わかり手の小山晃弘(akihiro_koyama)のアンチフェミニズムは正常に機能するか〜ミソジニー〜

大和民族
akihiro_koyama https://twitter.com/sarayashiki/status/1324655006381830144
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 わかり手の小山晃弘はtwitterの上でアンチフェミニズムのような呟きを投下してきた。彼の行為に対して、一部の日本人は彼をミソジニーと呼んできた。しかし、俺はわかり手の小山晃弘のアンチフェミニズムは正常に機能しないと審判する。

以下では、俺はその理由を提示する。なお、俺が小山晃弘の顔を見た後、俺は彼は縄文人的であると感じた。混血でないならば、彼は濃い体毛を持っていて、顔も非常に縄文人的であるように見える。

小山晃弘だけでなく、すももや白饅頭(御田寺圭)など、twitterやその他の電網上のフェミニズム運動もアンチフェミニズム運動も正常に機能しないように見える。なぜなら、大和民族は自己の実現したいソサエティを持っていない。

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小山晃弘の言論活動

 俺の予想:小山晃弘のアンチフェミニズムは正常に機能しないだろう。

 俺は小山晃弘のアンチフェミニズムは正常に機能しないだろうと予想する。なぜなら、小山晃弘は自己の実現したいソサエティを彼の言葉でうまく表現できていない。小山晃弘はフェミニズムの矛盾を突いたりしているだけである。

欠けているもの

 小山晃弘には、小山晃弘自身が実現したい社会がないように見える。俺の印象では、小山晃弘はフェミニズムの支離滅裂や理論と現実との不一致を見て、強烈な違和感を覚えた。その結果、小山晃弘はフェミニズムを批判するようになり、アンチフェミニズムを好むようになった。

小山晃弘を含む大和民族のアンチフェミニズムはこのようなものであるように見える。彼らはフェミニズムの矛盾や現実との不一致を見て、フェミニズムに流石に突いていけなくなった。だから、彼らはそれらに反対するようになった。

けれども、小山晃弘を含む日本人の大部分は自己の目的を持っていない。彼らはキリスト教やユダヤ教の白人によって提示されたソサエティに反抗や反対しているのだけである。小山晃弘自身が何らかの実現したい社会や新たな性別観(ジェンダー観)を提示していない。

小山晃弘のアンチフェミニズム

 小山晃弘のアンチフェミニズムは日本人に典型的に見られる政治活動である。日本人の一部はキリスト教やユダヤ教由来の政治活動を日本列島へと輸入しようとする。けれども、その種の日本人は愚かであり、論理的でないので、発言や言動がめちゃくちゃである。

そこで、小山晃弘のようなある程度知的であり、かつ論理的な論客が登場して、輸入学問の矛盾や支離滅裂さを正しく批判しようとする。小山晃弘を含む日本人は日本人同士や日本人の輸入者との間で議論をかわしたり、わいわいやって、気持ちよくなる。

けれども、小山晃弘も日本人の輸入者も自己の実現したいソサエティを持っていない。だから、彼らは何か騒いだり、しゃべっている間に老いてしまって、何も残せないまま(何も実現しないまま)死んでいく。小山晃弘を含む大和民族の活動の大部分はこんな感じである。彼らには、実現したいソサエティが存在しないので、文字通り何も実現せずに終わる

 「小山晃弘はアンチフェミニズムを日本社会に実現したいのだろうか?」

小山晃弘の宗教は何?

 俺の印象:小山晃弘は自己の宗教すら明らかにしていないので、小山晃弘のジェンダー観(性別観)が何であるかは不明である。

 小山晃弘はアンチフェミニズムに関する発言を呟いてきた。その他にも、小山晃弘はホモ・サピエンスの動物的性や社会的性に関する呟きを投下してきた。けれども、俺の知る範囲では、小山晃弘は自己の宗教を明らかにしていない。

ジェンダーは宗教によって特徴付けられる

 俺の見る範囲では、ジェンダー(社会的性、または人工的性)は宗教によって特徴付けられる。現在、小山晃弘が語っていたり、反対しているジェンダーはユダヤ教やキリスト教由来のジェンダーである。耶蘇でない東洋人にとって、ユダヤ教やキリスト教由来のジェンダーに反対するのは当然である。

