物理学者・立川裕二は本当にノーベル賞級の天才でエリートか?

大和民族
https://www.nishi.or.jp/homepage/shicyo/koho/shiseinews/2014/14_1025/201410251445_0802.html
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 立川裕二は国際的かつ天才的な理論物理学者であり、彼は東京大学を首席か何かで卒業して、数学オリンピックでも素晴らしい成績を残した。日本人の科学者や数学者は彼を天才と審判してきたが、日本人の日本国民は彼を天才でなく、異常に高い数理能力を持った馬鹿(電網用語ではアスペ)と認識してきた。

一方、大和民族の学者は依存先である大和民族の日本国民を彼らを理解しない馬鹿と誤審してきた。彼らは愚民によって理解されない悲劇のヒロインを演じてきた。しかし、俺はこの種の感情に反対であり、大和民族の日本国民の審判がより正当であると審判する。

以下で、俺はなぜ立川や彼らの天才性が偽りっぽいかを提示する。なお、個人名には、意味がなく、天才で検索したら彼の名前が出てきた。また、俺は賞の受賞や実名での電網の利用、積極的な動画の更新から彼を”ほぼ”公人と審判した(youtuberのような公人)。

なお、俺は多神教徒でないので、俺にとって立川やその他の科学者や数学者は先生と呼ばれる「神様」でなく、数理能力の高い労働者である。だから、彼らの論文それ自体には、干渉しない。東洋小人種は一神教でないので、学者自体を批判することはあっても、論文それ自体に宗教的に干渉することはないだろう。

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1章 立川の脳の遺伝的な性質

 立川裕二は世界最高の数理能力を持ってきた。けれども、彼は「視界と世界との区別の欠如」と「彼の幼児性」と「彼の肉体のデザインの醜さ」。

視界と世界が区別されない時、その人間は動物的に見える。さらに、立川が他者を認識できない時、人々は立川は他者に対する損害や他者との契約を認識できないと審判する。立川の幼児性は知的能力の未発達を暗示する。

立川のデザインの醜さはデザインに対する無関心さと知的能力の未発達を示しているように見える。なぜなら、チンパンジーも幼児が成長する時、彼らの知的能力が発達して、彼らは彼ら自身のデザインに関心を持つようになる。しかし、下等生物は自己のデザインに興味を持たない。

1節 視界と世界の区別

 立川の脳の遺伝的な性質 立川裕二の脳の運動は彼自身の視界と世界を区別できないように見える。その結果、外部から見ると、機械や動物っぽく見えるので、天才と認識されない。または、天才数学小学生のような知的能力の未発達を連想させる。

  俺の印象では、立川は彼自身の視界と世界を区別できない。立川は彼自身の視界を世界それ自体と誤認しているように見える。立川が見てきた世界は立川の視界であり、世界それ自体でない。

青い目を持ったスウェーデン人の視界と黒い目を持った立川の視界が互いに異なるように、俺の視界と立川の視界は互いに異なる。立川の肉体を車体と仮定するとき、立川の視界は車体の中のカーナビやホログラムであり、立川自身(主体)はカーナビやホログラムをみる運転手である。

立川が彼自身の視界と世界を区別できないとき、立川は立川の視界の外の他者を認識できない。なぜなら、立川の視界が世界それ自体であるので、その世界には他者が存在しない。立川にとって、他者とは彼の視界に映る何かでしかないので、彼は視界に映らない他者を把握できない。

 アスペルガー症候群の人の考え方について、当事者の方がいらしたら教えてください。ある当事者の方のブログに「アスペルガーの特性で、自分の頭の中には主観と自己正当化しか無い」と書かれていました。

 現実には人はそれぞれ全く違う価値観や思想を持っているので、主観と自己正当化しか無い状態だと混乱することが多いのではないかと思います。実際に、当事者の方は他人とやりとりをしている時どのようなことを考えたり感じたりしているのでしょうか。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13185609913?_

 アスペルガー症候群の人って、自分の考えが絶対的に正しいと思っていませんか?他人には他人の考えがあるってことを、わかっていないですよね?

