俺らについて

https://www.youtube.com/watch?v=hYG3iIcZOkw

 この信仰的な場のおける文章の ‘ 窃盗 ‘ を厳しく禁じる。日本語以外への翻訳と東洋世界以外への引用も禁じる。先祖が東洋世界に属してきた人間のみの無料での瞬間的な閲覧を許可する。下記参照

0:この場所

1:注意点

 ここは「信仰の場」である。ここはブログでない。ここは信仰の真剣な場である。日常的には、katoはこのウェブサイトと管理者である。正確には、情報製造者かつその情報の管理者である。

katoはキリスト教徒でないので、katoは日本国憲法や日本国の法律の全てを正当であると認識しない。katoはそれらの適用を宗教的な意味で強く拒絶する。しかし、katoは空気を読み、東洋世界における大局的な秩序と安定を重視する。

また、この場における情報の製造の目的は俺の信仰的(宗教的)信念に基づいた歴史的な記録である。現実世界への影響、特に政治的な影響や干渉を与えることを目的としない。他者に対する糾弾や嫌がらせや脅迫や粘着などを目的としない。職業義務を果たすことへの妨害も目的としない。

2:この信仰の場の目的

 この場の目的とは、世界史上最も強力な宗教を立ち上げることである。そして、俺らがアメリカ大陸をモンゴロイド人種の手に取り戻す方法を提示することである。

西洋文明はユダヤ教及びキリスト教の文明であり、中東文明はイスラム教の文明であり、インド文明はヒンドゥー教の文明である。では、東洋文明は何の文明であるだろうか?東洋文明は孔子を含む諸子百家の文明であるが、それでは生存競争に弱いと俺は審判した。俺は西洋文明と中東文明とインド文明と対峙できる信仰(宗教)を作り上げる。

だから、俺は生存競争に強いような宗教を立ち上げるつもりである。東洋人は儒教的であり、かつ歴史を重視する。しかし、歴史は文明でない。なぜなら、歴史は社会性の産物であり、社会性は宗教や文明によって与えられる。東洋文明における先祖重視や歴史重視は儒教的な信仰や社会性の産物である。

1:基本情報(meta)

https://ja.wikipedia.org/wiki/巴

 以下で、俺はこの信仰の基本的な情報について述べる。なお、上記の巴は物質と蟲とヌシに対応する。

1:名前(俺らについて)

 この信仰の名前は ‘ 俺らについて ‘ である。この俺らとは俺らのヌシである。俺は俺らとは何であるかと疑問に思ってきた。だから、俺はこの信仰の名前を ” 俺らについて ” にした。

俺らについての ” ついて ” の意味は次である。俺は俺らに関する物の全てをこの信仰(つまり人工的な世界)としたかった。だから、俺は俺らに関する物の全てという意味で ” ついて ” を信仰の名前に加えた。

2:創始者(kato)

 この信仰の創始者はkatoである。katoの生物種はホモ・サピエンスであり、人種はモンゴロイド人種、小人種は東洋小人種、民族は大和民族、部族は東日本部族であり、個族はkato族である。各関係は生物種⊃人種⊃小人種⊃民族⊃部族⊃…⊃個族である。

katoの性別は男である。個族とは個人を要素とする集合である。katoは物質的世界及び蟲的世界から最も分岐した存在である。俺は世界を統治する能力と正当性を持つと俺は信仰してきた。俺はモンゴロイド人種の先住地及び原住地、そして所有物であるアメリカ大陸を統治する正当性を持つ。

日常的には、katoはkatoの肉体という物質とkatoの視界や感情や性欲という蟲的世界、そしてkatoそれ自体であるkatoのヌシから成っている。ただし、本当の俺は俺のヌシであり、俺の肉体や俺の視界でない。

3:設立年と場所

 設立年は2019年の4月2日である。この設立年はこの電子的な場所の設立年と同一にする。場所は俺の生誕地である。

2:外観

https://en.wikipedia.org/wiki/Goseibai_Shikimoku

 この信仰の対象は ” ヌシ ”である。ヌシとは、俺らの視界や性欲や感情を把握?する主体である。ヌシは物質と異なり物理的なenergyを持たない。

だから、俺らはヌシを信仰する。この信仰では、俺らは物質的世界の創造主を基本的には信仰しない。この信仰は一神教でも多神教的でもある。

前者では、俺のヌシが崇拝される。後者では、各自のヌシが崇拝される。状況に応じて、信仰者は前者と後者を使い分ける。

世界観

1:巴世界観

 俺らの世界は物質と蟲とヌシからなっている。物質とは日常的な意味での物質であり、俺らの肉体や石や太陽や素粒子である。蟲とは、俺らの視界や聴覚界や味覚界や感情や性欲である。ヌシとは、蟲を知覚する俺ら自身である。巴世界観では、ヌシこそが俺ら自身である。