けれども、小山晃弘は自己の宗教を明らかにしていないので、小山晃弘は宗教が与えるジェンダーを持っていないように見える。にも関わらず、小山晃弘は動物的性や社会的性について語り、アンチフェミニズムを実行している。

これは奇妙であり、少し卑怯である。俺は小山晃弘が日本国や東洋文明においてどのようなジェンダーを実現したいのかを知りたい。俺の印象では、小山晃弘が実現したいジェンダーは存在しない。現世に実現したいジェンダーが存在しない状態で、フェミニズムやアンチフェミニズムについて語っても時間の無駄であり無意味であるだろう。

ホモ・サピエンスの雌はアダムの肋骨か

 俺の勝手な印象では、西洋文明では、ホモ・サピエンスの雌は人間でなく、アダムの肋骨である。男のみが人間であり、雌は人間でない。だから、男はホモ・サピエンスの雌を家畜や自動車のように所有することができる。

ユダヤ教及びキリスト教の西洋におけるジェンダー観はこんな感じであるように見える。近代において、フェミニズム活動が勃興したのはこの種のジェンダー観における強烈な反抗であったのかもしれない。21世紀の現在では、この強烈な反抗に対する反抗がアンチフェミニズムであるように見える。

しかし、小山晃弘を含む日本人はホモ・サピエンスの雌を同じ人間とみなしている。さらに、彼らは自己のジェンダー観すら持っていないように見える。小山晃弘を含む日本人は彼ら自身が何をやっているのかすら、その意味を把握できていないように見える。

大和民族の政治活動

 大和民族の政治活動:大和民族の政治活動の大部分は失敗するだろう。なぜなら、彼らは自己の実現したいソサエティを持っていない。

 大和民族の政治活動の大部分は失敗するだろう。なぜなら、彼らは自己の実現したいソサエティを持っていない。ソサエティとは、運動競技に近い。

君は耶蘇の社会を実現したいか?

 君は耶蘇の社会を日本列島の上に実現したいのか?大和民族の大部分はこの質問に適切に回答できない。もし彼らが俺の質問にいいえと答えるならば、俺は「では、君らはどんな社会を実現したいのか」と質問する。

俺の予想では、彼らは俺の質問に回答できない。なぜなら、上記でも述べたように、彼らは自己の実現したいソサエティを持っていない。彼らの状態は、とある運動選手が自己の実現したい運動競技を持っていない状態に等しい。

日本人というこの運動選手は白人の意見や運動競技を引用したり、輸入しようとしたり、あるいは白人の運動競技の矛盾や現実との不一致を巧妙につこうとしているだけである。そこには、彼らが実現したいソサエティなど存在しない。小山晃弘を含む大和民族は自己のレッドカードすら持っていないだろう。

アリストテレスの目的因〜科学と数学は現代文明の基盤であるか?〜
 四原因説(しげんいんせつ、英:Four causes)とは、アリストテレスが自著『自然学』の中で論じた、自然学は現象についてその4種類の原因(希:αἴτιον、アイティオン)を検討すべきであるとする説である四原因説 アリストテレスは現象の原因を4つに分類した。それぞれは質料因と形相因、そして作用因と目的因と呼ばれた。以下では、俺らはアリストテレスの目的因とは何であるかを提示する。例えば、俺らはサッカーのような運動競技を考えてみよう。俺らは人間社会(ソサエティ)をその運動競技と例える。そのとき、そのソサエティの中には、サッカーの運動競技場が存在して、それはテクノロジーの産物と科学者や数学者には感じられている。なぜなら、サッカーの運動競技場(の建設)には、近代科学や近代数学が使用されてきた。大和民族の科学者や数学者はその事実を悪用して、彼らは「近代科学や近代数学が現代文明(人間競技)を作ってきた」と主張してきた。 この主張は事実であるのだろうか?科学や数学がサッカーの競技場を作ったのか?何がサッカーの競技場を作ったのか? 俺の審判:科学...
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