アレクサンドロス3世の人種は白人であったのか?〜大王のモザイクを本格的に修復へ イタリア〜

地中海小人種
https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_the_Great
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 イタリア南部の古代都市の遺跡、ポンペイで見つかったモザイク画の世界的な傑作とされる「アレクサンドロス大王のモザイク」を本格的に修復する作業が始まり、所蔵するイタリアの博物館がその様子をメディアに公開しました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210305/k10012898291000.html

 アレクサンドロス3世が白人のように描かれる時、俺はその描像に強烈な違和感と白人至上主義を見出す。俺はアレクサンドロス3世は白人でなく、地中海人であったように感じた。

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アレクサンドロス3世の人種と小人種と民族

 アレクサンドロス3世の人種と小人種と民族:アレクサンドロス3世の人種はコーカサス人種であった。アレクサンドロス3世の小人種はおそらく地中海小人種であった。アレクサンドロス3世の民族はおそらくバルカン民族であった。

 アレクサンドロス3世の人種はコーカサス人種であった。アレクサンドロス3世の小人種はおそらく地中海小人種であった。アレクサンドロス3世の民族はおそらくバルカン民族であった。

彼の人種がコーカサス人種であるのはほぼ確定的である。問題なのは、彼の小人種が欧州小人種であるのか、地中海小人種である。もし彼の人種が欧州小人種であるならば、彼は東欧を含めた欧州からバルカン半島へと南下してきた。その場合、彼の民族はゲルマン民族やケルト民族よりも、西スラブ民族や東スラブ民族に近かったように思える。

個人的には、俺はアレクサンドロス3世の小人種は地中海小人種であって、彼の小人種はイベリア人やイタリア人やギリシア人、そしてトルコ人やコーカサスあたりのコーカサス人種に近いように思える。もしアレクサンドロス3世の小人種が地中海小人種であったならば、バルカン民族であっただろう。

現在のギリシア人顔

  上記の画像はギリシアの大統領か首相である。俺は上記をみて、地中海人を思い浮かべた。地中海人の顔は上記のような顔をしている。もしアレクサンドロス3世が地中海人であったならば、彼は上記の類型の顔であったように思える。

地中海小人種の実際の容姿は?

 下記が地中海人的な容姿である。彼らはいわゆる欧州人でない。個人的には、もしアレクサンドロス3世の小人種が地中海小人種であったならば、彼の容姿は下記のような人々であったように思える。

下記はジョージア人やトルコ人やイタリア人やアルメニア人である。彼らの顔には、共通点が存在していて、地中海人的な容姿を持っている。

アレクサンドロス3世と白人至上主義

 アレクサンドロス3世と白人至上主義:アレクサンドロス3世を含む古代ローマと古代ギリシアは白人至上主義にしばしば結びつく。

 アレクサンドロス3世が白人であったと断定されるのは白人至上主義の一つである。しかし、大和民族は自己の人種をうまく認識できないので、彼らはアレクサンドロス3世が白人であったことを意味もわからず記憶してきただけであった。以下の引用はなぜアレクサンドロス大王が白人として扱われるのか、その悪意を提示したものである。

具体例

紀元前7世紀に、突如エーゲ海で花開いた古代ギリシャ文明。真っ白い大理石の彫刻や白亜の神殿に象徴されるように、古代ギリシャは「白い」文明とされてきた。しかし、大英博物館の調査により、その常識が覆りつつある真っ白だと思われていた彫刻や神殿は、鮮やかに彩られていたことが分かってきた。さらに、華やかな古代ギリシャ文明が、なぜ紀元前7世紀に一気に花開いたのかという文明誕生にまつわる謎も、解明されていた。

https://holyland.blog.ss-blog.jp/2012-07-03

 大英博物館の最新の科学調査で、真っ白だと「強調」されてきた彫刻や神殿が、実は鮮やかに彩られていたことが再判明。特に「青」はエジプシャンブルーというエジプトでしか生産できない青顔料であった。しかし・・・実はほんの250年ほど前まで、ギリシャ彫刻や神殿が彩色されていたことは一般常識だった。それでは、なぜ「真っ白」イメージが形成されたのか

https://holyland.blog.ss-blog.jp/2012-07-03

 産革命以降、欧州優越の歴史的起源を優美なギリシャ文明に求めようとする風潮高まった(エジプトやアジアに源流を求めたくなかった)。ポンペイ遺跡の発見が、その素晴らしい彫刻や都市計画で話題になったこともあり、古代ギリシャ文明を欧州文明の元祖と見なし、欧州人の優越の「証」とする見方が広まった

https://holyland.blog.ss-blog.jp/2012-07-03

 この影響を受け、欧州の学校では未だに実用価値がない「古代ギリシャ語」を学ぶ習慣が広く残っている特にその「白」へのこだわりは、他の文明との差別化の意味で重要だった。また、19世紀の英国女王の純白の婚礼衣装が話題となり大流行し、「白」を尊重する風潮が高まった事も重なった。この結果、以前は広く知られていたギリシャ彫刻や神殿の彩色は、次第に人々の記憶から消されていった

https://holyland.blog.ss-blog.jp/2012-07-03