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11114754931

 上記はアスペルガーに関する非専門家の審判である。俺が立川やそのほかの物理学者や数学者(言い換えると、アスペ)を見るとき、俺は上記の知恵袋を常に連想する。つまり、立川の世界には、他者が存在しないように見える。

上記では、「主観と自己正当化しかない」や「他人には他人の考えがあるってことがわからない」と指摘されている。なぜなら、この種の動物は自己の視界と世界のそれ自体を認識できないので、自己の視界=世界の全てと誤認識する。その結果、彼らは視界に映らない他者それ自体を認識できないように振る舞う。

実際、白人、特にドイツ人の高慢や自己中的な精神は彼らのアスペルガーっぽい?性質に由来しているように見える。ドイツ人も西側白人も高慢や価値観の押し付けを指摘されるが、彼らの世界には白人しか存在していないように見える。

 自己の視界と世界の区別の欠如は、日本国民や官僚や政治家組織との交渉や約束において問題になる。なぜなら、彼らが彼ら自身の視界と世界を区別できないとき、彼らは彼ら自身の言いたいことばかりを言い放って、契約相手を不快にさせ、精神的な損害を与える。

彼らは他者それ自体を認識できないので、他者に損害を与えるとしても、彼らは「他者」への損害を認識できない。なぜなら、損害を与えた方向である他者が存在しない。実際、大和民族の学者は金銭的損害や精神的損害を契約相手に与えてきているが、彼らは他者への損害に関する埋め合わせをするつもりも、埋め合わせが必要であるという発想すら持っていないように見える。

 下記の侮辱的な発言は他者に対する認識の欠如に由来するように見える。彼らは他者を認識できないので、他者に見られていることも認識できない。その様子は、異常者や病的、知的障害者や精神障害者、アスペルガーっぽく見える。

東京農工大学の田中も菊池誠も他者を認識できないので、言いたいことばかりを全世界に向かって実名でつぶやいている。日本国民が彼らの発言を見た後、彼らは強烈な不快感を嫌悪感、そして精神的な損害を認識する。そして、彼らはこの種の動物は先生でなく、乞食や恫喝者やゆすり・たかりと同じと認識する。

契約相手に、「あんたら」と呼ぶことは他者への「侮辱」である。彼らは他者も侮辱も認識できないのだろう。
菊池誠は先生や学者でなく、無自覚的な乞食である。彼は自分の言いたいことを言っていて、他者に何をいうかを考えていない。

2節 幼稚性

 立川の脳の遺伝的な性質 立川裕二は非常に幼稚であるので、彼は大和民族の日本国民によって天才と認識されない。彼の天才性は天才数学小学生のような天才性である。

 下記の引用が非常に参考になる。立川裕二は白人小人種でもコーカサス人種でもない。彼は東南アジア人やアメリカ先住民と同じモンゴロイド人種である。 日本人の学者気取りの幼稚性は白人的幼稚さでなく、タイ人的な幼稚性である。

 例えばタイに来た最初の年に大学で教えた時、彼らは幼稚園児かと真剣に思った。その後いろいろなタイ人と接しても10歳は精神年齢が低いと感じることがしばしばあったし、極めつけは中学生に教えているときだ。中学生のクラスはほとんど動物園であった。小学生のクラスなどきっとどう手をつけていいかわからないだろう。タイ人でさえ辞めて行く教師が多いのだ。

https://ameblo.jp/toruohayashi53231/entry-12032656467.html

上記の話は実に示唆的である。大和民族の日本国民も立川裕二やその他の科学者や数学者を上記のようなモンゴロイド人種的な幼稚さを見ている。立川が幼稚であるとき、立川は物事の意味を把握できなくなる。

