御神木の伐採と大和民族の多神教の弊害〜木を神様と崇拝する未開の民と大湫神明神社と天満社〜

大和民族
https://ja.wikipedia.org/wiki/天満社_(八王子市)
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 7月11日深夜、岐阜県瑞浪市大湫町の大湫神明神社で、「ご神木」とされた高さ40メートル超、幹回り11メートルの大スギが倒れる事件があった。続く豪雨で地盤が緩んだためとみられる。近隣の家が巻き込まれたが、幸い怪我人などは出ていない。この木は、推定樹齢1200~1300年で県の天然記念物にも指定されていたという。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20200721-00189008/

 東京都八王子市の神社「天満社」の境内や近くの宮司宅の敷地から、樹木の枝葉が周囲の国道や市道にはみ出し危険だとして、国土交通省相武国道事務所と八王子市は20日、行政代執行法に基づき、強制的に伐採する異例の代執行を始めた。近隣住民から苦情が相次ぎ、行政指導を繰り返したが、改善がみられないと判断した

https://www.asahi.com/articles/ASN6N73DWN6NUTIL00K.html

 大和民族は多神教徒の民族であり、彼らはあらゆる対象を神様として崇拝する。彼らは木も神様として崇拝する。以下では、俺は神木を引用しながら大和民族の多神教の弊害を提示する。

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御神木とは?

 御神木:御神木とは、多神教徒の大和民族が神様として崇拝する木である。

 御神木とは、多神教徒の大和民族が神様として崇拝する木である。つまり、大和民族の社会では、木(正確には長寿の木)は神様である。彼らは木を神様として崇拝している。

弊害

 御神木は神様である。だから、御神木に対する批判は神様に対する冒涜となる。上記でも、道路にはみ出た御神木の伐採が問題になっている。

なぜなら、御神木に対する伐採は神様に対する冒涜と認識される。一般的に、多神教は未開で遅れた宗教であると認識される。なぜなら、多神教徒は何でもかんでも神様として崇拝してしまう。

その結果、俺らが何らかの対象を批判する時、その対象を神様として崇拝する日本人がその批判を神様に対する冒涜と解釈して、怒り狂ってくる。さらに、彼らはその神様を何でもかんでも擁護しようとする。

未開性

 御神木の未開性は統治や管理に関係する。一般的に、神様は崇拝される対象であると同時に、民を適切に管理・統治する対象として機能する。大和民族が単なる長寿の木を神様として崇拝することは「大和民族という民族は単なる無生物である木によって管理される人々である」と言ってることに等しい。

文明民は単なる長寿の木を神様として崇拝しない。なぜなら、文明的な民は自己を管理させるために、彼らは一神教や法概念や統治制度、痛みや軍事、お金や言葉を必要とする。彼らは単なる木や障害者、オタサーの姫によって管理・統治されない。

御神木では、単なる木が神様として崇拝される。神様の言葉を聞く神主が単なる無生物の言葉を通して、神道の大和民族を管理・統治しようとする。例えば、神主は「この木は長寿だから、切ってはいけません。神様に対する冒涜である」というように。