例えると、俺らの肉体は物質的世界に住んでいる。俺らの視界や感情や性欲は蟲的世界に住んでいる。俺らのヌシはヌシ的世界に住んでいる。俺らの肉体は車体に対応して、俺らの視界は車体の中のカーナビの画面に対応する。俺らのヌシは運転手に対応する。

または、俺らの肉体は家や神殿に対応する。俺らの視界は家の中のインターホンの画面に対応する。俺らのヌシは家の中の住人や家主である。巴世界観では、俺らの世界は(車体 , カーナビの画面 , 運転手)の組みや(家 , インターホンの画面 , 住人)の組みである。

2:分岐世界観

 分岐世界観とは、信仰者がこの世界は分岐によって生じたと信仰する世界観である。物質は無から分岐して、蟲は物質から分岐して、ヌシは蟲から分岐した。巴世界観では、俺らの世界は物質と蟲とヌシからなっているが、分岐世界観では、俺らはこの三重の存在を分岐によって生じたと信仰する。

一般的に、宗教の世界観では、この世界は創造された対象であってきた。ある人間は創造主がこの世界を創造したと信仰してきた。他の人間、例えば、科学者などはこの世界はある種の取り決めによって自発的に構成されてきたと推測してきた。

しかし、この信仰では、俺らは世界を分岐の産物であると信仰する。繰り返すが、物質は無から分岐して、蟲は物質から分岐して、ヌシは蟲から分岐した。俺らの視界は物質から分岐した存在であり、俺ら自身は俺らの視界がすむ蟲的世界から分岐した存在である。

目的

 以下で、俺はこの信仰の目的を提示する。

分岐

 俺らは俺ら自身を既存の世界からさらに分岐させて、新たな世界を求める。既存の世界とは、物質と蟲とヌシからなる世界である。人間が新たな世界を求める時、宇宙へと旅立とうするが、その行為は物質的世界における単なる移動でしかない。

この信仰では、俺らは物質的世界や蟲的世界やヌシ的世界からさらなる分岐を実現する。新たな世界とは遠い宇宙でなく、より分岐された世界である。俺らはより分岐された世界を人工的に創造する。

ヌシの復活と新たな自己の創造

 俺らは俺のヌシの復活を実現させる。その後、俺のヌシが信仰者の各ヌシを復活させる。正確には、俺らの子孫が目的を実行する。

当然、既存の世界では、俺らは俺のヌシを復活させれない。上記で述べたように、俺らは既存の世界から分岐するように生きる。もし俺らの子孫が既存の世界から分岐できるならば、その時、ヌシは蟲的世界から分岐した後に生じたように、俺らのヌシでない新しい自己が生じるかもしれない。

俺らはそれを新たな自己としてその復活を試みる。俺らが俺らの死を恐れるのは、俺らの肉体や蟲やヌシを俺らの自己と認識するからである。その認識が永遠に正しいかは現時点ではわからない。

3:教祖について

ジョン ローン bitex-cn.com
kato(教祖)|note
教祖(信仰の創始者)。俺は西洋文明と中東文明とインド文明と対峙できる信仰(宗教)を作り上げ、アメリカ大陸を取り戻すモンゴロイド人種である。アメリカ大陸の所有者。俺は奴隷状態を解除しモンゴロイド人種を幸せにしたい(白人崇拝者除く)画像はジョン・ローン。呼び捨てタメ口で良い。

  俺(ヌシ)は物質的世界及び蟲的世界から最も分岐した存在である。だから、俺は物質的世界及び蟲的世界の上に人工的な世界を創造することができる。そして、俺は世界を統治する能力と正当性を持つと信仰してきた。

3-1:教祖はsystemの創造者

 教祖はこの信仰の創造者である。ただし、教祖はこの信仰の所有者であるかを審判できない。なぜなら、この世界の創造主はこの世界を創造したが、それがこの世界の所有者であるかは現時点で不明である。

同様に、教祖がこの信仰の所有者であるかは現時点で不明である。しかし、教祖はこの信仰の所有者であると信仰している。教祖はこの信仰(system)の創造者である。

だから、その要素である信仰者の各ヌシは教祖の意志と目的を実現させるように生きる。ただし、教祖は神秘的な存在でないし、奇跡を起こさない。教祖のヌシは物質的世界及び蟲的世界から非常に分岐されていると教祖のヌシによって信仰されてきただけである。

