なぜ中東人の知能指数IQは低いのに、古代文明(エジプトのピラミッド)や宗教(ユダヤ・キリスト・イスラム・ゾロアスター)を創造できたか?

文明
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 古代文明や世界宗教は中東発祥であった。しかし、上記の知能指数の分布を見ると、古代文明や世界宗教の発祥地の知能指数はそれほど高くない。この実際の状態に対して、東洋人や欧州人はなぜ中東人の知能指数は低いのに、古代文明や古代宗教を確立できたのかと疑問に思うだろう。

以下では、俺はソサエティの観点からその理由を提示する。当然、混血による知能指数の低下や知能指数の低い人間の出産、知能指数の高い欧州人や地中海人の南下などが考慮されるべきである。ここでは、俺らはその理由を除外する。

また、ここでは、俺らはソサエティとテクノロジーを明確に区別する。中東人の最も優れていたのは、ソサエティである。現在における中東文明はハイ・ソサエティ・ロー・テクノロジーの文明である。

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理由

 理由:中東人はハイ・ソサエティを形成する能力を持っていた。

 中東人(の上位層)はハイ・ソサエティを形成する能力を持っていた。だから、彼らは古代文明や古代宗教を創造できた。

言い換えると、中東人はより人間的であり、より大人、より成熟していた。その成熟した精神がハイ・ソサエティを創造した。中東人はソサエティ的な思考に長けていた。

知能指数はテクノロジー向き

 近代における白人は文明的な劣等感を持っていた。だから、彼らは自己の遺伝的な優秀さを測定するための定規を欲した。それが知能指数である。

知能指数はテクノロジーに関係する知的能力を測定することに向いている。しかし、知能指数はハイ・ソサエティを形成する能力を測定するのに向いていない。もしハイ・ソサエティを形成する指標が提示されるならば、その時、中東人と欧州人と東洋人の差は知能指数ほど開かないだろう。

知能指数と運動能力

 知能指数は西アフリカ人の運動能力を測定する指標の知能版に似ている。たとえ西アフリカ人が世界最高の運動能力を持つとしても、その能力はハイ・ソサエティを形成する能力に無関係である。だから、彼らは自己のハイ・ソサエティを彼らの運動能力で形成できない。

実際、文明を作る運動能力は瞬発能力やパワーでなく、製造業における手先の器用さに近いように見える。東洋人はその種の人間的な運動能力に優れているので、彼らは製造業を非常に得意とする。そして、その手先の器用さという運動が東洋文明を形成してきた。

東洋人や欧州人の知能指数は西アフリカ人の運動能力の知能版である。欧州人が運動競技システムというソサエティを形成して、西アフリカ人をそこで競技させると、西アフリカ人は英雄として活躍する。同様に、中東人がハイ・ソサエティを形成して、欧州人をそのシステムの中で競技させると、欧州人はガリレオやニュートン、そしてアインシュタインとして活躍する。

西洋人は自己のソサエティを持っていない 

 西洋人は遺伝的に優秀で自己のテクノロジーを持っている、彼らは自己のソサエティを持っていない。キリスト教もユダヤ教も中東発祥であり、欧州発祥でない。彼らのソサエティ、彼らの善悪や法体系、文字や神話の全ては中東発祥である。あるいは地中海由来である。

俺が西洋人が自己のソサエティを持っていないのを見るとき、俺は西洋人は自己のソサエティをそもそも形成する能力を持ってこなかったと審判する。言い換えると、西洋人は自己のソサエティを形成できなかった。だから、彼らは西洋文明をハイ・テクノロジー・ロー・ソサエティの文明として発達させてきた。

現在の西洋の混乱は彼らのロー・ソサエティの結果であるように見える。加えて、彼らは反テクノロジーでないが、反ソサエティである。もし西洋人が中東人が与えたソサエティを嫌うならば、彼らは彼ら自身のソサエティを彼ら自身で作れば良い。けれども、彼らにはその能力が存在しない。

子供及び雌及びオタクとソサエティ

 俺の認識:子供及びホモ・サピエンスの雌及びオタクは自己のソサエティを形成できない。

 正確には、子供及びホモ・サピエンスの雌及びオタクは、男から大局的に自立して、自己のソサエティを形成できない。言い換えると、ホモ・サピエンスは自己のソサエティを形成できないが、人間は自己のソサエティを形成できる。

ホモ・サピエンスの雌

 知能指数に対する違和感は東洋人の雌を見るときに生じる。実際、彼女らの知能指数は非常に高く、中東人よりも高い。東洋人の雌に試験をさせると、彼女らは高得点を叩き出すだろう。

けれども、俺らがホモ・サピエンスの雌を見る時、それらはホモ・サピエンスの雄から大局的に自立して、自己のソサエティをそれら自身で形成できないと審判する。実際、たとえホモ・サピエンスの雌が試験で高得点を叩き出すとしても、東大医学部に合格して、医者になるとしても、ノーベル賞やフィールズ賞を受賞するとしても、ホモ・サピエンスの雄は雌を知的であると認識していない。ホモ・サピエンスの雄は中卒のホモ・サピエンスの雄をより高く評価する。

