モンゴル帝国と大英帝国はどちらが文明的であったか?大陸国家と海洋国家の比較

歴史
http://nanjhistory.2chblog.jp/archives/3548590.html

 WASPが支配層であり、なおかつ相対的に多数派だった時代は「世界帝国」と「篤信者の共同体」と言う一見相反するような二要素がアメリカにはあったと思います。欧州に再び併呑されるという恐れが前者を目指すきっかけとなり、建国神話では後者が強調されています。

「篤信者の共同体」を外敵から守るためにアメリカは「世界帝国」となり、「世界帝国」の精神的支柱が「篤信者の共同体」で、その二つが表裏一体だったのです。しかし、最近後者の要素が薄れ、忘れ去られ初めて居るように思えてなりませんが、如何でしょう?

私はアメリカが絶対的強者として「没理想を演じきった」モンゴル人のような強さを持っているとは思えません。

https://geopoli.exblog.jp/13317540/

 モンゴル帝国は大英帝国よりも偉大で文明的であった。なぜなら、彼らは文明の意味を認識していた。それに対して、イギリス人は大陸の意味やヴィクトリア女王やエリザベス女王の意味を認識できなかった。以下で、俺は大英帝国及びモンゴル帝国の長所と短所を見よう。

1:大英帝国の長所と短所

 ヨーロッパ史が血みどろというのはヨーロッパ人史家の主観によるものではないかと思ってる。中国や中東だと数万人規模の大虐殺が歴史の片隅に埋もれてるのに対して、西欧だと何百年も語り継がれてる。鎧兜や騎士制度も非合理的で実戦には向かない面も多い

小国がけっこう生き残っているのも生存競争がぬるかったことを示してる。日本ほどではないが長く続く王朝が多いし、馴れ合いで戦争ごっこしてただけじゃないか

http://oreranitsuite.com/2020/02/09/狩猟牧畜農耕から見る島国と大陸の文明的な意味/

1:長所〜英語〜

 大英帝国の長所は英語を国際言語にしたことである。

2:長所〜製造〜

 大英帝国の長所は製造である。具体的には、彼らは製品の製造を自動化した。この自動化が産業革命と呼ばれた。

また、彼らは数理情報の製造にも長けていた。ニュートンやマクスウェルは素晴らしい数理情報の製造者であった。

大英帝国とアメリカがもたらした豊かさは大量な製造の結果である。

3:長所〜統治とシステム設計のうまさ〜

 大英帝国の長所はシステム設計のうまさである。その結果、彼らは米国とカナダとオーストラリアとニュージーランドと南アフリカと香港を築き上げた。一方、フランスやドイツはこのシステム設計のうまさを持っていなかった。

さらに、大英帝国はインドすら併合した。これは彼らの統治能力のうまさの結果である。

4:短所〜女王の意味〜

 エリザベス女王の意味は未開である。未開社会では、卑弥呼のような女王が登場する。なぜなら、生存競争が緩いので、女王でも生きていける。

大英帝国の未開性は女王の意味を認識できないことである。彼らは女王の存在を男女平等で素晴らしいと誤審した。その結果、彼らは生存競争に敗北するだろう。

5:短所〜大陸の意味の欠如〜

 大英帝国は大陸国家でなく、島国国家であった。島国の意味は未開である。なぜなら、島国では、大規模な農耕や牧畜を行えない。

ドイツ人が森を愛するように、イギリス人は海洋国家を賛美してきた。しかし、ドイツ人もイギリス人も森の意味や島の意味を認識できてこなかった。

森や島国では、農耕や牧畜を行えないので、未開の狩猟民族が維持される。森や島国とは猿である。森や島国とはフィリピンであり、jungle asiaである。

6:短所〜宗教の欠如〜

 大英帝国の短所は宗教の欠如である。彼らは世界宗教を作れなかった。宗教の役割は人間社会の形成を促して、文明を創造することである。大英帝国は偉大な国家であり、文明でなかった。

2:モンゴル帝国の長所と短所

【チンギスハン①】モンゴル帝国の英雄を中田がエクストリーム授業!【偉人伝】
【チンギスハン②】モンゴル帝国成功の軌跡&後継者争いで壮絶な人間ドラマが!【偉人伝】

1:長所〜文明の意味を理解していた〜

 モンゴル帝国は文明の意味を理解していたはず。大陸の意味は大規模な牧畜と農耕であるが、彼らはそ文明において重要な部分を所有した。一方、大英帝国は港の拠点を重視して、そこを抑えた。

大英帝国は賢かったが、彼らは大陸の意味を認識できなかった。だから、彼らは南宋のような地域や華北平原、イランやイラク周辺のメソポタミア地域を所有できなかった。それらの所有の意味は ‘ 文明 ‘ である。

