エブラ語(英: Eblaite language)は、セム語派の消滅した言語で、紀元前23世紀に古代都市エブラ、現在の西シリアのアレッポとハマーの間にあるテル・マルディーフで用いられていた。エブラ語は、サルゴン以前のアッカド語に近い言語東セム語のひとつとして記述されてきた。たとえば、マンフレート・クレベルニクはエブラ語について、粘土板に出現する王名の一部は北西セム語に属するものの、「アッカド語にきわめて近いため、初期のアッカド語の方言として分類できる」と言っている[2]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/エブラ語
アフロ・アジア語族のセム語派は東セム諸語と中央セム諸語と南セム諸語に分類される。東セム諸語には、アッカド語とエブラ語が存在する。中央セム諸語には、北西セム諸語とアラビア語が存在する。
北西セム諸語には、カナン諸語とアラム語とウガリット語が存在する。カナン諸語には、フェニキア語とヘブライ語とその他が存在する。なお、フェニキア人はY染色体ハプログループJ2を持っていた可能性がある。
なお、著者は下記の情報が正確であると断定しない。
1.0 エブラ人
1.1(俺系統の認識)
エブラ人はY染色体ハプログループJ1a2(P-58)を持っていた可能性がある。
その他の候補には、J2aとJ2bがある。もし筆者が東セム諸語という言語とY染色体を関連づけるならば、アッカド人もハプログループJ1a2(P-58)を持っていた可能性がある。または、J2aやJ2b。
この論文(電飛1)によると、約4000年前(紀元前2000年)におけるエブラ地域とアララハ遺跡における主要なY染色体ハプログループはJ1a2であった。
We observe the most common male lineages J1a, J2a, J2b, and G2a in all spatiotemporal groups of the region. Alongside the less frequent lineages H2 and T1a, these all form part of the genetic legacy that dates to the Neolithic or was already present in the region during the Upper Paleolithic
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867420305092
より正確には、この論文によると、アララハ遺跡では、少なくとも5個の標本がJ1a2であった。mtDNAはX2とN1aとHV1とT1aとH2であった。J2系統は3個存在して、2個の個体がJ2a(X2e、X2d)と1つの個体がJ2b(HV)であった。()内はmtDNA。そのほかには、G1(K1a)とT1a(K1a)とL2(K1a)とH2(H6a)があった。
また、この論文によると、約4000年前におけるエブラ地域では、3個のJ1a2a(T2cのみ判明)が存在した。その他には、E1b1b(J1b)とG2a(J1b)とT1a(K1a)が存在した。E1b1bはエジプト人であり、G2aは初期欧州農耕民であり、Tは不明である。エブラ地域には、J2系統が検出されなかった。
エブラ人の原郷がどこであるのかは不明である。しかし、筆者の憶測では、彼らの先祖J系統は氷河期の終わりあたりからコーカサス山脈やアナトリア東部からメソポタミアやイランへと南下したように思える。
電飛
- 論文1:Genomic History of Neolithic to Bronze Age Anatolia, Northern Levant, and Southern Caucasus 電飛先の「Download : Download spreadsheet (101KB)Table S9. Assignment of Y Chromosome and Mitochondrial Haplogroups, Related to STAR Methods Sex determination and uniparental haplotypes.」を見ると、なぜかfemaleにもY haplogroupが書かれているように思える。例えば、ART038はfemaleであるのに、R1bがある。英語能力の不足のために、著者の勘違いかもしれないが。
- 論文2:The emergence of Y-chromosome haplogroup J1e among Arabic-speaking populations 現在では、J1eはJ1a系統(またはJ-P58)として表現される(らしい)。