すもも(sumomodane)〜暴力性を出せばモテるか?〜

大和民族
https://unsplash.com/photos/WgsiGjMUOFM
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 すももは有名なツイッター利用者であり、おそらくネカマである。彼は note.com において「暴力性を出せばモテる」を否定する記事を提示した。以下では、俺は彼の記事に対する違和感を提示する。

もしすももの中の人がホモ・サピエンスの雄であるならば、「ネカマ・すもも」は「トランスジェンダー・すもも」に進化しつつあるように見える。新興宗教をふざけておちょくっていたら、その宗教にハマってしまうように、すももはふざけてネカマをやっていたら、本当に心は雌になりつつあるように見える。

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違和感

善悪の欠如

 俺の違和感 すももはホモ・サピエンスの雄がその雌を殴ることを善、または悪と判断していない。

 すももは彼の善悪を彼の言葉で表現していない。俺が彼の長い記事を読んだ後、俺は「で、結局、彼はホモ・サピエンスの雌を殴ることを悪いと判断しているのか」と疑問に思った。俺はすももはあのような長い記事を書く必要はなく、「ホモ・サピエンスの雌雄を殴ることを悪い」と判断すれば終わりである。

正常な人間はたとえ実際の暴力がモテを導くとしても、その人間は無意味な暴力を悪いと判断するので、その人間はホモ・サピエンスの雌をモテるために無闇に殴らないだろう。俺の印象では、すももはもし暴力性とモテの関係が証明されたならば、ホモ・サピエンスの雄はホモ・サピエンスの雌を殴って、モテようとするだろうと考えているように見える。しかし、この種の雄は正常でなく異常者である。

サッカー選手がサッカーという運動競技の善悪(レッドカード)に沿って競技するように、正常な人間は宗教という運動競技における善悪に沿って運動する。人間競技においてより重要なことは、他者を殴ることは善であるか、悪であるのかであり、暴力性とモテの間に関係が存在するのかどうかでない。

統計の悪用

統計で支配

 俺の認識 すももは統計を悪用して、読者を管理・統治しようとしているように見える。

 上記の例では、すももは暴力性とモテの関係を必死で否定しようとする。けれども、たとえ関係が証明されるとしても、暴力それ自体が悪いと判断されるならば、その証明は問題ない。すももは人間が事実に沿って運動して、事実で統治されると考えるので、彼は暴力性とモテの関係を必死で否定しようとするように見える。

すももは自己の宗教もその系統の善悪、そして文明的な所属も明らかにしたくない。けれども、彼は他人を自分の想い通りに動かしたい。だから、彼は統計を悪用しているように見える。つまり、彼はもし彼が暴力性とモテの関係を否定することができるならば、つまり、殴ってもモテないよと証明できるならば、ホモ・サピエンスの雌雄(非モテ)は他者を殴らないだろうと感じているように見える。

すももはもし暴力性とモテの関係が証明されるならば、非モテは暴力を本当に実行するのでないかと心配している。だから、彼は統計を悪用して、その関係の証明を否定しようとする。けれども、すももはそのような回りくどいことをする必要はなく、「モテるために、暴力を実行することは悪い」と判断すれば十分であるように見える。人間選手を統計事実で管理するのでなく、善悪(レッドカード)で管理することが重要である。

オレチャン瀬戸孝輔(selfcomestomine)と進化心理学
 オレチャンは進化心理学を使用する電網論客である。俺が彼の発言を読んだ後、俺は強烈な違和感を覚えた。以下では、俺はオレチャンの行為に対する俺の違和感を提示する。オレチャンは教祖か? 俺の印象:オレチャンは進化心理学を霊言として使用して、教祖になりたいように見える。 オレチャンは進化心理学を使用して、教祖になりたいように見える。オレチャンは進化心理学に関する呟きの実際(事実)に関して批判されてきたように見える。けれども、俺はオレチャンのちょっとした悪質性はオレチャンの考えを科学や学問を装って語ることであるように思える。科学は善悪を教えるか? 日常的には、科学的な行為とは自然界に関する情報の製造行為である。科学という営みにおける対象とは物質(エネルギを持つ対象)である。科学者は物質を目や実験設備によって知覚・検出する。検出された資料(data)に推理(論理や科学的な推論)を適用して、結論を導き、さらに実験で検証して、自然界に関する情報を拡張していく。科学における対象は物質である。だから、俺らは対象の行為の善悪を扱えない。俺らは物質に対す...