。 科学  俺らが物質を管理するとき、俺らは物質の管理ために、科学的な概念を扱う。例えば、俺らが人間を管理するとき、俺らは日常言語を使用する。俺らが機械を管理するとき、俺らはプログラミング言語を使用する。 論理  俺らが自己の意見を正当化するとき、俺らは推論を使用する。俺らが数理情報を構成...
俺らの信仰

宗教と商売

 この宗教では、俺らは商売法(商慣習)をこの宗教から導く。一般的に、商売は富の規範や契約、義務、利益や損害に関係する。 また、会社内では、キリスト教的な男女平等が真理であるか、男女公平が真理であるかが問題になる。つまり、宗教は商慣習にも頻繁に関係する。加えて、宗教は会社内における性規範にも関係する。 大和民族は彼ら自身の性規範を持たない。だから、彼らの労働慣習はすぐに「サークルの姫化」する。俺らはこれを肯定しない。 1:観察  俺らが世界の人々を観察する時、文明や人種や宗教の違いが商慣習の違いを与えていることに気づく。俺らは宗教や文明が商慣習と導いていると憶測する。なぜなら、宗教は善悪や富の規範や約束に対する認識を与える。 さらに、宗教は借りたお金を返すという義務や利益や損害を定める。実際、キリスト教徒の白人とユダヤ教徒の白人は異なる富の規範や商慣習を持っている。後者はより商売上手である。 しかし、それは彼らの遺伝子よりも彼らの価値観(宗教)に依存するだろう。また、インド人の商人やアルメニア商人(おそらくキリスト教?)やイスラム教徒のアラブ人の商売...
言語

予言と契約〜あらかじめ土人(予め土人)〜

 以下で、俺は予言と契約について提示する。予言は契約(約束)でない。だから、君は他人の予言に沿って動く必要はない。 日本人の学者は契約それ自体を認識できてこなかった。だから、彼らは日本国の将来における不吉な予言を繰り返して、他人や日本政府を動かそうとする。相手が彼らの想い通りにいかなくなった時、彼らは捨て台詞を吐く。 または、彼らは「俺の言った通りにしなかったから,,,失敗した」と言いたげな振る舞いを繰り返す。 1:予め土人  共通認識 予め土人とは、契約(約束)を認識できない予言者である。  予言者とは未来を予言する人間である。だから、予め土人とは、契約(約束)を認識できない、かつ未来を予言する人間である。人間を動物に置き換えても良い。 省略形は予土(よど)である。 学者(具体例)  日本人の学者は予土(よど)である。なぜなら、彼らは「このままでは、日本の科学が衰退する」とか、「日本の科学がどうなっても良いのか」と予言してきた。しかし、文明的な人間はこの種の行為では、契約相手との約束を結べないと感じてきた。 なぜなら、日本人...
俺らの信仰

ヌシの性質

 以下で、俺はヌシの性質について提示する。なお、その性質の一部は蟲にも一般化される。ここでは、主体と対象の総称を「主対象」と便宜的に置く。 ヌシは俺らのヌシによって信仰される信仰的な存在である。だから、ヌシに関する以下の性質も信仰的な性質である。 1:ヌシの性質 色  ヌシは色を持たない。俺の肉体は色を持つ。俺らはこれを「ヌシの無色性」と呼ぶ。 形  ヌシは形を持たない。俺らの肉体は形をもつ。俺らはこれを「ヌシの無形性」と呼ぶ。 質量  ヌシは質量を持たない。俺らの肉体は質量を持つ。俺らはこれを「ヌシの無質量性」と呼ぶ。 体積  ヌシは体積を持たない。俺らの肉体は体積を持つ。俺らはこれを「ヌシの無体積性」と呼ぶ。 エネルギ  ヌシはエネルギを持たない。俺らの肉体はエネルギを持つ。その結果として、俺らの眼や脳はそのエネルギを知覚(感知)する。俺らはこれを「ヌシの無エネルギ性」と呼ぶ。 2:ヌシの性質その2 現在性  ヌシは現在のみに存在する。俺らはこれを「ヌシの現在性」と呼ぶ。 連続性 ...
2020.07.03
俺らの信仰

ヌシと人間の本質に関する誤解

 俺らは人間の本質を重視する。しかし、一つの勘違いが存在する。それは信仰者がヌシを人間の本質と誤認識することである。 以下で、俺はヌシと人間の本質に関する誤認識を提示する。 1:ヌシと人間の本質  誤認識 ヌシが人間の本質である。左の文は間違いである。  ヌシは人間の本質でない。以下で、俺らはそれについて学ぶ。 ヌシは対象それ自体  ヌシは対象それ自体である。俺らは陣の要素としての人間をヌシと信仰する。そこでは、ヌシは人間それ自体である。 それに対して、人間の本質は対象に一対一に唯一に対応する「人間の性質」である。ヌシはタンスそれ自体であり、ヌシ(人間)の本質がタンスの引き出しに対応する。 2:ヌシは人間か  共通認識 ヌシは宗教における人間である。しかし、ヌシは一般的な意味での人間でない。その一般的な意味は人間とは、ホモ・サピエンスと人の組みである。  宗教とは、世界(集合)と人間(要素)と目的(決まり)の組みである。この人間は普通の意味での人間でない。だから、俺らはこの人間を「人素」と便宜的に置く。 また、...
2020.07.03
言語

