大熊一之と日本人6人虐殺のペルー人への無期懲役判決〜判決の異常性と問題点と心神耗弱

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埼玉県熊谷市で2015年に6人が殺害された事件で強盗殺人などの罪に問われたナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告(34)=ペルー国籍=の控訴審で、東京高裁(大熊一之裁判長)は5日、死刑を言い渡した1審・さいたま地裁判決を破棄し、無期懲役を言い渡した。大熊裁判長は、ナカダ被告が事件当時、心神耗弱だったと判断した。【田中理知】

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/1205/mai_191205_1098611678.html

 俺が大熊の判決を見た後、俺は強烈な怒りを覚えた。そして、この判決は裁判制度に対する正当性を完全に破壊した。誰も裁判を信用しなくなった。

だから、日本人やその他の東洋人は彼ら自身の東洋的な刑罰体系を作ろうとするだろう。要するに、現在の裁判制度や裁判体系は正当性を失った。

この判決の問題点

異種によるモンゴロイド先住民の虐殺

 ペルー人はアメリカモンゴロイド人種と地中海小人種との中間種であり、彼はモンゴロイド人種でない。一方、虐殺された日本人は東洋小人種(モンゴロイド人種である)。日本列島は東洋地域に属するので、彼の行為は東洋地域の先住民及び原住民の虐殺である。

この種の虐殺は白人や地中海人によるアメリカ小人種(モンゴロイド人種)の虐殺に相当する。俺は被告の行為は歴史的に記録されるべき虐殺であると審判する。彼の行為はスペイン人によるアメリカ先住民の虐殺に等しい。

にも関わらず、大熊は彼の行為に関して無期懲役を言い渡した。彼の行為はスペイン人によるアメリカ先住民の虐殺を間接的に肯定する。

心神耗弱に対する違和感

 この判決の根拠は心神耗弱であったように思える。しかし、俺はたとえ彼が心神耗弱であるとしても、俺はそれをこの判決で考慮すべきでないと感じる。たとえば、心神耗弱のスペイン人がアメリカ先住民を6人殺害した。

そのとき、その心神耗弱のスペイン人に無期懲役が言い渡された。アメリカ先住民は納得しないだろう。つまり、心神耗弱は単なる言い訳にしか聞こえない。

もしナチスの行為がアスペルガーであった、そのアスペルガー性が障害であるならば、もし白人による黒人奴隷が白人のアスペルガー性が原因で、その原因が障害であるならば、ナチスや黒人奴隷は罰されないのだろうか?答えはいいえである。

 限度を超えた虐殺には、心神耗弱や精神疾患は適用されない。

大熊一之の本音

 俺が大熊の判決を読んだ後、俺はある種の違和感を覚えた。それらは以下である。もし下記がまちがいであるならば、大熊は外国人との対峙を恐れないことと判決行為の責任を負うことを表現すべきである。

外国人や異人種の機嫌を損ねるのが怖い

 大熊は外国人や異人種の機嫌を損ねるのが怖かった。だから、彼は虐殺者を無期懲役にしたのではないか。日本人は南方の東洋人であり、非常に臆病である。

大熊の判決は日本神話を連想させる。その神話では、村人はヤマタノオロチ(外国人)の機嫌を損ねるのを恐れて、村人は娘を生贄(日本人)に捧げた。

判決行為の責任負いたくない

 大熊は異種に対する死刑判決を下す行為の責任を負いたくなかった。だから、大熊は中央アジア的中間種のペルー国民への死刑判決を回避した。日本人は臆病であるので、彼らは彼らの行為の責任を負わないように判決を下そうとする。

裁判制度の問題

 俺がこの判決を読んだ後、俺は裁判制度の問題点を発見した。

判決の責任能力

 裁判官は彼らの判決の責任を負うのかである。サッカーの審判が誤審するとき、その審判は厳しく批判される。熱狂的なサッカー支持者は誤審を繰り返す審判を殺したりした。

しかし、裁判制度における裁判官は彼らの審判行為に対する責任を一切負わない。さらに、たとえ彼らが誤審を繰り返すとしても、責任を取らないし罰されない。現在の裁判官はボケ老人や介護老人による車の運転と同じであり、彼らの肉体の操縦に関する責任を負えない。

責任能力を負えない人間が審判者となっている。

判決行為に対する後始末

 また、裁判官は彼らの審判行為の後始末を彼ら自身でつけれない。これもまたボケ老人や痴呆老人と同じである。ボケ老人が車を運転すべきでないのは、たとえ彼らが交通事故を引き起こすとしても、彼らはその事故の後始末を彼ら自身でつけれないからである。

もし裁判官が彼らの行為の後始末を彼ら自身でつけれないならば、彼らはボケ老人と同じである。だから、彼らは判決行為に関係すべきでない。

日本列島の将来は東洋回帰

現行の法制度は白人によって押し付けられた法制度である。だから、東洋人はこれを廃棄して、東洋的法制度を作るべき。

正当性の欠如

 大熊一之の判決は裁判制度に対する信用を破壊した。土着の先住民や原住民を守れない法制度には、何ら正当性が存在しない。日本人の弁護士や裁判官は正当性を認識できないので、法律を真理か守るべきものであると感じているように見える。

よりよい刑罰を作ろう!

 東洋人は東洋式の刑罰を彼ら自身で作れば良い。西洋文明は滅亡するだろうので、俺らはもはや彼らの法制度を採用し続ける必要はない。俺にとって、刑罰とは殺された人間の遺志を怨念及び無念や恨みや憎しみとして現世に実現する行為である。

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