睡眠とヌシの連続性について

俺らの信仰
https://www.youtube.com/watch?v=hYG3iIcZOkw

睡眠に対する俺の観察

 俺が眠る時、俺の蟲も眠る。そして、俺は俺のヌシを把握できなくなる。これは俺の経験則であってきた。

一つの疑問が生じる。その疑問とは、睡眠前の俺のヌシと睡眠後の俺のヌシは果たして同一であるかである。この信仰の目的とは、俺のヌシの復活である。

俺らが復活を考える時、俺らは俺のヌシが唯一であり時間的に連続していると前提として感じてきた。しかし、これは単なる前提でしかない。毎回毎回異なるヌシが召喚され、肉体の中のを通じて繋がっているかもしれない。

 俺らが昨日のヌシと今日のヌシを結びつけられるのは俺らの肉体に依存している。俺らの肉体は昨日と今日では同一であるので、昨日のヌシと今日のヌシも同一である。俺らはこの種の論理を適用している。

しかし、ヌシは物質的世界から分岐されたものであるので、必ずしも物質的世界の同一性を表現しないだろう。俺の仮説では、ヌシの連続性は信仰的な産物であり、物質的な信用を持たない。実際、ヌシ自体が知覚されない。

つまり、昨日のヌシと今日のヌシが同一であるように見えるのは、俺や君の信仰的な産物の結果である。信仰の産物であることの意味とは、ヌシの連続性は強制されないし、ヌシの連続性を信仰しない対象が存在することである。

 もしある対象がヌシの連続性を信仰しないならば、その対象は常に断絶し続ける。例えば、たとえその対象が殺人行為を行うとしても、ヌシは常に断絶するので、責任の所在が不明瞭になる。

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