広島大学の伊藤隆太特任助教の発言は差別であるのか?

大和民族
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 広島大学大学院人間社会科学研究科の伊藤隆太特任助教(国際政治学)が、自身のツイッターに「道徳的に劣っている中国人をまともに相手にする必要はない」などと差別的な投稿をしていたことが分かった。伊藤氏は10日、ツイッターに「偏見を増幅する可能性に対する配慮が足りませんでした。傷つけられた方々にお詫びいたします」と投稿し、謝罪した。

https://www.asahi.com/articles/ASP8C4WMJP8CPITB004.html

 以下では、俺は上記の速報の問題点を提示する。俺はこんなくだらない発言が大げさに取り上げられること自体が意味不明である。投稿を消去すれば十分であると感じた。個人的には、上記のエリザベス・タスカーの人種侮辱的な発言の方がやばいと感じる(有色人の学生を家畜に暗にたとえている。白人無罪?)。

なお、以下の文章はモンゴロイド人種視点、かつ東洋文明における視点(東洋文明への所属視点)から述べられる。また、俺はキリスト教徒でないので、実質的なキリスト教組織である大学それ自体が潰れてもらって構わない。

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伊藤隆太の問題点

問題点

 俺の認識 伊藤隆太は自己の発言の善性を正当化するつもりがないように見える。

 個人的には、俺は漢民族も朝鮮民族も大和民族もチベット民族も道徳的にはあまり変わらないように感じる。しかし、もし伊藤隆太が自己の発言を謝るような発言でないと感じるならば、その時、伊藤隆太は自己の発言の善性を彼自身で正当化する必要がある。

結局のところ、伊藤隆太は自己の宗教を持っていないので、自己の善悪を持たず、自己の発言や行為の善性を彼自身で正当化できない。だから、伊藤隆太は炎上したり、怒られたりすると、彼はすぐに謝る。けれども、俺の印象では、伊藤隆太は何が悪いのかわかっていないように見える。個人的には、伊藤隆太は自己の宗教が与える確固たる善悪を持っていないならば、自己の発言や行為の善悪を自分で正当化できないならば、その種の発言を電街でするなよと感じる。自己の信念がなく、見てて非常にイラつく

実際、伊藤隆太の人種はモンゴロイド人種であり、小人種は東洋小人種、民族は大和民族である。個人的な印象では、たとえ伊藤隆太が漢民族が道徳的に劣っているというとしても、(個人的には失礼であると感じる)、俺らは同じ東洋小人種であることを考慮すると、速報になるような発言でないように見える。たとえフランス人はアングロ・サクソンはワクチンの供給源を占有していて、道徳的に劣っているというとしても、別に良いのでは?ぐちぐちうるさいと感じる。

朝日新聞の問題点

問題点

 認識 朝日新聞は自己の宗教や自己の所属を隠蔽して、放火しているように見える。

 朝日新聞は差別的投稿と報じた。けれども、もし朝日新聞が差別という単語を使用するならば、朝日新聞はキリスト教徒であると表現する必要がある。

そもそも、差別が悪いのは、差別がキリスト教における罪であるからである。差別→罪→悪(レッドカード)という流れ。それに対して、東洋文明は礼の文明であるので、礼に反する発言や行為は悪い(レッドカード)。速報では、朝日新聞は差別は悪いと “匂わしている“。けれども、この種の投稿は非常に “卑怯” である。

本来であれば、報道機関は自己のx宗教系統の善悪を明らかにして、彼らの文明的な所属も表現する必要がある。朝日新聞は西側白人が差別はいけないって言っているから、それは白人が怒るから、差別発言を速報にしようと考えているように見える。そこには、自己の宗教的な信念や自己の実現したい社会は存在しない。

 朝日新聞の思考では、「黒人への批判は悪い。なぜなら、西側白人が怒るから」と言った思考である。けれども、俺らモンゴロイド 人種は黒人奴隷によって繁栄していないので、外交儀礼で十分である。ネグロイド人種は俺らにとってインド人やアボリジニのような単なる異人種である。

朝日新聞の思考では、黒人を批判すれば、西側白人が怒るから、この速報は炎上するのでは?じゃあ、速報してやれと言ったような思考である。そこには、自己の視点や歴史的な所属、そして自己の実現したい社会は存在しない。彼らは文字通り放火魔であり、軽蔑すべき存在である。

例えば、アメリカ大陸の多様性は俺らモンゴロイド 人種の虐殺と絶滅の結果である。大学では、この多様性の賛美がモンゴロイド人種にも強制されている。この強制は黒人奴隷の賛美をネグロイド人種やホロコーストの賛美をユダヤ教徒に強制する程度には、人種侮辱的である。けれども、朝日新聞はこの種の報道をせずに、教員を解雇もしようとしない。なぜなら、「白人が怒ってくれないからである」。

 上記のエリザベス・タスカーの発言もかなり人種侮辱的であるように見える。けれども、朝日新聞も大学も大和民族の学者も牧野淳一郎も誰も彼女を解雇しようとしない。なぜなら、「白人が怒ってくれないからである」。

実際、大和民族のほとんどが「差別」などに興味を持っていないだろう。なぜなら、差別はキリスト教の考えであり、彼らは白人ごっこしたいので、差別に興味を持っているだけである。誰も差別のない社会を心の底から実現したいと感じていないように見える。だからこそ、上記のタスカーを解雇しないし、注意しない。

大和民族の人種がモンゴロイド 人種であり、アメリカ先住民やイヌイット同じであることを考慮すると、日本列島の上の大和民族のみを「高貴な野蛮人」と呼ぶ運動は成功しないだろう。なぜなら、この種の運動はアメリカ先住民の虐殺と絶滅に繋がった西部虐殺(西部開拓)を連想させる。

永山博之の問題点

問題点

 認識 永山博之は「人権侵害になりかねない発言は “許されない” 」と言っているが、「俺はキリスト教徒であるので、人権侵害を許さない」であるように感じる。

 永山博之の発言を見ると、永山博之は人権侵害をまるで自然現象のように語っている。俺の印象では、永山博之は「〜は許されない」ということによって、責任を回避しているように見える。この「〜は許されない」という発言は幸福の科学の大川隆法の発言に似ているように感じる。

また、永山博之が人権という単語を使用するならば、永山博之は自己の宗教をキリスト教ときちんと表現する必要がある。永山博之も卑怯であり、彼は自己の宗教も自己の善悪も明らかにしないのに、俺は人権侵害は許されないと主張している。彼は「俺はキリスト教徒であるので、人権侵害を許さない」と主張する必要がある。