俺の印象によると、イギリス人はモンゴル帝国が中東や中国南部を抑えた意味をいまいち理解できない。なぜなら、イギリス人は島国である。大規模な農耕や牧畜ができる地域を抑えることは文明を抑えることである。

 文明は大規模な農耕や牧畜ができる大陸で発生する。だから、偉大な統治者はそこを抑えることを最も重視する。だから、モンゴル帝国は南宋やペルシャやイラク地域を支配した。

モンゴル帝国は駅伝などの情報伝達や交易も重視した。これは大英帝国の港の重視やケーブル網の重視に非常に似ている。けれども、大英帝国は文明の発祥地を抑えることを軽視した。

大英帝国は支配領土や科学をもって、彼らは西洋文明を賛美する。しかし、西洋文明は文明の発祥地である大陸を一切所有しようとしてこなかった。なぜなら、大英帝国は最後まで文明の意味を認識できなかった。

 地中海地域を除く西側の欧州大陸自体が半島であり、大陸でない。近代では、西洋が世界支配を達成したが、彼らは文明の発祥地である大陸を支配できなかった。近代における文明の支配者たちは文明の意味を理解できない人間であった。

2:短所〜製造の欠如〜

 モンゴル帝国の短所は製造の軽視であった。彼らは物理的な商品も数学や科学のような数理情報の製造も行えなかった。これはモンゴル帝国の弱点であった。

3:短所〜独自の文字の欠如〜

 モンゴル帝国は英語のような文字や言語を発達させれなかった。これは彼らの弱点であった。

4:短所〜宗教の欠如〜

 モンゴル帝国は独自の宗教を形成できなかった。大英帝国もモンゴル帝国もローマ帝国もこの弱点を持っている。

3:大英帝国とモンゴル帝国の比較

 一般的に、モンゴル帝国は残虐で野蛮な帝国であった一方、大英帝国は文明を世界にもたらしたとこう考えられてきた。しかし、モンゴル帝国は黒人奴隷を採用していないし、アメリカモンゴロイド人種を抹殺していないし、アボリジニという一つの人種を抹殺していない。

俺は大英帝国は文明の意味を最後まで把握できなかった帝国であると審判する。だからこそ、彼らは海洋国家を賛美して、抑えるべき大陸を抑えなかった。彼らは大陸に興味を持ってこなかった。

なぜなら、大英帝国は大陸の意味を認識できてこなかった。大陸とは大規模な牧畜と農耕の場であり、文明の発祥地である。大規模な牧畜と農耕が発生するからこそ、人間は死生観を生み出し、性規範とお金の規範を生み出し、善悪の判断と刑罰を生み出してきた。大陸とはまさに文明そのものであった。

https://matome.naver.jp/odai/

 上記の地図を見よう。俺が上記の地図を見た後、俺はイギリス人はどうやって牧畜と農耕をしようとしたのか、どうやって文明を発達させようとしたのか疑問に思う。イギリス人は文明を彼ら自身で発達させるつもりがなかった。だからこそ、彼らは文明の発祥地である大陸をきちんと抑えようとしなかった。

彼らはモンゴル帝国のように交易の重要性を理解していたので、船の拠点である港をうまく抑えてきた。その意志の結果が上記のような歪な大英帝国の姿であった。イギリス人は西洋文明を世界の人間に与えようとしてきた。

しかし、もしイギリス人が文明を世界の人間に与えようとしたならば、なぜイギリス人は文明の発祥の条件である大陸を抑えようとしなかったのか?なぜなら、イギリス人は、大英帝国は最後まで文明の意味を認識できなかった。エジプトとメソポタミアはあくまで彼らの ‘ 海洋拠点 ‘ であっただろう。

https://www.pakutaso.com/20190109017post-17973.html

 ブリテン諸島の狩猟民族や欧州大陸という実質的な半島の未開人が文明という単語を使用する。文明民からみると、この種の行為は非常に喜劇的である。欧州大陸という半島からは文明は発祥しないだろう。なぜなら、その大陸で大規模な牧畜と農耕はできないのだから。

文明が発祥しようのない場所に生きてきた人間が文明を掲げて、文明を大陸の人間に伝えようとしてきた。これは実に喜劇的であった。俺はイギリス人は文明の意味を理解できなかったと審判する。

一方、モンゴル帝国は文明の発祥地をきちんと組み込んでいた。なぜなら、彼らは大陸の意味を直感的に把握できた。モンゴル帝国は結果的に瓦解したが、この帝国から新たな文明が発祥する可能性は存在しただろう。

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