主体と対象の区別〜ぐちゃ〜

 以下で、俺らは「ぐちゃ」という単語を提示する。ホモ・サピエンスのほとんどは主体と対象を区別できない。その結果、その動物は奇妙な振る舞いを繰り返す。 1:ぐちゃ  共通認識 ぐちゃとは、自己の主体と非自己の対象を区別する能力を持たない対象である。  能力と潜在能力の違いは現時点で区別しない。潜在能力→訓練→能力→条件→能力の発現である。 1:具体例(オタク)  日本人の科学者や数学者はぐちゃである。なぜなら、彼らは彼ら自身と科学と数学を区別できない。彼らは科学及び数学それ自体を彼ら自身と認識している。 日本人の科学者や数学者は科学や数学が役に立ってきたと引用してきた。そして、彼らは彼ら自身が人類の役に立っているように振る舞ってきた。しかし、日本人の科学者や数学者の大部分は単なる不良債権であり、不要である。 科学や数学が役に立つことととある日本人科学者が役に立つことは互いに異なる。しかし、ぐちゃは自己と非自己(科学や数学)を区別できない。彼らは彼ら自身を数学や科学それ自体と誤認識してきた。 2:具体例(雌)  モンゴロイド人種の...
歴史

なぜアリストテレスは男が精子の中に入っていると考えたのか?

 アリストテレスは精子の中に人間やその種が入っていると憶測したらしい。彼の行為に対して、日本人の一部はアリストテレスをバカにした。または、彼らは天才も間違うといった。 しかし、俺は日本人はアリストテレスの思考の意味を把握できないと審判する。古代ギリシアでは、ロゴスが重んじられた。彼もまたロゴスに沿って、思考した。 その結果、アリストテレスは精子には、人間または人間の核が入っていると憶測した。以下で、俺らは彼の思考を憶測する。 1 コーカサス人種の文明  前提 コーカサス人種の文明では、ホモ・サピエンスの雌は人間でない。  東洋文明とコーカサス人種の文明では、人間観が異なる。コーカサス人種の文明では、女は人間でない。東洋人はこの感覚をうまく掴めないので、コーカサス人種の文明の意味も把握できない。 ロゴス  コーカサス人種の文明では、女は人間でない。しかし、猿の子供は猿であるように、人間の子供は人間である(べき)。男(男児)が女から生まれるならば、女は人間でないので、男も人間でない。 なぜなら、猿から人間は生まれないように、人間は人間で...
俺らの信仰

なぜヌシという単語が必要であるか

 この信仰では、俺らは俺のヌシや各自のヌシを信仰する。しかし、一部の信仰者は次の疑問を持つだろう。彼らはなぜ俺がヌシという単語を使用したのかと疑問に思う。 彼らはヌシでなく、主体という単語を使用すれば十分であると感じるかもしれない。または、彼らはヌシという音の響きが和風である。だから、俺がその単語を使用したと憶測するかもしれない。 しかし、俺は彼らの憶測と異なる認識を持つ。以下で、俺はなぜ俺がヌシという単語をわざわざ使用したかについて提示する。この信仰における信仰対象は「ヌシ」である。だから、俺らはヌシをきちんと対象化する必要がある。 1:ヌシという単語の必要性  ヌシという単語は必要である。なぜなら、人間の大部分は「主体」を彼ら自身の肉体を誤認識している。または、彼らは彼ら自身の視界を誤認識している。彼ら自身の意識を誤認識している。 だから、俺らはその種の誤認識をなくすために、「ヌシ」という単語を使用する。一般的に、俺らが主体という単語を使用するとき、俺らはその意味を「ヌシ」と約束する。つまり、主体は俺らの肉体や俺らの視界や俺らの意識でない。 主...
人間について

奴隷の意味〜黒人奴隷

 大和民族は奴隷の意味を把握できない。奴隷はホモ・サピエンスであるが、奴隷は人間でない。以下で、俺は奴隷の意味を提示する。 1:奴隷の成立  奴隷の成立 奴隷の成立には、人間観と所有と契約が必要である。  宗教は人間観と所有と契約を与える。もしある種の人間集団が宗教を持たないならば、その集団は奴隷を所有しないし、奴隷の意味を把握できない。一般的に、動物は奴隷を所有しない。 人間観  人間が人間観を形成した後、奴隷が存在する。奴隷はホモ・サピエンスである。しかし、奴隷は人間でない。 人間が奴隷を所有する。この文章が成立するためには、人間の定義と奴隷の定義と所有の定義が必要である。人間と奴隷は人間観によって与えられる。 所有は富の規範によって与えられる。宗教は人間観と富の規範を与える。 所有  一般的に、奴隷は人間によって所有される。この状態が成立するためには、所有が何かを定める必要がある。所有それ自体は自然界の対象でない。 だから、所有は人工的に定められる。このとき、少しの注意が必要である。もしある人間がある商...
2020.07.02
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