上記では、中学生のクラスはほとんど動物園であったとみなされている。実際、大和民族の作る大学も異常であり、動物園化している。彼らは自己の明文化された性規範も善悪(レッドカード)も持たないので、彼らは文字通り善悪を持たない発情した動物のような群れを形成する(大学は動物園か)。

 以下で、俺らは幼稚とは何であるかを見てみよう。

アメリカ大陸の多様性の意味

Buffy Saint Marie – Soldier Blue
https://bosszaru21.hatenablog.com/entry/2019/11/29/171431

 アメリカ大陸の多様性は黒人奴隷と俺らモンゴロイド人種の虐殺の結果である。だから、俺らはその多様性を手放しで賛美するべきでない(科学事業の契約相手のほとんどはモンゴロイド人種)。しかし、幼稚な人々は多様性をなんとなく雰囲気で賛美する。

この賛美は黒人奴隷の賛美やホロコーストの賛美に等しい。俺らが幼児であるとき、俺らは性行為の意味を把握できないので、俺らは大人によって性的に搾取されていることを認識できない。幼児性のために、彼らは彼ら自身が何をされているかを認識できない。

俺の印象では、立川は白人や黒人がアメリカ大陸で生活していることに不自然さや違和感を覚えていないように見える。俺はこの状態を白人帝国主義や植民地主義(アメリカは移民の国家でない)やScramble for Africaの持続と認識する。または、俺は現在のアメリカ大陸の状態を「モンゴロイド人種に対する明確な奴隷化」と認識する。

 アメリカモンゴロイド人種でなく、白人がアメリカ大陸の資源や食料を所有して、モンゴロイド人種に売りつけて、利益を貪る。俺らは白人から食料や資源を購入するために、俺らは一所懸命奴隷的に労働する必要がある。ひどい場合には、白人が俺らの土地から爆弾や原子力爆弾をモンゴロイド人種の領土に落として、虐殺してきた。

さらに、俺らモンゴロイド人種はアメリカ大陸で大統領(統治者)になれない。ある種のホモ・サピエンスが自己の自然な生息地でその土地の統治者になれないならば、その状態は明確な奴隷化である。けれども、立川は幼稚であるので、彼は彼自身(彼の妻や娘も)が奴隷にされていることを認識できない。

俺の言ってることがわからないならば、モンゴロイド人種をネグロイド人種に置き換えればわかりやすい。もし白人がアフリカの資源を所有して、ネグロイド人種がそれを購入するために、奴隷労働しなければいけないならば、その状態は奴隷状態である。加えて、もし白人が爆弾をカメルーンからケニアへと落とすならば、その状態も不自然な状態である。さらに、もしネグロイド人種がアフリカ大陸で統治者になれないならば、その状態は明確な奴隷状態である。

 人類の大部分は物理や数学よりも、彼ら自身が奴隷にならないことを優先する。立川は幼稚であるので、彼は現在の状態がモンゴロイド人種に対する奴隷状態にあることを認識できない。そのため、大和民族の日本国民や東洋小人種の大部分は立川が天才であると認識しない。

ほとんどの人間にとっての知性とは、善悪の判断能力や審判能力、認識能力であり、計算能力や数理能力、あるいは知識の豊富さや正確性でない。

国民国家の意味

 現在の日本国は国民国家である。俺の印象では、立川は国民国家の意味を把握できない。国民国家とは白人がアメリカモンゴロイド人から土地を奪いそこに国家を打ち立てるための略奪的略奪的虐殺的概念である。白人にとって国民国家とは土地を先住民から奪うための概念でしかない。

立川が国民国家の概念を認めるとき、白人がアメリカモンゴロイド人種を押しのけて、俺らのモンゴロイド人種の大陸に居住する正当性を獲得する。だから、立川が国民国家を採用することは正当でない。なぜなら、それはアメリカモンゴロイドの土地を白人に略奪させ続けることと同じである。

