カポイド(コイサン)は同じホモ・サピエンスでない〜人種〜

ホモ・サピエンス生物種
https://en.wikipedia.org/wiki/Khoisan https://twitter.com/cicada3301_kig/status/1116481386867613696
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 俺がカポイド(少しアジア人的)を見た後、俺は彼らはネグロイド人種やモンゴロイド人種やコーカサス人種と同じホモ・サピエンスでないと認識する。21世紀の現在では、ネグロイド人種やモンゴロイド人種やコーカサス人種は同じ人種と考えられてきた。しかし、その感情は嘘であるだろう。

西側白人が色付きの猿を人もどき(sub-human)として虐殺しないために、彼らが黒人奴隷を二度と取らないために、彼らはネグロイド人種やモンゴロイド人種やコーカサス人種、そしてアボリジニやカポイドを同じ「ホモ・サピエンス」にした。

実際、ネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種、そしてコイサン人種は同じホモ・サピエンスでない。俺らは互いに亜種であるように思える。ホッキョクグマとグリズリーやインド大陸のクマは同じクマであるかもしれないが、たとえ彼ら自身が交雑できるとしても、この種の動物は異なる種類と認識されてきた。同様に、俺らも同じホモ・サピエンスでないだろう。

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1章 カポイドはホモ・サピエンスか?

 Capoid race is a grouping formerly used for the Khoikhoi and San peoples in the context of a now-outdated model of dividing humanity into different races. The term was introduced by Carleton S. Coon in 1962 and named for the Cape of Good Hope.[1] Coon proposed that the term “Negroid” should be abandoned, and the sub-Saharan African populations of West African stock (including the Bantu) should be termed “Congoid” instead.[1]

https://en.wikipedia.org/wiki/Capoid_race

 Khoisan /ˈkɔɪsɑːn/, or according to the contemporary Khoekhoegowab orthography Khoe-Sān (pronounced: [kxʰoesaːn]), is a catch-all term for the “non-Bantu” indigenous peoples of Southern Africa, combining the Khoekhoen (formerly “Khoikhoi”) and the  Sān or Sākhoen (also, in AfrikaansBoesmans, or in English: Bushmen,[3] after Dutch Boschjesmens; and Saake in the Nǁng language).

https://en.wikipedia.org/wiki/Khoisan

画像は「https://www.jstage.jst.go.jp/article/ase/116/1/116_060317/_html/-char/ja/」より

 カポイドは人種名であるらしい。それに対して、コイサン人やサン人はカポイド人種の要素の名前であるのかもしれない。上記を見ればわかるように、彼らの形(formやshape)は生得的に異質であり、俺らと異なっている。

下記の呟きでも、カポイドは彼らと種が少し異なると呟かれた。実際、俺もまた彼らは俺らと同じホモ・サピエンスでないと審判する。動物の世界では、俺らと彼らは異なる種族としての生存競争が発生するだろう。

ネアンデルタールはホモ・サピエンスでないと考えられてきた。俺の勝手な印象では、ネアンデルタールは上記の画像の生物よりも、ホモ・サピエンスにより近いように思える(実際復元してみないとわからない)。君らはネアンデルタールと上記の生物のどちらに親近感を覚えるのだろうか?

2章 同一種族と混血

 俺の認識 俺らが同じホモ・サピエンスであるかは(雌雄の)混血によって認識されない。

 俺らが同じホモ・サピエンスであるかは(雌雄の)混血によって認識されない。ネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種は互いに混血可能種であるので、彼らは同じ人種であると考えられてきた。しかし、彼らは混血可能種と人種は異なる何かであるように思える。

実際、イルカとクジラの交雑種が発見されたとしても、俺らはイルカとクジラを異なる種族と認識している。また、ライオンとトラの交雑種はライガーと呼ばれてきた。しかし、俺らはライオンとトラを同じ種族と認識しない。加えて、彼らから生まれる子孫には、不妊という現象が確認されている。

上記の呟きでも、彼はネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種は同じ種族でないと感じている。俺の認識でも、ネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種は同じ生物種でない。俺らは学問的な文字でなく、「世界に対する俺らの認識」を優先させよう。

1節 混血と同じ種族

  男性は同じ男性を同じホモ・サピエンスとみなしてきた。しかし、男性同士は混血できない。もし混血がホモ・サピエンスのための条件であるならば、男性同士はホモ・サピエンスでない。

長い間、特にコーカサス人種の社会では、女は人間でないと認識されてきた。彼女らは男性によって所有されてきた。もしホモ・サピエンスが混血によって定義されるならば、なぜ混血できる女性が男性によってホモ・サピエンスと認識されてこなかったのか?

