服装と宗教

俺系統の宗教
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 以下では、俺は服装と宗教について述べるつもりである。服装は民族と宗教の両方に密接に関係する。一般的に、服は寒い地域に住むホモ・サピエンスが気候に適用するために着たと考えられているように見える。その服は必要服である。

服装

この果実を口にした結果、アダムとイブの無垢は失われ、裸を恥ずかしいと感じるようになり局部をイチジクの葉で隠すようになる。これを知った神は、アダムとイブを楽園から追放した。彼らは死すべき定めを負って、生きるには厳しすぎる環境の中で苦役をしなければならなくなる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/禁断の果実

 以下では、俺は服装について述べるつもりである。俺が服を着るとき、服装に関する必要(需要)が生じる。その時、俺はその需要に関する主導権を異教徒を含む他者に奪われる可能性がある。動物は自己の服を着ないので、その種の心配をしない。

服装

 俺系統の認識 x系統の服装はx系統の人間性の表現である。

 ホモ・サピエンスは服を着ていない。x系統の人間はx系統の服を着ている。x系統の服は人間をホモ・サピエンスから区別する。俺はなぜ人間のみが自己の服を着るのかを知ることができない。思考の規範は次である。

 俺系統の認識 もしある主体がx系統の服を着ないならば、その主体はx系統の人間性を持っていない。

 対偶をとると、もしある主体がx系統の人間性を持っているならば、その主体はx系統の服を着る。

俺系統の服装

 以下では、俺は俺系統の服装について述べるつもりである。俺はx系統の人間性の創造を俺の宗教の目的とする。この時、もし俺が自己の服装をx系統の人間性の表現と俺系統の認識で認識するならば、俺はx系統の服を着ることを善と判断する。

・母系服装

 俺系統の認識 俺は和服を俺系統の母系服装と俺系統の認識で認識する。

 俺は和服を俺系統の父系服装と俺系統の認識で認識しない。神道や儒教、大和民族、東洋文明は母系の自己である。俺は俺系統の父系服装を創造する。