平井卓也デジタル改革担当相はBS日テレの番組で「デジタルル庁のトップは女性がいい」

大和民族
https://ja.wikipedia.org/wiki/平井卓也

 平井卓也デジタル改革担当相は28日夜のBS日テレの番組で、行政デジタル化の司令塔となる「デジタル庁」のトップについて「女性がいい」と述べた。「デジタルの世界は海外のいろいろな会議に出てもほとんど女性だ。日本のデジタル系の会議は真っ黒、男ばっかりだ」と語った。 デジタル庁設置に向けて30日にも内閣官房に設置する準備室に関し、平井氏は自身が室長に就くと説明。総務、経済産業両省など関係省庁から50人を集め、さらに民間から10人程度を加えて60人規模にする考えを明らかにした。

https://news.livedoor.com/article/detail/18970701/

 平井卓也は「デジタル庁のトップは女性がいい」と発言した。この発言は悪である。以下で、俺はその理由を提示する。

俺は大和民族は宗教それ自体を認識できないホモ・サピエンスであると審判する。彼らは無宗教でなく、動物や下等生物と同様に、宗教それ自体を認識できない。無宗教であることは宗教それ自体を認識できないことと著しく異なる。

1章 男女平等と宗教的な理由

 意味 男女平等の平等はキリスト教における平等である。

 男女平等の平等はキリスト教における創造主の下では皆平等であるに由来する。だから、非キリスト教徒が男女平等を真似て、男女平等に賛成することは宗教的に正当でない。つまり、平井卓也の発言は宗教的に正当でない。

また、キリスト教には、弱者や無能に対する慈悲が存在する。キリスト教徒の男性は女性を劣等な弱者かつ無能であると認識してきた。だから、キリスト教徒の白人男性は慈悲や寛容で、女性に優しくしてきた。

西洋文明におけるトップに、女性が多いのは、キリスト教的な男女平等と劣等生物に対する慈悲の結果である。東洋人が真似をすることは正当でない。

2章 東洋文明における正当な価値観

 提案 東洋文明は男女平等でなく、男女結果公平を優先しよう

 東洋文明はキリスト教文明でない。東洋文明は男女平等でなく、男女結果公平を優先しよう。公平の概念は平等よりも優れていて、より現実的である。

例えば、運動競技は平等でなく、公平である。この公平の精神を政治にも持ち込むべきである。

3章 メスの勘違いの誘発

 俺の予想 男女平等や慈悲はホモ・サピエンスのメスを勘違いさせるだろう。

 東洋人が男女平等や慈悲をメスに与えるとき、メスは「今まで差別されてきたので、評価されなかったが、差別が解消されたので、評価された」と勘違いするだろう。メスにとって重要なことは相互的に公平な評価を理解させることである。

ホモ・サピエンスのメスは彼ら自身の社会を彼ら自身で作らせれば良い。その時、男はホモ・サピエンスのメスを公平に評価するだろう。

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