なぜなら、ホモ・サピエンスの雌は彼女ら自身のソサエティを彼女ら自身で形成できない。たとえホモ・サピエンスの知能指数が高いとしても、ホモ・サピエンスの雄はそのホモ・サピエンスの雌の知能指数を全く評価しない。内心、ホモ・サピエンスの雄は自己のソサエティの形成能力を知能指数よりも、そしてテクノロジーよりも評価してきた。

 そして、その感覚こそが(古代の)中東人のハイ・ソサエティの優秀さに繋がるように思える。中東人の知能指数は高くないけれども、彼らは自己のソサエティを形成する能力を持って、その能力を発現させてきた。知能指数の高い西洋人と知能指数の低い中東人の関係は知能指数の高い雌(女医)と知能指数の低い雌(中卒)の関係に似ている。

オタク(学者)

 オタクには、学者の科学者や数学者が存在する。彼らはハイ・テクノロジーであるが、彼らはノー・ソサエティである。だから、オタクはキモオタとしてホモ・サピエンスの雌と同様に軽蔑されてきた。

彼らはソサエティを形成する意志を持っていないので、彼らは自己の善悪や自己の性規範、そして自己の富の規範や契約に無関心であってきた。その結果、彼らは可愛い女の子を見ると、発情して群がり、彼らは彼ら自身の組織を崩壊させてきた。

さらに、彼らは善悪も自己の富の規範も持っていないので、彼らは脅迫行為や恫喝行為を繰り返して、乞食行為を繰り返してきた。さらに悪いことに、彼らは契約相手とのまともな意思疎通も実行できない。彼らは相手が自分の想い通りにならないと、彼らはヒステリックに騒いで喚いてなんとかしようとする。

キモオタの具体例(ハイ・テクノロジー・ノー・ソサエティ)

 上記の呟きを見ればわかるように、押川は自己のソサエティを形成できない。小学校の教師が実名で上記の呟きを投下すれば、児童性愛に関して少し問題になる。押川が彼の行為の異常性を認識できないのは、彼自身がソサエティを形成する能力(自己の性規範と善悪)を持っていないからである。

 上記の呟きもソサエティの欠如である。彼は乞食行為を繰り返して、脅迫や恫喝めいた呟きを契約相手に押し付けている。けれども、彼らは彼自身の真理を主張していると錯覚している。

菊池は自分の雇用と利益ばかりであり、契約相手とのmutualな利益すら考えていない。上記の発言では、契約は成立しないし、国民は脅迫されていると感じるだろう。しかし、菊池は高い知能指数を持つとしても、ソサエティ的な思考を持たないので、この種の発言を繰り返す。

たとえ俺が上記を菊池に提示するとしても、菊池は何を指摘されているのかすら認識できない。だから、彼は「そんなんだから日本の科学が衰退した」と捨て台詞を吐いたり、「日本の科学が死ぬだろう」や「日本の科学が死ぬけど良いのか」と不吉な予言や呪いを相手にかけたり、騒いで怒鳴り散らす。

量子力学コーチの高橋宏和はトンデモで胡散臭いのか?〜テクノロジーとソサエティ(社会)〜
 高橋宏和という人物は量子力学を悪用して、人生論を展開している。彼の行為に対して、大和民族の幼稚な科学者は彼の発言を論破してマンティングを仕掛けている。俺は高橋宏和や高橋宏和を批判する大和民族の科学者を批判するとき、俺は絶望的な気持ちになる。以下では、俺は高橋宏和に関する問題点を提示する。その問題には、テクノロジー的な問題とソサエティ的な問題が存在する。1章 高橋宏和の問題点 高橋宏和:高橋宏和はテクノロジー的にデタラメである。 正確には、科学や数学はテクノロジーでないが、ここではこだわらない。俺は量子力学を理解する能力を持たない。しかし、俺は高橋宏和の話がデタラメであることをなんとなく感じ取ることができる。ありうる批判として、高橋宏和は量子力学を悪用するのでなく、普通に人生論を展開すれば良いである。その時、誰も彼の人生論を批判しないだろう。科学者の大部分はなぜ量子力学をわざわざ使用するのかである。2章 大和民族の科学者の問題点 大和民族の科学者:大和民族の科学者はソサエティ的にデタラメである。 大和民族の科学者...

文明とはハイ・テクノロジーか?

 俺の認識:文明とは、ハイ・ソサエティである。ハイ・テクノロジーはハイ・ソサエティから導かれる。

 文明とは、ハイ・ソサエティである。ハイ・テクノロジーはハイ・ソサエティから導かれる。実際、西洋文明はユダヤ教やキリスト教を受け入れた後に勃興した。西洋人はユダヤ教徒やキリスト教徒になった後、彼らは自己?のソサエティを持ち始めた。

そして、そのソサエティから、彼らの自然科学や数学が生み出された。もし西洋人がユダヤ教やキリスト教を受け入れなかったならば、西洋人は近代科学や数学それ自体を生み出せなかっただろう。たとえ彼らの知能指数が世界一高かったとしても。

なぜなら、近代科学や近代数学を生み出すための母体であるソサエティそれ自体を形成できなかったのだから。男の優秀さの大部分は「知能指数の偏りが大きいので、天才が多い」ことや「腕力が強い」ことでなく、”圧倒的な社会性” である。知能指数によって測定されるのはホモ・サピエンスとしての動物的な優秀さであり、それは人間としての優秀さ、つまりソサエティの優秀さでない。