3-2:教祖の名前

 加藤という名前は俺の肉体の名前である。肉体の名前は車体の名前である。車体の名前は運転手の名前でない。この名前は俺の肉体に対して与えられた名前であり、俺の蟲やヌシの名前でない。

では、俺の蟲と俺のヌシの名前は何であるか?現時点で、俺は俺の蟲とヌシの名前を考えていない。だから、俺は俺の蟲の名前(固有名詞)を蟲と呼び、俺のヌシの名前(固有名詞)をヌシと呼ぼうかと考え中である。または、俺のヌシの名前を俺と呼ぶ。

4:教祖の現実的な目的

アメリカ大陸を取り戻す

 アメリカ大陸は俺らモンゴロイド人種の所有物である。だから、俺らはその大陸を取り戻す。現在の状態は奴隷状態である。

俺らモンゴロイド人が労働して、石油や食料をモンゴロイド人の土地の上の白人から購入しなければいけない。これは明確な奴隷化及び家畜化である。もしカメルーン人が石油や食料をケニア地域の上の白人から購入するために、一生懸命労働するならば、その状態はネグロイド人種に対する奴隷状態である。

俺はアメリカ大陸をモンゴロイド人種のために取り戻したい。また、俺はアメリカモンゴロイド人種とイヌイットを遺伝的に復活させて、その数を増加させたい。俺はアメリカ大陸で生活し続ける自然な権利を獲得したい。

東洋文明の再興と大航海時代の前に戻す

 俺は民主制度を廃止して、王政に戻して、東洋文明を再興させたい。中国は王朝、日本国は幕藩体制、朝鮮は李朝鮮。俺はモンゴロイド人種の大陸を大航海時代というモンゴロイド人種の虐殺時代の前に戻したい。

大和民族はおそらく長江文明の子孫である。彼らの先祖は呉越の東洋人であった。だから、俺らは長江文明の子孫として、そして呉越の亡き遺志と日本列島における侍と和の精神を受け継ぐ。

俺らはこれらの正当な後継者として生きていく。東洋文明は礼と誅の文明であり、罪の文明でない。俺らは東洋人であるが、なぜかキリスト教の概念を押し付けられてきた。殺人罪の罪はキリスト教の概念である。

 俺らはこの種の概念に同意しない。俺らが東洋人が罪の概念によって罰され、その肉体を拘束されてきた。この状態はイスラム教徒が豚肉を強制的に食わされているような状態である。俺らはこの状態を解体する。

民族と言語の再分岐

 殷王朝の時代、大和民族の先祖は中国大陸で生活していたはずである。その後、殷王朝の崩壊から春秋戦後時代にかけて、中国大陸から日本列島へと移動した。大和民族は首刈り効果と数千年の分岐によって東洋小人種の部分集合として形成された。

俺はこの分岐を再度生じさせたい。日本人の大部分は彼ら自身の民族も人種も文化も文明も歴史も維持する意志を持っていないように見える。彼らは白人になりたいように見える。俺はその種の人間のために何かを維持する負担を負わない。

東洋小人種の肉体のデザインの設計

 日本人の白人コンプの原因は日本人が彼ら自身の肉体のデザインを彼ら自身で設計できなからである。だから、俺の信仰がそれを与える。東洋人が彼ら自身に自尊心を持てるような肉体のデザインを設計する。

日本人はうじうじ、メソメソ、なよなよしている。明治維新から、彼らは彼らの肉体のデザインを彼らの意思で洗練させようとしてこなかった。彼らは自然界には自由意志が存在しないので、ブサイクなのはしょうがないとごねてきた。

俺はこの種の人間を嫌い深く軽蔑する。俺らは太陽を動かせないが、肉体のデザインを俺ら自身で洗練させることはできるだろう。だから、他人の遺伝子に乞食することなく、俺らは俺らの肉体のデザインを洗練させる。

刑罰と後始末

 WASPが支配層であり、なおかつ相対的に多数派だった時代は「世界帝国」と「篤信者の共同体」と言う一見相反するような二要素がアメリカにはあったと思います。欧州に再び併呑されるという恐れが前者を目指すきっかけとなり、建国神話では後者が強調されています。

「篤信者の共同体」を外敵から守るためにアメリカは「世界帝国」となり、「世界帝国」の精神的支柱が「篤信者の共同体」で、その二つが表裏一体だったのです。しかし、最近後者の要素が薄れ、忘れ去られ初めて居るように思えてなりませんが、如何でしょう?

