リチャード・ドーキンスと利己的な遺伝子と神は妄想である

欧州小人種
https://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・ドーキンス
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 クリントン・リチャード・ドーキンス(Clinton Richard Dawkins, 1941年3月26日 – )は、イギリス進化生物学者動物行動学者である[1]The Selfish Gene(『利己的な遺伝子』)をはじめとする一般向けの著作を多く発表している。存命の一般向け科学書の著者としてはかなり知名度の高い一人である。ドーキンスは、「自然選択の実質的な単位が遺伝子である」とする遺伝子中心視点を提唱したことでよく知られている。「生物は遺伝子によって利用される”乗り物”に過ぎない」という比喩表現は、多くの読者に衝撃を与えた。遺伝子中心視点の考え方は、ミツバチが見せる一見利他的な行動など、動物のさまざまな社会行動の進化のプロセスを説明するために提唱された血縁淘汰説やESS理論を先鋭なスタイルで表現したもので、社会生物学が広く受容されるきっかけの一つとなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/リチャード・ドーキンス

 リチャード・ドーキンスの人種はコーカサス人種であり、彼の小人種は欧州小人種である。おそらく、彼の民族はイギリス民族である。

リチャード・ドーキンスは科学を使用して、宗教を強く否定してきた。彼の行為に対して、愚かな白人崇拝者である大和民族の科学者たちはリチャード・ドーキンスの発言を多神教の未開の民のように崇拝してきた。

しかし、もし俺らが文明的な民であるならば、俺らはリチャード・ドーキンスの本音を勘ぐる必要があある。以下で、俺はリチャード・ドーキンスの本音を勘ぐってみよう。

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1章 リチャード・ドーキンスの心理

 心理:リチャード・ドーキンスは中東発祥の宗教を否定したい。

 ユダヤ教及びキリスト教、そしてイスラム教は中東発祥の宗教であり、欧州発祥でない。しかし、欧州人(白人)は中東発祥の宗教に完全に主導権を奪われている。リチャード・ドーキンスを含む欧州人はこの状態を内心よく思っておらず、日本人の科学者が白人に対してそうであるように、文明的な劣等感を覚えている。

西洋文明はユダヤ教とキリスト教によって形作られているが、それらは欧州発祥でない。なるべくであれば、リチャード・ドーキンスはその状態を否定して、自己の何かで西洋文明を形成したい。近代科学や数学は西洋人にとって自己である。だから、リチャード・ドーキンスはその自己を使って、中東発祥の宗教の呪縛から逃れたい。

白人の一部はガリレオを持ち出して、キリスト教やカトリック教会を批判する。しかし、イタリア人は欧州人(白人)でなく、地中海人であることを思い出す必要がある。モンゴロイド人種では、地中海人は東南アジア人に対応して、欧州人は東洋人に対応する。中東人はアメリカ先住民に対応する。欧州人は地中海人や中東人によって文明や善悪に関する主導権を奪われたくないので、彼らは自己の文明の正当性と相手を攻撃して否定する必要がある。その道具の一つが近代科学である。

2章 リチャード・ドーキンスと創造主〜神は妄想か?〜

 創造主:リチャード・ドーキンスは創造主の意味を把握できないように見える。

 ドーキンスはこの本の中で、科学的精神こそが唯一真に普遍的且つ合理的なものだとする見解を開陳し、キリスト教を筆頭にあらゆる宗教はそれに反する邪悪且つ人類の進歩にとって有害なものであるとして、全ての宗教神秘主義に批判的になることそして科学的に考えることが重要なのだ、と訴えている

https://ja.wikipedia.org/wiki/神は妄想である

 創造主とは、宇宙空間と物質と自然法則の組みというシステムを創造した対象である。だから、自然界を調べても、創造主の痕跡や証拠は出てこないように思える。科学者が創造主は存在しないと言った時、その意味とは、自然界というシステムの中には創造主は存在しないことである。しかし、サッカーというシステムの創造主はサッカーの内部には存在しないように、自然界というシステムの創造主は自然界には存在しなくてもそれほどおかしくない。

リチャード・ドーキンスは神は妄想であると言ったらしい。しかし、創造主は自然界というシステムには存在しないので、人間はシステムの外にある?創造主を信じる必要がある。リチャード・ドーキンスはなぜ人間が創造主を “信じる” のか、その意味を把握していないように見える。

自然界には、善悪が存在しないので、たとえ俺らが自然界の全てを明らかにするとしても、善悪の問題は残るだろう。だから、人間がそれを人工的に形成し、それらを正しいと信じる必要がある。善悪も創造主も自然界というシステムの中には存在しないので、リチャード・ドーキンスのように科学で否定しても、無意味である。

3章 リチャード・ドーキンスの問題点

 問題点:リチャード・ドーキンスは人間社会という人間の運動競技それ自体を形成できない。

 リチャード・ドーキンスは宗教の必要性を認識していない。科学者は狩猟民族に近く、牧畜や農耕を感覚的に把握できないように見える。科学者は宗教を批判するが、もし批判するならば、彼らは彼ら自身で人間社会を形成する必要がある。

俺の印象では、宗教なし(儒教を含む)に、人間は人間社会を形成できないだろう。宗教の重要性とは、人間社会の形成であり、その形成の中には善悪の付与も含まれる。科学者は彼ら自身がまともな牧畜社会や農耕社会を形成できないのに、科学や数学で、宗教を否定するので、嫌われる。

もし科学者が宗教を批判するならば、彼らは「宗教なしに」彼ら自身の人間社会を彼ら自身で形成して見せる必要がある。俺の印象では、科学者は宗教なしに彼ら自身の社会を彼ら自身で形成できない。科学とは、自然界に対する情報の製造の一種であり、情報の製造それ自体は人間社会の形成を促さない。

おまけ 欧州はイスラム化するか?

 俺の予想:生存競争において、欧州はイスラム教に完全に敗北するだろう。

 科学それ自体は人間社会を形成する能力を持たない。一方、イスラム教は人間社会を形成する役割を持つ。リチャード・ドーキンスは宗教ばかりを批判してきたが、彼は人間社会を形成するために必要な代替案を提示してこなかった。

だから、リチャード・ドーキンスは人間社会の形成を促すものを提供してきたイスラム教に完全に敗北するだろう。たとえ農民(科学者)が農作物(科学情報)を作るとしても、農作物それ自体が市場や人間社会の形成を促さないならば、市場や人間社会の形成を促す何か、それは宗教に敗北するのは自然である。