実際、多くの人間はある対象がホモ・サピエンスであるか、人間であるか混血に無関係であると感じてきた。以下では、女と男に関するつぶやきを提示しよう。

 また生殖機能を持たない人間、例えばセメンヤのような人間はもし混血がホモ・サピエンスを定義するならば、人間に該当しない。加えて、もし俺らが混血によって同種を認識するならば、不妊の夫婦や生殖能力を持たなくなったホモ・サピエンスは人間でない。

2節 混血と不妊

  混血可能であることと持続可能であることは互いに異なる。現在、ネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種は互いに混血可能であるが、その種が持続可能であるかは不明である。

異なる種族が混血することによって、種の持続可能性が喪失するならば、その種は互いに同種でない。ネグロイド人種やコーカサス人種やモンゴロイド人種やオーストラロイド人種は互いに混血可能である。だから、彼らは同じ生物種である。

21世紀の現在では、彼らが同じ生物種であるのはこのようにして認識されている。しかし、男性同士の混血や不妊を考えると、混血それ自体が同じ生物種を与えるとは認識されない。混血による事実とは、彼らはあくまでも互いに混血可能種であり、それが同種を必ずしも意味するわけでないことである。

3節 もし猿と混血できるならば…

 もし男性がチンパンジーのメスと混血できるならば、俺らはチンパンジーを同じ人間であるとみなすか?そのとき、俺はホモ・サピエンスとチンパンジーは混血可能種であるが、同じ人間と見なさない。

3章 同じ種族とは?

  俺らがカポイドを見るとき、俺らの種と彼らの種は互いに異なると審判した。では、何が「同じ」を俺らに認識させるのか?カポイドでは、「形」が同じ種族を認識させた。だから、俺らがカポイドの異なる形(膣を含む)を見た後、俺らは「形」から別種でないかと認識した。

1節 形

 形の意味 2つの対象の形が互いに異なる=その2つの対象の種族は互いに異なる。ただし、たとえその2つの対象が同じ形を持つとしても、それらの対象の種族は必ずしも同じでない。

  肉体のデザインの違いは「種族の違い」を俺らに与える。カポイドが異なる種族っぽいのは彼らのデザインが俺らと異なる。女性器の形やお尻の形は飢餓だけでは説明できないように思える。

また、男がホモ・サピエンスのメスを同じ人間であると感じない。なぜなら、雄と雌では、彼らのそれぞれの形が生得的に異なる。つまり、もしある対象が俺らと生得的に異なる形を持つならば、その対象は俺らでない(俺らと同じ人間でない)。

ホモ・サピエンスはこのように思考してきた。形の意味とは、ある対象が俺らと同じ人間(拡張された自己)であるかを認識するときに必要になる。雄と雌の形が生得的に異なることの意味とは、雄と雌は同じ種でなく、異なる種である。ただし、見た目の類似はひとつの指標である。私たちは似た見た目を持つが、同時に「異種族感」を覚える。

2節 知能や意思疎通

 俺らがある対象の知能は俺らとあまりに違う時、俺らはその対象を自己と認識しない、たとえその対象が俺らと同じ形を持つとしても。つまり、知能や意思疎通の違いは種族の違いを俺らに与える。

西洋社会では、ネグロイド人種の知能の話は禁忌である。なぜなら、彼らはネグロイド人種の知能は低いので、彼らはネグロイド人種は白人と同じ種族でないと定義した。その結果、ネグロイド人種は奴隷の対象になってしまった。

西側白人は人間と家畜を含む動物の違いとは、知能であると審判した。そして、彼らは知能こそが人間と下等生物を分ける何かであると審判した。一般的に、ある対象が低い知能を持つとき、その対象は人間によって管理・統治される、たとえその対象が熊のような強靭な肉体を持つとしても。知能が低いとは管理される側、つまり奴隷や家畜側である。だから、知能は重要である。

 例えば、子供は「成熟した知能」を持たない。加えて、彼らは物事に対する善悪を大和民族の学者のように下せない。なぜなら、彼らは大人と同じ人間でなかった。だからこそ、彼らは大人の気分によって殺されてきた。同時に、子供は将来的には人間になるので、彼らは大事にされてきた。

東洋人の大部分は西洋的な禁忌を持たない。だから、彼らはカポイドを同じホモ・サピエンスと認識しない。第一には、彼らは東洋人と異なる形を持つ。第二には、彼らは東洋人と異なる知能を持つ。この2点から、東洋人はカポイドは東洋人と同じホモ・サピエンスと結論づける。ただし、東洋文明は奴隷文明でなく、自分で働く文明であるので、この結論は問題でないだろう。

3節 社会性、同じ社会を構成できるか

 社会性や同種の社会の構成は「同じ」を俺らに与える。たとえ俺らが互いに混血可能種であるとしても、俺らが同じ社会で生きていけないならば、俺らは同じホモ・サピエンスでない。一般的に、同種は同一の社会を構成する。