立川を含むモンゴロイド の大部分は国民国家に反対して、自然国家?に賛成し続けるべきである。そのとき、俺らモンゴロイド人種はアメリカ大陸を取り戻せるだろう。モンゴロイド人種が国民国家の存在を認めて、肯定するとき、俺らは白人が俺らの自然な生息地を略奪することを間接的に認めていることになる。

明治維新や民主制度の意味

 俺にとって、明治維新は単なるクーデーターであった。正確には、西側白人と結託したキリシタン大名による東洋国家のキリスト教化である。しかし、立川を含む科学者や数学者は明治維新や民主制度やその後の日本国憲法を素晴らしい何かや近代化であると錯覚しているように見える。

普通に考えれば、非キリスト教徒の日本国民が殺人罪というキリスト教由来の罪の概念で罰されていることが正当でないと感じる。その状態は卓球選手(東洋人)がサッカー(西洋文明)で罰されているような状態である。立川は幼稚であるので、このような状態に違和感を覚えない。

なぜなら、彼は文明の意味や宗教の意味、善悪や善悪の正当性それ自体を認識できない(知識はある)。もし仏教徒がサウジやイスラエルで仏教の概念でイスラム教徒やユダヤ教徒を罰するならば、その状態はおかしいだろう。

3節  肉体のデザインの醜さ

 立川の脳の遺伝的な性質 立川裕二を含む大和民族の肉体のデザインは劣等である。また、彼らはデザインに対する関心を一切持っていないので、知的能力の発達が未発達、未成熟と認識される。その結果、彼らは天才と認識されない。

 立川は肉体の悪いデザインを持つので、天才と認識されない。正確には、立川は自己の肉体のデザインに関する関心を一切持っていないので、彼は天才と認識されず、未発達な脳を持つ対象と認識される。一見すると、デザインと知的能力は無関係である。

しかし、デザインと知的成熟さは密接に関係する。例えば、チンパンジーのような動物や子供は自己の肉体のデザインや服装に全く関心を持ってこなかった。しかし、子供が成長の過程で、思春期を経て、自己の肉体のデザインに関心を持つようになる。

この現象は知的成熟さや知的能力の発達の証である。しかし、立川を含む大和民族の学者は彼ら自身の肉体のデザインに関する興味を一切持ってこなかった。なぜなら、彼らはチンパンジーや子供のような動物と同じであった(ただし、天才数学小学生)。

 デザインに対する関心の低さはやはり知的能力の未発達を連想する。肉体のデザインだけでなく、彼らは文字のデザイン、建築のデザイン、都市景観のデザイン、websiteのデザインにすら興味を持ってこなかった。

一般的には、デザインは幾何学それ自体であり、それは色や形や大きさ、比や配置に関係する。デザインに興味がないとは、日常的には、色や形、比や配置に興味を持っていないことである。立川は物理学者であるのに、デザインに関する興味を一切持っていないので、俺は違和感を覚える。

一方、地中海人や白人は成熟した脳を持ち、彼らはデザインに興味を持ってきた。その結果、彼らは肉体のデザイン、文字のデザイン、建物のデザイン、そして幾何学を発達させてきた。一般人は彼らのような人々を知的であると認識する。

2章 立川の人間的な性質

 以下で、俺は立川の人間的な性質を提示する。その性質には、善悪の判断の欠如、自己の宗教や自己の文明の欠如、そして自己の歴史と国家の欠如が存在する。

1節 善悪の判断の欠如

 立川の人間的な性質 立川は自己の善悪(レッドカード)を持たないので、彼は善悪の判断を下せない。

 立川は自己の宗教や文明を持たないので、自己の善悪、つまり自己のレッドカードを持っていない。そのため、彼は行為に対して善悪の判断を下せない。

例えば、彼はアメリカ大陸の多様性が良いか悪いかを判断できない。また、彼は自己を「先生」と契約相手に呼ばせることが良いか悪いかを判断できない。彼は野尻美保子が彼女自身をみほちゃんと呼ぶことが良いか悪いかを判断できない。

