鎌倉武士は蛮族(キチ)であったか?〜浅井ラボ(AsaiLabot2)による大和民族の女々しさと大袈裟な性質〜

大和民族
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 鎌倉武士最強(狂)打線みたいなのを見るが、モンゴル、元帝国打線の不動の四番(投)殺害数4000万人、がもう桁違いすぎて。三番(捕)ホラズム朝の消滅(崩壊ではなく、125万人を殺害し、文明の痕跡ごと消滅)五番(一)モンゴル統一過程で同族275万人殺害、ですら人類史に残る最凶打線。人類史ワースト100に入るには、30万人の殺害が最低ラインなんだけど、鎌倉時代を通してもそこまで殺害することはなかった。実際、近世までの日本だと、江戸幕府のキリシタン弾圧での20万人殺害が最大数だと思われる(戦国時代は個々の勢力ごとのカウントとなる)単純に国土面積で日本と近いドイツ、ちょい大きいフランス、ちょい小さいイギリスが世界史ワーストの常連。日本、戦国時代は地方領主同士でそげに激しく戦わんでもとはなるけど、世界史邪悪メジャーリーガーたちに比べると日本リーグ

https://twitter.com/AsaiLabot2/status/1400987149088919553

 日本国の電街では、鎌倉武士の蛮族さが誇張して拡散されてきた。けれども、上記の浅井の呟きを見ればわかるように、鎌倉武士は蛮族でなかった。以下では、俺はなぜ大和民族は鎌倉武士を蛮族と大袈裟に主張するのかと提示するつもりである。

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鎌倉武士の実際

しょぼい

 しょぼい:鎌倉武士は実際にはしょぼく、惨めな存在である。

 鎌倉武士は実際にはしょぼく、惨めな存在である。彼らは大して残虐でなく、強くもない。彼らの体は小柄であり、白人との対峙すら恐れて、西村博之のようにヘラヘラ笑って媚を売り、やり過ごしただろう。

サブサハラにおける未開の村

 サブサハラにおける未開の村:鎌倉武士はサブサハラにおける未開の村の儀式的な内戦に近い。

 鎌倉武士はサブサハラにおける未開の村の儀式的な内戦に近い。この儀式的な内戦とは、サブサハラにおける未開の村の戦士たちの戦いに等しい。鎌倉武士の蛮族性はこの種のズールー族の内戦に等しい。

鎌倉武士がモンゴル帝国を追い払ったことは、未開の土人が海に守られながら、先進的な帝国を奇跡的に追い払ったことに似ている。俺らが鎌倉武士を想像するとき、俺らはズールー族やアボリジニやアイヌの戦いを連想する必要がある。

大和民族の心理

イキリオタク

 イキリオタク:大和民族はイキリオタクの心理で鎌倉武士の蛮族性を強調する。

 大和民族はイキリオタクの心理で鎌倉武士の蛮族性を強調する。大和民族は鎌倉武士の蛮族性を不必要に強調して、彼らは大和民族はこんなにも恐ろしいのだと主張したい。けれども、実際のオタクがそうであるように、鎌倉武士もまた蛮族でなかっただろう。

鎌倉武士の蛮族性は関西人や関西弁が怖いや同和が怖いという発言に似ている。実際には、関西人や同和は非常に臆病であり、彼らは白人に媚びへつらっている。欧州人の米国民が中国を人権で批判すると、関西人はキリスト教とでないのに、彼らは「あのアメリカが怒ってるぞ!中国の悪事はもう許されねえへん!」などとつけあがる。

浅井の引用からもわかるように、鎌倉武士の蛮族性などモンゴル帝国と比較すると、大したことでない。子供のままごとに近い。鎌倉武士の蛮族性は未開の部族やキモオタのイキリの結果である。キモオタが戦闘民族でないように、鎌倉武士は戦闘民族でない。

アスペや雌の大袈裟さ

 アスペや雌の大袈裟さ:大和民族はアスペ体質、かつ女々しいので、彼らは鎌倉武士の蛮族性を大袈裟に強調する。

 大和民族はアスペ体質、かつ女々しいので、彼らは鎌倉武士の蛮族性を大袈裟に強調する。大阪大学の菊池誠は発達障害なのか、アスペなのかわからないが、オウムや差別を不必要に強調して、騒いで喚く。また、大和民族の雌は彼女ら自身の被害者性を不必要に強調して喚く。

大和民族が鎌倉武士の蛮族性を強調するのは、この種のアスペや雌の大袈裟さに等しい。実際、オウムのサリン事件はそれほど騒ぐことでなく、雌の痛み(出産など)もそれほどでない。同様に、鎌倉武士の蛮族性は世界水準では非常に知らない。

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