個人的に、俺は同一の社会を構成できる、または構成してきた種が同種であると審判する。同じ種→話が通じる→だから、同じ社会を構成できる→だから、同種である。

長い間、女性の参政権や社会参加は禁じられてきた。なぜなら、男は雌を彼らと同じ自己と認識してこなかった。雄と雌は同じホモ・サピエンスでないので、彼らは同じ社会でやってこれなかった。近代では、女性参政権が認められたが、それによって西洋は没落して、西洋は中東のイスラム教に生存競争で敗北しそうになっている。チンパンジーと犬や猫が同じ群れを構成する時、その群れは立ちいかなくなる。これは当然である。なぜなら、彼らは同じ種族でない。

おまけ 種族と寿命、種族とアスペル

 種族の違いは人種の違いだけでない。これは寿命やアスペに関する違いにも言える。俺は短命な種族やアスペの人間は種族が異なると審判する。

たとえ日本人同士が同じ民族(sub-subrace)であるとしても、平均寿命が20歳や40歳異なるならば、俺らは彼らを異なる種族とみなす。つまり、日本人同士の分岐がその異なる種族を形成している。

また、同じ日本人同士もアスペの日本人と話が通じないと発言してきた。なぜなら、彼らは同じ種族でない。たとえ彼らが民族的に同じ人間であるとしても、彼らは俺らと同じホモ・サピエンスでない。

1:長寿族と短寿族も別種。

 右の人間は素晴らしい審判能力と認識能力を持っているように見える。俺も彼の意見に賛成であり、平均寿命が40歳異なるならば、種族は異なる。

例えば、二種のライオンの群れが存在して、一方は40歳まで生きて、もう一方は80歳まで生存する。その時、生物学者はこの二種のライオンは異なる種族であると結論づけるだろう。その生物学者は一方のライオンの群れは病気であると結論付けない。

人間も同じである。40歳まで生きる人間と80歳まで生きる人間とでは、種族が異なる。上記のライオンの群れと同様に。

アスペ?

 俺の仮説によると、アスペルガーが話が通じないのは病気でなく、「種族」が異なるからであるように思える。

 アスペを描写する内容で以下の項目をよくネットで見かけます。アスペは裏表がない・空気が読めない・他人の気持ちがわからない・一つのことに夢中になってしまう。・きちんと説明すればアスペはわかってくれる。しかし、上記の程度でしたら、健常者でもバッチリいます^^;読んでる限りでは、天然ボケなカワイイ奴!といった感じですよね?

”アスペが嫌がられる本当の理由”というのは他にあります。根本的にアスペルガーの人たちは、大切な価値観が健常者と完全にズレてます。「理論だてて説明すればアスペはわかってくれるのだ」、というカワイイレベルではありません。

以下、私の従兄や知人や職場で出会ったアスペ男性達の共通点なのですが、

アスペルガー症候群の人は、被害者である人間を庇わず、なぜか、加害者(トラブルメーカー)側を庇う』のです。(ようするに他人の気持ちがわからない、ということにもなるのですが…)

〜〜〜〜〜省略〜〜〜〜〜

迷惑かけられている被害者住人の味方をし、加害者側に責任追及する』これが健常者の行動です。しかし、アスペルガー症候群の人達は逆のことをします。

〜〜〜〜〜略〜〜〜〜〜

確かに、私は医者ではないし、アスペを研究する研究者でもないです。アスペ100人に会ったわけでもありません。私は女性のアスペに会ったことがありません。上でも言いましたが、アスペルガーの症状をまとめたサイトには、「空気が読めない」「裏表が無い」「一つのことに夢中になる」「アスペは、我々がきちんと説明すればわかってくれる」と、単純なことだけが書かれています。これだけ読むと、天然ボケのかわいい人、という感じで、頑張れば楽しくつきあっていけそうな気がします。

でも、実際はそういう単純なことではなく、健常者がアスペに状況を一生懸命わかりやすく説明しても、アスペは理解できないし、意見を曲げずに屁理屈を返す。口が達者。こっちが強く言えば逆ギレし、怒鳴って癇癪を起こす。価値観が根本的に健常者と違う。これが、正しいアスペルガーの症状の説明であり、だからこそ、アスペは皆から煙たがられたり、一つの職場にずっといれなかったり、離婚されたり、子供が成人するとすぐ家を出てしまう…ということが起きる大きい原因の一つになる…と、私はアスペを直接見たり、世話をしてて思います。

https://okwave.jp/qa/q6859269.html

 上記の文は非常に示唆的である。彼女はアスペの価値観は健常者のそれと根本的に違うと述べた。また、彼女はアスペは他人に気持ちを理解できないと述べた。

価値観の違いは「種族の違い」であり、アスペが感情を理解できないのはアスペの肉体の中には感情が存在しないからである。あるイギリス人女性は痛みを感じない肉体を持っていた。同様に、アスペは彼ら自身の肉体の中に感情を持たないので、彼らは他人の感情を認識できない。

この違いは上記の寿命の異なる種族の違いに対応しているように見える。俺は菊池誠を俺と異なる種族とみなしてきた。これは冗談やお笑いでなく、本当にかつ真剣にそう思う。

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