立川は高い数理能力を持つのに、簡単なことすら判断できない。だから、大和民族は彼を天才でなく、善悪の判断を下せない動物と内心認識する。立川は下記の善悪の判断に関する質問に生得的に回答できない。

  1. 明治維新は良いのか
  2. 白人崇拝は良いのか
  3. 幕藩体制は良いのか
  4. 白人ハーフの子供が欲しいは良いのか
  5. 多様性は良いのか
  6. 国民国家が良いのか?
  7. 白人種がアメリカ大陸で生活することは良いのか?
  8. 異人種との混血は良いのか?
  9. 白人の奴隷になることは良いのか
  10. 日本人や日本国が家畜や奴隷的状態(半植民地)であることは良いか?

2節 自己の宗教や文明の欠如

 立川の人間的な性質 立川は自己の宗教や自己の文明を認識できない。または、立川は自己の宗教や自己の文明それ自体を持っていない。

 立川は自己の宗教や自己の文明を認識できない。または、立川は自己の宗教や自己の文明それ自体を持っていない。それだけでなく、立川は自己の歴史も自己の国家も認識できないように見える。

ここでの要点は「自己の」である。俺は立川は宗教や文明や国家や歴史に関する性格で豊富な知識を持っていると認識している。しかし、彼は「自己」それ自体を認識できないので、彼は自己の宗教や文明を認識できないので、彼はトンチンカンな応答を繰り返す。

左の画像を見よう。そこでは、立川は男女平等にすべきであると呟きた。

しかし、男女平等という概念はキリスト教由来の概念である。俺の勝手な印象では、立川はキリスト教徒でないので、彼は男女平等に賛成する必要はない。

キリスト教では、創造主はその意志で、世界が男女平等になるように創造したので、彼らの世界では、男女平等は唯一の正当性を持つ。

一方、東洋人はキリスト教徒でないので、彼らは男女平等に賛成する必要はない。けれども、彼らはなぜか白人の真似をして、男女平等に賛成している。俺の印象では、立川は宗教や文明それ自体を認識できない。だから、彼らは男女平等に意味もわからず、なんとなく雰囲気で賛成している。

彼は「自己」と「自己の文明」と「自己の宗教」それ自体を認識できない。だから、彼は耶蘇的な男女平等に賛成して、キリスト教的な憲法や殺人罪で罰されてることに違和感を覚えない。立川は刑罰それ自体を認識できないのか、宗教や文明が刑罰それ自体に関係することを認識できない。

だから、立川は俺らがキリスト教的な刑罰によって罰されることのおかしさを認識できない。東洋人は罪の文明でなく、礼の文明である。もし立川が自己の宗教や自己の文明を認識できないならば、彼はエリートですらない。

3節 自己の歴史や自己の国家がない

 立川の人間的な性質 立川は自己の国家や自己の歴史を認識できない。または、立川は自己の国家や自己の歴史それ自体を持っていない。

 ここでの要点は「自己の」である。俺は立川は宗教や文明や国家や歴史に関する性格で豊富な知識を持っていると認識している。しかし、彼は「自己」それ自体を認識できないので、彼は自己の宗教や文明を認識できないので、彼はトンチンカンな応答を繰り返す。

上記でも述べたが、国民国家とは、白人が色付きの自然な生息地を奪うための侵略的な思想である。だから、もし彼が国家概念を認識できるならば、彼は国民国家それ自体に反対する必要がある。けれども、彼もそのほかの大和民族も国家概念それ自体を認識できない。だから、彼らは米国の存在を認めて、国民国家や国民を拒否しない。

国家制度は国民国家だけでないが、立川は国家概念それ自体を認識できないので、国民国家が全てであると思っている。アメリカ先住民は国家概念を持たなかったので、彼らは白人によって虐殺された。同様に、立川はアメリカ先住民のように、国家概念を持っていない。アメリカ先住民も立川も国民国家が国家の全てであると感じているように見える。

