大坂なおみが聖火の最終点火者は歴史的に適切であるのか?〜ダサい・しょぼい東京五輪の開幕式(ドラクエなどのくだらないゲーム音楽)〜

日本社会
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 国際オリンピック委員会(IOC)と東京五輪組織委員会は24日、都内で会見。組織委の高谷正哲スポークスパーソンは、23日の開会式聖火ランナーの最終走者を務めた大坂なおみの起用について「誰を最終走者にするかという協議は、長時間行われた。多様性と連結というのが東京大会にとってもとても重要なメッセージ。こういう議論の中で起用が決まった。我々としても、日本の新しいイメージを届けられればと思った」と改めて説明した。

https://news.yahoo.co.jp/articles/94a779b34f11ccf3a520dc2ecb84773a3ceff30c

 大坂なおみが聖火ランナーの最終点火者になった。俺はこの決定に強く反対する。以下では、俺はその理由を提示するつもりである。なお、コロナなどに関する混乱を考慮しない。

また、俺はアメリカ大陸の多様性それ自体に反対するので、俺はオリンピックの多様性には反対する。なぜなら、アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド人種の虐殺と絶滅の結果である。

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俺の違和感

俺の違和感

 俺の違和感:ネグロイド人種やその中間種(大坂なおみ)が日本列島というアジア地域(東洋地域)の代表や象徴であることは悪い(レッドカード)。

 ネグロイド人種やその中間種が日本列島というアジアの代表や象徴であることは悪い(レッドカード)。もし日本列島の大和民族が多様性を掲げるならば、そのとき、彼らはアイヌ民族や琉球民族などの縄文人系統の代表者や象徴を出すべきであった。当然であるが、ネグロイド人種はサブサハラ地域の代表であり、アジア地域の代表でない。

例えば、カメルーンでオリンピックが開かれたとしよう。その時、白人みたいな顔やアジア人みたいな顔をした人々がそのオリンピックで代表を務めていたらば、おかしいと感じないのだろうか?これはアメリカ合衆国やカナダ、そしてオーストラリアやニュージランドにも言える。アメリカの自然な代表はアメリカ先住民であり、オーストラリアの自然な代表はアボリジニである。

大坂なおみを日本国の代表に選択したことは大和民族は日本国やアジア地域の代表を縄文人や先住民でなく、ネグロイド人種やその中間種と選択したことを世界へと発信する。

ノリや雰囲気

 ノリや雰囲気:大和民族はあらゆる物事をその場のノリや雰囲気でしか捉えることができない。

 大和民族はあらゆる物事をその場のノリや雰囲気でしか捉えることができない。俺の印象では、大坂なおみはコロナ禍のノリや雰囲気で選択された。しかし、大坂なおみが日本国の代表であることは歴史的な正当性も全くないだろう。

アメリカ合衆国やその他の欧州が黒人を前面に出すのは、黒人奴隷の負の歴史の結果である。モンゴロイド人種はその種の自己の歴史を持たず、かつ俺らモンゴロイド人種は白人によって虐殺されてきた側である。もし俺らが歴史的な正当性を主張するならば、俺らは本当の原住民である縄文色の強い何か(琉球民族やアイヌ民族の文様)を前面に押し出すべきであった。

大坂なおみという今回の選択はカメルーン人が数学オリンピックの中国人をそのオリンピックの代表に採用するような愚行である。当然、歴史的な正当性は全くない。大和民族の思考には整合性がなく、カタカナ用語や日本国の景観のようにスラム街と同じで本当にぐちゃぐちゃである。

ダサい・しょぼい理由

自己の欠如

 自己の欠如:大和民族は自己を外部へと表現することができないので、東京五輪の開幕式はダサく・しょぼく、そして統一感がない。

 大和民族は自己を外部へと表現することができないので、東京五輪の開幕式はダサく・しょぼく、そして統一感がない。言い換えると、大和民族は真性の「コミュ障」である。彼らは内輪ネタでノリや雰囲気で楽しめば良いみたいな雰囲気でやってしまう。だから、ダサく・ショボくなる。

俺らが異人種や異民族と外交する時、俺らは自己の人種や民族や(所属)文明や自己の歴史を外部へと伝達する必要がある。当然、それはアニメや漫画やゲーム音楽でない。そして、大坂なおみでもない。本来であれば、大和民族は自分たちは東洋文明(の端)に所属していて、その歴史を歩んできたことを外部へと表現する必要がある。

異人種や異民族から見ると、彼らは日本列島の上の大和民族がどういう民族であるのかすら知らない。だから、日本国としてはその歴史や民族を「五輪では人種や民族は関係ない」と装いつつ実行する必要がある。実際、大和民族は自己の宗教も善悪も明らかにせずに、自己の文明的な所属も彼ら自身の言葉で表現しない卑しく卑怯な民族である。

内輪ネタ

 内輪ネタ:大和民族は外交それ自体を認識できずに、内輪ネタを好むので、非常にダサい。

 大和民族は外交それ自体を認識できずに、内輪ネタを好むので、非常にダサい。一部の傀儡はドラクエに喜んでいる。そして、彼らはアニメやゲームは世界では人気であるとイキって主張し始める。なぜなら、大和民族は白人が安っぽいゲーム音楽に表面的に喜んでいるところを見て「正しい」や「これで良い」と感じるらしい。

しかし、ゲーム音楽それ自体は大和民族の自己それ自体でない。当然であるが、ゲーム音楽では、大和民族は漢民族や朝鮮民族と外交することはできない。俺は「ゲーム音楽で外交できるのか」や「ドラクエは大和民族の自己であるのか」と質問したい。

大坂なおみは英語しか話さず、日本語も中国語も話さない。彼女は漢字すら読むことができないだろう。当然、彼女は孔子も四書五経も知らないだろう。この種の人間が日本国や日本列島の代表として、中国人の政治家とどのように外交するのだろうか?

なぜ大坂なおみが不適切であるのか?

代表性や象徴性

 代表性や象徴性:大坂なおみはアジア地域、もっと言うと東洋地域の代表性や象徴性を持っていないので、彼女は聖火の最終点火者として不適切である。

 大坂なおみはアジア地域、もっと言うと東洋地域の代表性や象徴性を持っていないので、彼女は聖火の最終点火者として不適切である。俺は日本列島及び日本国をアジア地域、より正確には東洋地域、そして東洋文明に所属すると認識する。大坂なおみは人種的にも言語的にも視点的にもアジア地域にふさわしくない。