アケメネス朝ペルシアはY染色体ハプログループR1aを持つか?〜キュロスとダレイオス〜

コーカサス人種
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 2500年前に、アケメネス朝ペルシアは古代中東地域を統一した。この行為は中東地域の先進性を表している。その一方で、欧州大陸は近世から近代になるまで2500年間未開であったとされる。しかし、俺がアケメネス朝ペルシアを印欧語族とY染色体ハプログループから捉えると、欧州人(アーリア人)の先進性が浮かび上がる。

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アケメネス家

Y染色体ハプログループ

 俺の認識 アケメネス家はY染色体ハプログループR1aを持っていた。

 一般的に、アケメネス朝ペルシアは印欧語族を持つ民族によって建国された。アケメネス家がその一族である。キュロスはアケメネス朝ペルシアを実際に建国した。ダレイオスは(血が繋がっているのかは不明であるが)その後の統治者であった。このキュロスが印欧語族を話す人間であった。

もしキュロスが印欧語族を持っていたならば、キュロスのY染色体ハプログループはR1aであった可能性がある。なぜなら、しばしば、語族はY染色体ハプログループに対応する。ペルシャからインドには、Y染色体ハプログループR1aが観察される。もしキュロスがY染色体ハプログループR1aを持っていたならば、古代オリエントの統一はY染色体ハプログループR1a(東欧の白人)によって達成されただろう。

その後、アケメネス朝ペルシアはアレクサンドロス大王に滅ぼされる。俺の霊感では、このアレクサンドロス大王はY染色体ハプログループR1bを持っていた可能性がある。この場合、アケメネス朝ペルシアとアレクサンドロス大王の対決は東欧白人(R1a)と西欧白人(R1b)になる。当然、アレクサンドロス大王のY染色体ハプログループがR1aやEであった可能性もあるだろう。

宗教

 俺の認識 アケメネス家はゾロアスター教を信仰した。

 ゾロアスター教における創造主(父)は欧州人の父系始祖である。だから、アケメネス家は欧州人の父系始祖を神として崇拝して、その神の言葉である印欧語族を話した。さらに、アケメネス家はY染色体ハプログループR1aを持っていた可能性がある。つまり、古代ペルシャ人は父系も父系言語も父系始祖(創造主=神)も東欧の欧州人によって完全に支配されたことになる。

しかし、欧州人の父系始祖はその後のイスラム帝国に宗教的に敗北した。欧州人の創造主はセム人の父系先祖、つまりセム人の創造主に敗北した。ローマ帝国における西欧の欧州人の創造主は300年にセム人の創造主によって敗北したが、中東ペルシャにおける東欧の欧州人の創造主はその300年後、つまり600年にセム人の創造主によって敗北した。

アケメネス家のその後とペルシャの歴史

 アケメネス家はアレクサンドロス大王の帝国によって滅亡した。アレクサンドロス大王のY染色体ハプログループは不明であるが、俺の印象では、アレクサンドロス大王はY染色体ハプログループR1bを持っていたように感じる。なお、アレクサンドロス大王の言語は印欧語族であっただろう。

その後、アルサケス家によるパルティアがペルシャの地域に生まれた。俺の印象では、アルサケス家はY染色体ハプログループR1aを持ち、印欧語族を話し、欧州人の父系始祖を創造主として崇拝した。この国家はローマ帝国と争った。ローマ帝国もまたY染色体ハプログループR1bを持っていた可能性があるパルティアは漢帝国とも交易した。

その後、ササン朝が生じた。農耕民がササン朝を起こしたらしい。アケメネスとアルサケスは遊牧民、または牧畜民であったはずである。もしササン朝の開祖(アルダシール)が印欧語族を持ち、欧州人の父系始祖を創造主として崇拝したならば、彼はY染色体ハプログループR1aを持っていたかもしれない。けれども、俺の印象では、農耕民がY染色体ハプログループR1aをもっていたかは断定されない。Y染色体と言語と父系始祖(創造主)が互いに不一致であった可能性もある。

 イスラム帝国が生じた後、それはペルシャ地域を併合した。その結果、ペルシャは完全にイスラム教になった。その後のペルシャはゾロアスター教系統の国家からイスラム教系統の国家に変化した。この事実は欧州人の創造主がペルシャ地域でも完全に敗北したことを意味する。欧州人の創造主の父系子孫は中東全域を支配するアケメネス朝ペルシャを築いたが、彼らはセム人の父系先祖に完全に敗北して、自己の創造主たる父系先祖を崇拝することを完全にやめてしまった。

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