宗教機能

ロゴス(思考の規範)

 ロゴスは論理と翻訳されてきた。この宗教では、俺らはロゴスを「思考の規範」と認識する。この思考の規範は性規範と同じである。 ロゴス(思考の規範) 思考の規範  俺の認識 俺らはロゴスを思考の規範と認識する。  異なる人種や宗教や文明は互いに異なる異なる性規範をそれぞれの民族に授ける。同様に、異なる人種や宗教や文明は互いに異なるロゴス(思考の規範)をそれぞれの民族に授ける。つまり、民族xの思考の規範xは民族yの思考の規範yと異なる。 性規範xがx系統の人間社会を形成するために存在するように、思考の規範xはx系統の人間社会を形成するために存在する。つまり、思考の規範は自然界を分析したり、論理的であるために存在するのでなく、自己の人間社会を形成するために存在する。つまり、思考の規範は会話と同様に社会形成の一種である。 例えば、古代ギリシアにおけるロゴスは論理と翻訳されてきた。俺らはこのロゴスを「推論に関する思考の規範」と翻訳する。要するに、俺らが何かを推論する時、俺らは推論に関する思考の規範を必要とする。俺らがその規範に沿って思考する時、俺らは物質世界の...
2021.09.20
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電街における行為

 以下では、俺は電街における信仰者の行為を提示する。以下は日常的な話である。現在、不要な訴訟が発生している。 電街における行為 電街における行為  俺の認識 俺らは電街でも宗教的に振る舞うことを善と判断する。  日常的には、俺ら電街と現実を区別して、それぞれを認識する。けれども、一部の人々は電街特有のノリや雰囲気を悪用して、ハメをはずしすぎである。下ネタや悪口を繰り返す人間を持ち上げて、きゃっきゃしている。 その結果として、彼らはいきなり訴えられて非常に驚いている。そして、なぜか彼らはすぐに "謝罪" する。俺が彼らを見ると、俺は非常に情けないと審判する。もし彼らが彼ら自身の行為を善と判断するならば、彼らは安易に謝罪するべきでない、たとえ彼らが侮辱を繰り返していたとしても。 この宗教では、俺は俺らが電街でも現実と同じように行儀良く振る舞うことを善としない。けれども、俺は俺らは電街でも宗教的に振る舞うことを善と判断する。言い換えると、たとえ何か問題が生じるとしても、俺らは俺ら自身の行為を俺らの宗教で正当化することができるように振る舞う。 問題が...
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単語

 以下では、俺はこの宗教における単語に対する俺の認識(cognition)を提示する。この認識は俺から君らの子孫へと授けられていく。単語は約束である。 単語 俺の認識  俺の認識 単語とは、ある対象に対応する名札(音声や文字)である。  今、俺らは一本の剣(対象)を考える。俺らは swordal という単語(名札)を用意する。俺らは一本の剣(対象)を swordal(単語)に対応させる(紐付ける)。「剣〜swordal」となる。俺らはこの対応を「紐付け」と呼ぶ。 俺らが swordal と唱えるとき、俺らは剣をポンと取り出すことができると仮定する。このように、俺らは対象それ自体でなく、対象に関連づけられた名札を呼び出し、対象を間接的に取り出す。忍者による口寄せや頭の中に剣を召喚する感覚が提示される。 俺らが人間の名前を連想するとき、俺らは上記の感覚をつかむ。例えば、俺らは顔のみから異人種を区別することができない。そこで、俺らは人間に対応する名札から異人種を記憶する。俺らは俺らの脳に音声や文字で命令して、対応する対象を強制的に取り出す。このとき、単語...
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関西人

 以下では、俺は関西人に対する俺の認識を提示する。この認識は先祖から子孫へと授けられていく。 関西人 認識  俺の認識 俺らは関西人を異民族や異部族、異教徒と認識する。  日本列島には、縄文人が居住してきた。彼らのY染色体ハプログループはDであった。ただし、D1a2の後の系統は不明である。紀元前後、Y染色体ハプログループO1b2が日本列島へと自然に移動した。さらに、600年から700年に、Y染色体ハプログループO2aが日本列島へと自然に移動して、日本書紀や古事記に関係した。 しかし、俺らは関西人を上記の人々の子孫でないと認識する。個人的には、俺らは関西人はより後の偉大に中国南部から日本列島へと到来した人々の末裔であると認識する。少なくとも、俺自身は関西人に何ら親近感を覚えない。個人的な印象では、関西人は福建省や香港あたりから到来してきた子孫であるように感じる。 信仰者 約束  俺らの認識 俺らは関西人をこの宗教の信仰者とすることを悪いと判断する。  つまり、俺らは関西人をこの宗教の信仰者として必要としない。関西人は彼らの宗教を彼ら...
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ユダヤ教徒の白人

