中国(漢民族)には神話はないとはどういうことか?〜漢民族系統の人間性とは何か?〜

漢民族
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 中国語には本来「神話」という概念はない。 という概念はあったが、実のところ歴史時代の前に神話時代があったという世界観ではない。 むしろ、人と神と仙人とが混然としたカオスをなしていると言ったほうがよい。 このあたりが、日本神話ギリシャ神話などとの大きな違いである。 

https://dic.pixiv.net/a/中国神話

 上記の文章のように、中国には、神話が存在しないと指摘されてきた。その指摘に対して、漢民族の一部は女媧や伏犠や黄帝を持ち出して、中国には神話が存在すると返答するかもしれない。

以下では、俺は中国には神話がないことの意味を提示する。個人的な印象では、中国は自己の非常に現実的な歴史を持つが、漢民族は自己の神話?を持たないように感じた。

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中国には神話はないとはどういうことか?

漢民族系統の人間性の欠如

 漢民族系統の人間性の欠如:漢民族はどの系統の人間性を父系で受け継いできたのかが不明瞭である。

 漢民族はどの系統の人間性を父系で受け継いできたのかが不明瞭である。漢民族のY染色体ハプログループはO系統である。だから、もし漢民族が彼らの神話の中でO系統の人間性の始祖を持つならば、その時、漢民族は自己の神話を持っていることになる。

個人的な印象では、俺は黄帝が漢民族の父系先祖であるように感じる。その場合、もし伏犠が女媧との子供を作り、その父系子孫が漢民族であるならば、その時、漢民族は伏犠の父系子孫である。当然、宗教的には、伏犠や黄帝のY染色体ハプログループはO系統である必要がある。

ただし、伏犠の半身は蛇であり、下等生物である。個人的には、俺は伏犠の半身は人間であるのか、またはより高度な何かであった欲しかった。もし俺らが下等生物の意志や人間性を受け継いでいるならば、その状態は俺らはデニソワやネアンデルタールの人間性を受け継いできたことを賛美しているような違和感を覚える。

言語

 言語:シナ・チベット語族はY染色体ハプログループO系統及びD系統を同時に持っている。

 シナ・チベット語族はY染色体ハプログループO系統及びD系統を同時に持っている。個人的には、俺は中国語はY染色体ハプログループO系統であって欲しいと感じる。おそらく、上記の伏犠や黄帝に関する話は中国語で書かれているだろう。

黄帝がY染色体ハプログループO系統を持っていたと仮定すると、俺は中国語をシナ・チベット語族でなく、異なる語族として定義し直して欲しいと感じる。Y染色体と言語と宗教(神話)を一体化させないと、俺は人間性の混合や意志統一の不完全さに関する強烈な違和感を覚える。

人間性の中身

 人間性の中身:漢民族が黄帝から父系で受け継いできた人間性が不明瞭である。

 漢民族が黄帝から父系で受け継いできた人間性が不明瞭である。例えば、J系統では、ユダヤ教やキリスト教、そしてイスラム教の人間性が父系子孫としてアラブ人に受け継がれてきた。アラブ人は非常に文明的に優秀であり、彼らは独自の人間性(創造性や意志、魂や善悪、精神や人格など)を持っている。

それに対して、俺は漢民族が黄帝から父系で受け継いできた人間性がどのようなものであるかをいまいち把握できない。黄帝はどのような善悪を持ち、どのような意志を持っていたのだろうか不明である。そして、漢民族は黄帝から父系でどのような善悪を受け継いできたのかすらよくわからない。

個人的には、孔子の方が彼が持っていた人間性がはっきりしているように感じた。儒教それ自体は神話でないが、儒教は礼という明確な人間性をホモ・サピエンスに授けるように思える。それはまるでキリスト教が罪という人間性をホモ・サピエンスに授けるようなものである。