印欧人(インド・ヨーロッパ人)の遺伝的起源について~デイヴィッド・ライク~The Genetic Origin of the Indo-Europeans

コーカサス人種
https://en.wikipedia.org/wiki/Svante_P%C3%A4%C3%A4bo#/media/File:Professor_Svante_Paabo_ForMemRS_(cropped).jpg
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 考古学におけるヤムナ人は紀元前3300年あたりに黒海北部の草原地帯に発生した。それは紀元前3000年前にハンガリーからカザフスタンまで最大の範囲に達した。ヤムナ人の起源を特定するために、俺らは428体の個体のDNAを分析した。その内、299体は新しい個体である。そして、俺らは未知の3つの遺伝集団の存在を示した。

 一番目はコーカサス・ヴォルガ下流集団(Caucasus Lower Volga)である。二番目はヴォルガ集団(Volga)である。三番目はドニプロ集団(Dnipro)である。

 コーカサス・ヴォルガ下流集団はコーカサス狩猟採集民に近い。ヴォルガ集団はコーカサス採集民と東部狩猟採集民の混合である。ドニプロ集団はコーカサス狩猟採集民と下流ヴォルガ集団を先祖に持つ集団である。彼らはウクライナ新石器狩猟採集集団(Ukraine Neolithic hunter gatherer)を取り込んで、セレドゥニアイ・スタイ?文化(Srednii Stih)を形成して、その文化がヤムナ文化の紀元前4000年の直接的な祖先の形成につながった。

Srednii Stihはセレドゥ二イ・スティフでもよいかもしれない。

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1章 要約図

The Genetic Origin of the Indo-Europeans | bioRxiv

 図の真ん中の四角形1がコーカサス・下流ヴォルガ集団の領域である。上の四角形2がヴォルガ集団の領域である。左の四角形の3がドニプロ集団の領域である。下の四角形4はコーカサス・アナトリア地域である。

 左上部の棒を見ると、コーカサス山脈のすぐ下あたりに存在するコーカサス狩猟採集民は紫である。図右下のトゥトゥカウル?(Tutkaul)個体は中央アジア人であり、その色は赤色である。ヴォルガ集団のレビャズニヒンカ(Lebyazhinka)個体は東部狩猟採集民であり、その色は桃色である。コーカサス・アナトリア地域のチャユニュ(Cayunu)個体はアナトリア・メソポタミアの民(または新石器西アジア人)であり、緑色である。

 ヴォルガ集団を見てみよう。レビャズニヒンカ個体は純粋な東部狩猟採集民である。しかし、その個体よりも南部に位置するヴォルガ集団はコーカサス狩猟採集民の遺伝子を持っている。さらに、その集団は中央アジア人の遺伝子も持っている。例えば、ラバズィ(Labazy)個体やエカテリノヴカ(Ekaterinovka)個体やスユェズズへユェ(Syezzheye)個体やクフヴァリンスク(Khvalynsk)個体はコーカサス狩猟採集民の遺伝を持っている。コーカサス・下流ヴォルガ集団の領域に近くなればなるほど、その個体はコーカサス狩猟採集民の遺伝子をより多く持つ。

 べレズフノヴカ-2(Berezhnovka)個体はコーカサス・下流ヴォルガ集団とヴォルガ集団の中間あたりに存在する。その遺伝子は4割から5割ののコーカサス狩猟採集民と3割から4割の東部狩猟採集民と1割から2割の中央アジア人の混合である。プログレス-2(Progress-2)個体はコーカサス・下流ヴォルガ集団の最南端に位置するが、その個体もにべレズフノヴカ-2類似した遺伝子の割合を持っている。なお、プログレス-2個体はマイコープ個体に近い位置に存在して、その位置はコーカサス山脈のすぐ北である。

 アクナシェン(Aknashen)個体は約4割のコーカサス狩猟採集民と約6割の新石器西アジア人の混合である。マシス・ブラー(Masis Blur)個体は約1割のコーカサス狩猟採集民と約9割の新石器西アジア人の混合である。チャユニュ(Cayunu)個体は10割の新石器西アジア人の混合である。

 右の文章によると、コーカサス・下流ヴォルガ集団の銅器時代の人々はアクナシェン個体とべレズフノヴカ個体の遺伝子を持っていた。彼らはヴォルガ集団の場所とドニプロ集団の場所とコーカサス・アナトリア集団の場所に移動して、その場所にいた民と混合した。

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The Genetic Origin of the Indo-Europeans | bioRxiv

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