 また、立川は自己の歴史それ自体も認識できない。例えば、上記で述べた多様性もそうである。もし立川が歴史を認識する人間であるならば、彼は多様性を悪いと判断して、多様性を悪いと判断する歴史を残そうとする。けれども、この種の大和民族の学者は白人と一緒になって、多様性は素晴らしいという歴史を書こうとする。

善悪の判断が狂った歴史が現在進行形で描かれるのに、立川はその状態に適切的に応答して、歴史を書こうとしない。彼はぼーっと見ている。アメリカ大陸における多様性は、モンゴロイド人種の虐殺の結果である。もし立川がそれを主張し続けないならば、その多様性は白人によって、素晴らしいと描かれる。しかし、立川は白人との対峙を嫌がるので、彼は沈黙を貫いてきた。

このとき、俺は彼は自己の歴史の概念を持っていないように見える。もし立川が多様性は悲劇であると主張しないならば、誰がそれを主張し続けるのか?立川は文明の概念を認識できないので、白人に歴史や文明を描いてもらおうとしているように見える。

もし立川が本当にエリートであるならば、彼が歴史をモンゴロイド人種の観点から書くべき。もし立川が白人と対峙しないならば、白人は多様性を素晴らしいとみなし、彼らはそのような歴史を書き西洋文明を創造するけれども、立川は白人によるその行為に賛成するか?

 アメリカ大陸は我々モンゴロイド人種のものである。もし立川が白人によるアメリカ大陸の占有を認めるならば、白人はアジア地域で同じ間違いを繰り返すだろう。白人種の先住地は欧州大陸であり、アフリカやアジアやアメリカでない。にもかかわらず、彼らは侵略の結果としてアメリカ大陸を不当に占有している。

 さらに、立川は自己の大学組織の歴史、特に大学の恥部すら書こうとしない。例えば、戦後のキリスト教の教会では、白人による神父の日本人への性的虐待が存在した。彼らはその歴史をきちんと書いて、謝罪を実行した。

けれども、立川は研究室における性的虐待や暴力、自殺への追い込み、または感謝料として実験器具を購入させてきたゴミに関する歴史をきちんと書こうとしてこなかった。なぜなら、立川は自己の歴史それ自体を認識できてこなった。

彼は自己の歴史それ自体を認識できてこなかったからこそ、彼は自己の歴史を一切記録しようとしてこなかった。彼らは大学の歴史も衰退の歴史も水に流そうとしてきた。

おまけ 意思疎通できない〜対峙が嫌〜

 日本人の学者気取りは対外的な意思疎通能力を持たない。なぜなら、日本人の中流層がその対外的な意思疎通を担ってきた。その結果、立川は大学という家でしか通用しない噺家を繰り返してきた。

対外的な組織とは、大学に対する官僚組織や日本国民、朝鮮や中国、そして西側白人である。立川をはじめとする日本人の学者や弁護士や教師、そして中間種(ハーフ)の大部分は日本人にこの対外的な意思疎通をやってもらってきた。だから、彼らは日本という家や大学でしか通用しない話し方をしてしまう。

立川の話し方は大学という家、もっというと研究室という家でしか通用しない話し方である。立川は白人と対峙することを恐れ、それを他の日本人にやってもらおうとしてきた。その結果、日本人は立川を「飯風呂寝る」 みたいな一昔前の亭主関白とみなしてきた。この種の人間もまた人間社会における対外意思疎通を妻に依存してきただろう。

 日本人の大学教員は学者は白人と異なり、報われないと感じてきた。しかし、彼らは対外意思疎通の全てを日本人という 「女 」に担わせてきた。だから、彼らは白人と対外的な意思疎通を交わせないし、白人のいいなりでなる。

