蟲による生物の信仰的な定義

俺らの宗教(主体)
https://en.wikipedia.org/wiki/Virus
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 以下で、俺は生物の信仰的な定義を試みる。以下では共通認識という単語をしようしたが、認識を定義に変えて理解せよ。

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1 生物の信仰的な定義

 共通認識 生物とは、蟲を持つ物質である。

 太陽は蟲を持たないので、生物でない。ホモ・サピエンスや蝿は視覚という視蟲を持つので、生物である。ウイルスは蟲を持たないので、生物でない。

この信仰では、蟲は物質から分岐した存在である。だから、俺らは蟲を用いて生物を定義、認識する。俺らは物質的世界から分岐された対象である蟲を用いて、生物を定義した。

もし植物が何らかの蟲を持つならば、植物も生物である。

2 分岐定義とその正当性

 共通認識 分岐定義とは、ヌシがより分岐された対象xを用いて、対象xよりも分岐されていない対象を定義するという定義である。

 上記の生物の定義は分岐定義である。蟲は物質よりも分岐された対象である。物質は蟲よりも定義されていない対象である。俺らは蟲を用いて、物質を定義した。だから、この定義は分岐定義である。

分岐定義の正当性は分岐正当性によって正当化される。そこでは、俺らは分岐するように人為して、分岐されたものを陽(または善)と判断する。だから、分岐された対象による定義も陽と判断する。

分岐された対象による定義は分岐されていない対象による定義よりも分岐された対象であると審判する。その時、分岐定義は陽である。

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