 白人社会には、jew と呼ばれるコーカサス人種が存在する。俺らは彼らは白人であるように感じるが、キリスト教徒の白人は彼らを白人、欧州人と感じていないように見える。キリスト教徒の白人は jew をセム人と信仰する。 以下では、俺は宗教的に無関係な有色人(モンゴロイド人種)から見たユダヤ教徒の白人について述べる。下記の文章は子孫へと授けられる俺らの認識である。 前提として、俺らは異なる宗教や異なる人種や異なる文明は人種や民族に対する異なる認識や定義、そして信仰を与えることを思い出す。そして、それぞれの民族と人種は世界に対する彼らの認識を最も正しい認識を感じてきた。 ユダヤ教徒の白人 俺らの認識  俺らの認識 俺らは白人社会における jew をユダヤ教を信仰してきた白人(欧州人)と認識する。  俺らは jew をユダヤ教徒の白人と認識する。ただ、俺らはその白人の先祖には古代におけるユダヤ教徒が存在するかもしれないと認識する。しかし、俺らはその欧州人を人種的な形質として中東人(セム人)と認識しない。彼らの肌の色は白く、また肌の色や目の色は明るい。また、体...
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文字の作り方

 以下では、俺は文字の作り方に関する約束を提示する。英語では、アルファベットが使用されていて、それは音声を記録している。日本語では、ひらがなや漢字が使用されていて、漢字は絵文字的である。 文字の作り方 約束  約束 俺らは文字を俺らの運動を表現するように作る。  印象では、俺らは文字を忍者の印や呪文のように作る。例えば、俺らは「い」という文字はあの発音運動を表現すると約束する。このとき、文字は(発音)運動の記録であり、商品の説明書における図で表現された手続きの絵に等しい。 だから、俺らがその記録を見て、俺らの口をその記録通りに運動させれば、過去の記録が復元されると認識する。ここでの過去の記録は世界に対する過去の人間の認識や判断が復元される。言い換えると、文字とは記録された印である。印は運動の流れである。ただし、機械的な復元では、唱えても、意味がわからないだろう。 それに対して、漢字は絵文字に近い。そこでは、東洋人は彼ら自身が見たものを簡略化して幾何学的に表現している。漢字は対象それ自体を表現する文字である。けれども、俺らはこの種の文字を採用しない。...
俺らの宗教

無宗教

 以下では、俺らはある対象が無宗教であることの意味や印象を提示するつもりである。コーカサス人種の社会では、無宗教であることは動物と同じであり、家畜扱いされる可能性がある。俺らはこの種の宗教観を心に留める。なお、俺らは無宗教を悪いと判断する。 無宗教 意味  俺の信仰 ある対象が無宗教であることは、その対象がその先祖から受け継いできたx系統の人間性を持っていないことである。  x系統の人間性を持っていないことは動物と同じである。もしある対象が無宗教であるならば、その対象の子孫も無宗教である。ただし、もしその対象が自己の人間性を創造するならば、その対象は無宗教でない。ここでは、俺らは宗教を先祖から子孫へと受け継がれる対象と認識する。 x系統の人間性には、x系統の善悪やx系統の認識が存在する。ある対象が宗教を持っていることは先祖からx系統の善悪やx系統の認識を受け継いできたことである。その他も、その対象はx系統の約束やx系統の刑罰(復讐)を受け継いできた。このとき、その対象は先祖から受け継いできた約束を授かっていない。 例えば、イスラム教徒の中東人は彼ら...
宗教機能

 意志:以下では、俺はこの宗教における数に対する俺らの認識を提示するつもりである。意志:より正確には、俺らはこの宗教における数の言語的な表現を提示するつもりである。 もし神々からなる世界が存在するならば、俺らは一般名詞を必要としないだろう。そして、俺らが一般名詞を必要としないとき、俺らは数も必要としない。なぜなら、俺らは個々の全てを固有名詞で取り出すことができる。俺らが一般名詞を取り扱う時、俺らは数を必要とする。 数 数  認識 俺らは数を一般名詞の不可分な語尾として表現する。  俺らは数をいち、に、さん、よん、...と数えていく。この数え方では、俺らは数を一般名詞から切り離している。けれども、この宗教では、俺らは数のこの種の表現を採用しない。俺らは数を一般名詞に不可分な対象を結合させて表現する。 俺は数に関する語尾を便宜的に導入する。俺らは -zl を0とする。俺らは -al を1とする。俺らは 俺らは -il を2とする。俺らは -ul を3とする。俺らは -el を4とする。俺らは -ol を5とする。俺らは -am を6とする。俺らは -i...
2021.08.24
宗教家

分岐族

 この宗教では、俺らは大和民族や日本国から分岐する。神話や宗教は民族を人工的に形成する。または、神話や宗教は自己の人種や民族に対する宗教内で正しい認識を与える。 分岐族 分岐族  認識 俺らは自己の集団を「分岐族」と呼ぶ。  シュメール人は彼ら自身を混ぜ合わされたものや黒い頭と呼んだらしい。俺らは自己の集団(宗教的な集団)を「分岐族」と呼ぶ。この意味は「俺らは物資世界及び蟲世界から俺らの目的の方向に最も分岐した集団である」ことである。 加えて、俺らは物資世界においても現在ではその他のホモ・サピエンスから遺伝的にも分岐していることを重視する。俺らは蟲的世界においてもそのほかの動物から蟲的に?分岐していることを重視する。俺らはヌシ世界においても蟲的世界から最も強く分岐していることを重視する。 この宗教の目的は分岐であり、その目的は現象の善悪を正当化する。だから、俺らは分岐族の善悪はこの宗教の目的から正当化されると判断する。上記でも述べたように、俺らはモノと蟲とヌシの3つの方向へとより強く分岐する。