白人と東洋人は異なる人種と歴史と宗教を持ってきた。だから、俺らは白人になれない。対外的意思疎通の需要が存在するが、立川はそれを回避しようとするので、日本人の中流層が日本社会における主導権を握ってきた。

対外意思疎通できない亭主関白は地域社会における主導権をその妻に明け渡してきたように、立川は大学や研究室という家の中でしか威張れない。この種の現象は立川だけでなく、大栗博司や村山斉などの高い数理能力を持った理論物理学者にも言える。

 上記の発言も対外的な意思疎通の欠如である。押川の言いたいことは、ブサイクでも醜くでもありのママの押川を愛してくれる「 家 」が欲しいである。対外的な意思疎通は人種的に侮辱や中傷をした白人と対峙して彼らを批判することである。

しかし、押川は白人との対峙を嫌がるので、なぜか日本人(モンゴロイド人種)の人種差別主義者?を批判して説教しようとする。もし黒人が黒人奴隷貿易に関して、その黒人はある黒人至上主義者を人種差別に関して批判するならば、多くの人々はなぜその黒人は白人を批判しないかと不思議に思うだろう。同様に、俺はなぜ押川は白人をアメリカモンゴロイド人種やイヌイットの虐殺や原子力爆弾の投下に関して批判しないか不思議に思う。

当然、その答えは対外的な意思疎通の欠如である。たとえ白人が押川を人種的に侮辱するとしても、押川はその人種的な侮辱に関する話を大学という家の中で、学生に聞いてもらって、人種差別?は良くないと話を締める。押川は決して侮辱した白人と対峙しようとしない。

白人様
白人様

 上記の押川の話し方は日本の大学という 「 家 」でしか通用しない。日本人や朝鮮人だけでなく、白人も黒人もアラブ人もなぜ押川はその白人を批判しないか?と疑問に思う。押川の話し方は亭主関白の 「飯風呂ねる 」 とそっくりであり、その家でしか通用しない。

白人様
白人様

 どんなに白人がいかれた人種侮辱的な行為を繰り返すとしても、押川も立川もその白人と対峙せずに、その白人を注意せずに、「日本人 」 に人種差別は良くないと注意する。押川も立川も人間社会における対外的な意思疎通を全て日本人に負担させてきた。だから、彼らはこの種の幼稚で軽蔑すべき行為を繰り返してきた。

白人様
白人様

 立川や押川は「白人」’を上記の人種的な侮辱に関して批判しないといけない。この時、対外的な意思疎通の道が初めて開かれるだろう。立川や押川は幼児的なボケ老人や介護老人と同じである。

おまけ 無自覚的な嘘が多い

立川は彼自身が嘘をついている自覚を持たない。

 研究費や税金は「布施 」 でない。日本人の大学教員は社会性を持たないので、彼らは無自覚な嘘を繰り返す。彼らは税金を 「出す」や 「くれる 」という単語を使用してきたが、税金は貸されている。だから、契約相手に知的労働として提示する義務を持つ。

俺が立川の発言を読むとき、彼の発言の誤審や誤認が気になる。日本人の学者気取りの大部分は誤審や誤認を繰り返すので、無能なサッカー審判(主審)である。この原因は彼らの審判能力と認識能力の低さ、そして言語能力の低さに関係している。

また、日本人の大学教員は世間知らずと呼ばれてきたが、彼らは未開で動物や家畜や奴隷に近い。日本人の大学教員は世間知らずでなく、動物や家畜やボケ老人である。

3章 日本神話と立川裕二

彼女は1/4朝鮮人である。

 日本神話と立川裕二 立川裕二は八岐大蛇との対峙を恐れるので、彼は彼自身の娘や大和民族の日本国民(契約相手)を生贄に捧げようとする。加えて、彼はその行為を自己認識できないし、彼はその行為に対する善悪の判断を下せない。

