Y染色体ハプログループO1b2はいつどこで発祥したのか?〜藤原家(中臣鎌足)〜

大和民族
https://ja.wikipedia.org/wiki/ハプログループO_(Y染色体)
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 wikipediaによると、Y染色体ハプログループO1b2は朝鮮民族と満州族、そして大和民族に観察される。このとき、俺らはY染色体ハプログループO1b2は北方で発祥したと推理したくなる。

けれども、もしY染色体ハプログループO1b2が稲作を営んできた民族、または稲作を伝播した民族であったならば、Y染色体ハプログループO1b2は必ずしも北方でなかったように思える。以下では、Y染色体ハプログループO1b2に関する可能性を提示するつもりである。

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Y染色体ハプログループO1b2

可能性

 俺の認識 もしY染色体ハプログループO2が北方系統であったならば、Y染色体ハプログループO1b2は南方であった可能性もあるかもしれない。

 漢民族のY染色体はプログールはO2である。それに対して、朝鮮民族と満州族、そして大和民族のY染色体ハプログループはY染色体ハプログループO1b2である。現在におけるY染色体ハプログループO1b2の地理は北方である。

けれども、この状態から、Y染色体ハプログループO1b2が北方系統であったと推理することは危険である。なぜなら、Y染色体ハプログループO1b2はY染色体ハプログループO2の台頭により、Y染色体ハプログループDのように東西へと追いやられた可能性がある。一般的に、半島や島や高原や北方、隅には、古い系統が残されている。

Y染色体ハプログループO1b2が朝鮮半島や満州、そして日本列島に存在してきたのは、彼らが隅へと追いやられた可能性があるだろう。もしY染色体ハプログループO1b2が稲作の主体であったならば、稲作は北方の性質でないだろう。個人的には、俺は稲作は華北よりも北の東洋人の行為である。Y染色体ハプログループO1b2が南方の可能性があるのは、それらが稲作に関係していることである。また、Y染色体ハプログループO1a系統それ自体が南方に頻繁に観察されるように見える。

可能性

 俺の認識 もしY染色体ハプログループO1b2が北方であったならば、Y染色体ハプログループO2自体が南方系統であった。

 朝鮮民族や満州民族は北方体系を持っている。だから、Y染色体ハプログループO1b2が北方系統であrったと推理することは自然である。この場合、Y染色体ハプログループO2は南方から北方へと広がったと結論づけることができるだろう。

ただし、もしY染色体ハプログループO1b2が北方系統であったならば、彼らは稲作を持ち込んでいないように思える。当時の気候にもよるが、満州あたりの人々が稲作、特に水田をやるようには思えない。稲作は山東省や朝鮮半島南部、日本列島あたりが限界であったように思える。