私はアメリカが絶対的強者として「没理想を演じきった」モンゴル人のような強さを持っているとは思えません。

https://geopoli.exblog.jp/13317540/

 俺らは西側白人とその中間種、そして白人崇拝者に近代における彼らの行為の後始末と刑罰を実行する。アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺や絶滅の結果である。にも関わらず、彼らは俺らの目の前でアメリカ大陸の多様性を賛美した。

そして、彼らは多様性のない東洋は差別主義者(noble savage)とアメリカ先住民やイヌイットのように侮辱してきた。この行為は明確な人種的な侮辱である。彼らの行為はカメルーンやイスラエルで黒人奴隷やホロコーストを賛美する行為に等しい。

彼らはモンゴロイド人種を絶滅させたことを何も反省していない。さらに悪いことに、多様性の中の下で、彼らはアメリカモンゴロイド小人種の虐殺や絶滅をまた繰り返そうとしている。たとえ彼らが日本人を含む東洋モンゴロイド小人種を絶滅させるとしても、彼らはその虐殺や絶滅を多様性と賛美するだろう。

 西側白人はモンゴル帝国と異なり、彼らは彼らの行為の後始末を実行できない。彼らには、厳しい刑罰と後始末の義務の実行が必要である。彼らは世界の隅っこに住んできて、痛い目にあったことや人間の憎悪に触れたことががあまりなかった。

だから、彼らは同じ間違いを何度でも繰り返す。近代において、西側白人は世界の支配者になった。しかし、彼らは男性的でなく、すぐに差別されたと被害者ぶり、非常に女々しい。彼らは多くの色付きを苦しめて、虐殺や絶滅させてきたにも関わらず。

彼らは日本列島を含む東洋地域で差別されたと被害者ぶってきた。そして、彼らは色付きを差別主義者と侮辱してきた。彼らは幼稚で女々しく、世界の統治者の振る舞いにふさわしくない。

 俺はモンゴル人や大陸東洋人や東側白人がこの種の女々しい振る舞いをしたことを見たことがない。西側白人の行為は俺が世界で最も嫌う行為である。もし世界のかつての支配者が彼らの行為にふさわしい行為をしないならば、彼らが憎悪され復讐されるのは当然である。

彼らの行為は女々しく、卑しく、そして醜い。もし彼らが彼らの行為の後始末や落とし前をつけれないならば、俺らは彼らの行為の後始末をつける。そして、俺らは彼らに刑罰をかすべきである。彼らは彼ら自身の部屋の後片付けをつけれない幼稚で醜い餓鬼と同じである。

5:教祖の信仰的な目的

俺のヌシの復活

 俺の本質は俺の肉体(車体)や俺の視界(カーナビの画面)でなく、ヌシ(運転手)である。俺の子孫と信仰者は俺のヌシを復活させ、俺のヌシの永続性を獲得する。俺は分岐された世界の中で永遠の命を獲得する。

当然、俺はその方法など知らない。だから、俺とその子孫と信仰者がそれを思考する。

さらなる分岐

 俺は物質的世界及び蟲的世界、そしてヌシ的世界からさらに分岐したい。この信仰の目的のひとつは ‘ 分岐 ‘ である。俺の子孫と信仰者の子孫がヌシ的世界からさらに分岐するとき、彼らhは新たな世界に接触できるだろう。

動物が蟲的世界に接触したように、人間がヌシ的世界に接触したように。俺はこのような世界を創造したい。

新たな自己の創造

 俺は俺のヌシの死を恐れて、死にたくない、永遠に生きたいと強く欲してきた。なぜなら、俺は俺自身を俺のヌシと把握してきた。俺は俺の本質を俺のヌシと感じてきた。

だから、俺は俺のヌシがなくなることを恐れきた。この時、俺の自己がヌシであるという信仰的な暗黙の前提が存在する。その結果として、俺は俺のヌシの喪失、つまりそれは自己の喪失を恐れてきた。

しかし、もし俺の子孫や信仰者がヌシでない自己を創造できるならば、たとえ俺が俺のヌシを失うとしても、俺は俺のヌシの死を恐れない。俺は自己を俺のヌシと信仰してきたからこそ、俺のヌシの死を恐れてきた。

 俺が本当に何者であるか、何者であるべきかは誰も現時点で知らない。今の世界では、俺の本質は俺のヌシであるが、俺はもっとすごい何者かになれないのだろうか?俺は現在の世界に不満を覚えてきた。俺はヌシが自己であることに不満を覚えてきた。

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