 立川裕二は日本神話に登場する村人そのものである。彼らはヤマタノオロチとの対峙を恐れて、彼らの娘を生贄に捧げてしまった。にも関わらず、この種の村人はヤマタノオロチに襲われた可哀想な人々を演じて同情を乞食した。

生贄にされた娘たちが彼らの両親を深く軽蔑するように、日本人は彼らを生贄にする立川を尊敬しない。以下で、君は立川の行為と日本神話における村人の振る舞いを見よう。大学は学問の現場らしいが、俺は大学は学問の現場でなく、未開地域であると審判する。

立川はヤマタノオロチに批判されたくなくて、彼らと対峙するのを恐れた。だから、彼は日本人に抵抗せずに死んで欲しいと願ってきた。日本人が白人と戦うとき、白人は立川を恨むかもしれない。立川はそれをなりよりも嫌った。

1節 契約相手の大和民族は立川の生贄か?

 上記で、立川は 「他国には迷惑をかけていない 」と呟いた。俺がこの発言を読んだ時、立川は日本人を生贄にしようとしていると審判した。立川は日本人を生贄に捧げることによって、彼は自分だけは助かりたいと考えている。

日本神話における村人はヤマタノオロチと対峙することを恐れたので、彼らは彼ら自身の娘を生贄に捧げた。村人の知性はヤマタノオロチと対峙して戦うことでなかった。

日本人が他のヤマタノオロチに迷惑をかけるとき、ヤマタノオロチは機嫌を損ねる。立川はそれが何よりも恐ろしい。だから、日本人が無抵抗で死んでくれるとき、立川は不安を感じなくて済む。彼は彼自身は被害者として逃げる。

 俺が彼の発言を読んだ後、俺は立川は完全な未開人であると審判した。日本人は彼の契約相手であり、生贄でない。しかし、立川は契約相手を生贄にしようとしている。

日本人の大学教員は彼の発言の異常性を認識できない。立川は天才と呼ばれてきたが、俺は彼は天才でないと審判する。もし立川が日本人の日本国民と契約を結びたいならば、彼は損害を契約相手に与えるべきでない。

契約相手を生贄に捧げようとするのは違法行為であり、カルト宗教的行為である。上記のつぶやきは非常に参考になる。日本人や立川は白人をヤマタノオロチとみなす。だから、ヤマタノオロチの機嫌を損ねることは非常に悪い。だから、立川や日本人は日本人に何かをやめさせることでヤマタノオロチの機嫌を鎮めようとする。

2節 契約相手は国粋主義者かお供え物か?

 上のつぶやきは非常に参考になる。日本国民は税金を彼らに貸し付けるべきでない。彼らは契約相手を国粋主義者と呼ぶが、彼らは日本人の日本国民のお金を当てにしている。

彼は日本人のお金に依存するのを止めれば良い。彼の本音は歴史的な義務や責任を負いたくないである。立川は白人や日本人の中流層に文明を作ってもらっているので、彼はこの種の発言を繰り返せる。立川裕二はエリートや天才でなく未開である。彼は歴史における義務や責任を取るつもりがない。

俺は立川は審判能力や予測能力を持たないと審判する。立川はこの種の侮辱的発言をするとき、彼は契約相手との金銭契約が破棄されると審判できない。なぜ立川は嫌いな国粋主義者と契約を結ぶのか?

3 白人様のお怒りを鎮めるために、、、

 俺の印象によると、立川は彼自身の意見や文明を何も持っていない。彼にとって、民主制度も男女平等も多様性も科学も白人の機嫌を損ねないための手段でしかない。

科学ですらそう。立川が科学をするとき、ヤマタノオロチの機嫌が良くなるかもしれない。もしかすると、立川はヤマタノオロチに愛されるかもしれない。だから、彼は白人の意見に盲目的に賛成してきた。

白人の怒りを鎮めるための手段が立川の自虐と謙虚さである。日本人が自虐するとき、白人は日本人をそれ以上批判しない。だから、日本人は白人と対峙するという不安を解消できる。

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