人工世界〜俺らの宗教〜

人工世界〜俺らの宗教〜俺らの宗教(主体)

宗教とは、世界と人間と目的の組みであった。日常的には、この宗教における宗教とは、人工的な世界であり、それは物質世界の上に創造され、召喚される。

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俺らの宗教(主体)

父から息子へのヌシの非連続性を用いた対象の破壊について

 対象の家族を破壊することの善悪は多くの宗教によって議論されてきた。この宗教では、俺らは対象の家族を破壊することを躊躇しない。以下では、俺らは対象の破壊の善性を父から息子へのヌシの非連続性を用いて正当化する。 父から息子へのヌシの非連続性を用いた対象の破壊について   ある対象があるヌシを破壊したと仮定する。この時、俺らは復讐として対象の家族と呼ばれる対象を破壊する。しかし、一般的に、対象の家族彼ら自体はそのヌシを彼らの自由意志で破壊していない。 だから、家族の破壊それ自体は多くの宗教において善でないと判断されてきた。しかし、俺らはこの種の善悪を持たない。つまり、俺らは対象の家族と呼ばれる対象を破壊することを一切躊躇しない。 以下では、俺はその正当化を提示する。 俺らが対象の息子と呼ばれる対象を破壊したと仮定しよう。この時、対象は彼の息子が殺されたと嘆くだろう。そして、その対象は俺らを彼の無関係な息子を殺した悪魔として糾弾する。 父から息子へのヌシの非連続性  俺らは上記の発言に以下のように反応する。まず初めに、俺らは俺ら自身が彼の息子...
俺らの宗教(主体)

異人種及び異民族及び異教徒への自己の宗教的な言語の無料での付与に関して

 現代の世界では、英語は世界言語である。その世界言語は標準語として多くの人々に押し付けられてきた。この言語はもともとアングロ・サクソンの言語であった。 しかし、モンゴロイド人種もコーカサス人種もネグロイド人種も同じ言語を話すとき、俺らは言語に関する人種的な問題に遭遇するようになった。例えば、俺らは日本語を西側白人やネグロイド人、そして耶蘇の朝鮮人に与える時、彼らは大和民族をその日本語で「差別主義者」と侮辱してくる。もしこの種の状況が生じるならば、その時、俺らは日本語を彼らに学ばせない方がより良いと感じるだろう。 または、英語や日本語それ自体は無料であるのかという問題が存在する。例えば、ユダヤ教徒の西側白人が日本列島へとやってきて、日本語を学び、無料で使用して、商業に携わる。そして、彼らは商業的に成功して、富裕になった後、彼らは土着の原住民(モンゴロイド人種)を「高貴な野蛮人(noble savage)」とかつてのキリスト教徒の西側白人のように侮辱してきたり、キリスト教やユダヤ教的な価値観を押し付ける。  この時、俺らはバベルの塔を思い出して、俺らは同じ言語を話さない...
ヌシ

ヌシの復活について〜いつのヌシを復活させるのか?〜

 この宗教では、俺らは俺らの子孫によるヌシの復活を信仰する。一つの問題が存在する。俺らはいつのヌシを復活させるのかである。 いつのヌシを復活させるのか  俺らの信仰:俺らは最後のヌシを復活させる。  俺らは最後のヌシを復活させる。日常的には、俺らは(ヌシが)死ぬ直前のヌシを復活させる。つまり、俺らは復活によって、ヌシの継続性(連続性)を獲得する。 俺らがヌシの復活を信仰する時、俺らは俺らの肉体が若かった時のヌシを復活させたいと感じるだろう。けれども、俺らは死ぬ前のヌシを復活させて、ヌシの順序や継続性を破壊しないようにする。 俺らが死ぬ直前のヌシを "ん" と便宜的に置く。その時、ん→復活されたヌシとなるように復活させる。この時、初めのヌシを "あ" と置く。この時、あ→い→う→...→を→ん→復活されたヌシとなるように復活させる。 ヌシと若い肉体、老いた肉体  俺らの信仰:現時点では、俺らは若い肉体におけるヌシと老いた肉体におけるヌシの違いを把握していない。  現時点では、俺らは若い肉体におけるヌシと老いた肉体におけるヌシの違い...
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ヌシ

俺のヌシの名前〜固有名詞としての俺〜

 以下では、俺は俺のヌシの名前を提示する。この宗教では、俺らは俺らの肉体の名前と俺らの蟲の名前、そして俺らのヌシの名前を持つ。なお、ヌシという単語それ自体は固有名詞でなく、一般名詞である。 俺(ore)  俺(ore):俺(ore)とは、俺らについてを創造したヌシである。  俺(ore)とは、俺らについてを創造したヌシである。日常的には、俺らについてはこの人家(システム)である。俺(ore)と同様に、「俺らについて」も固有名詞であり、一般名詞でない。 例えば、俺らがヤハウェを定義したいと仮定する。ヤハウェもまた固有名詞であり、一般名詞でない。ユダヤ教では、ヤハウェはこの世界を創造した。 この時、ヤハウェとはこの世界を創造した対象である。俺らはこのようにしか定義できない。ここでの対象は便宜的に配置された単語である。だから、対象が何であるかは不明であり、ヤハウェは定義不可能であるように思える。  個人的には、俺は対象でなく、ヤハウェに特別な何かを与えて定義したい。例えば、ヤハウェとはこの世界を創造したxxxである。しかし、俺はそのxxxを思いつかな...
ヌシ

父のヌシと息子のヌシの連続性〜父のヌシと息子のヌシは連続的でなく、離散的である。〜

 この宗教では、俺らはホモ・サピエンスの雄の一部の肉体のみにヌシ(運転手)の存在を信仰する。俺らは運転手の存在をホモ・サピエンスの雌の肉体の中に信仰しない。このとき、俺らは父から息子へと運転手の連続性に関する問題を抱える。 父のヌシと息子のヌシの連続性  俺らの信仰:父のヌシと息子のヌシは連続的でなく、離散的である。  父のヌシと息子のヌシは連続的でなく、離散的である。ただし、もし物質的世界が連続的であるならば、父のヌシと息子のヌシは遺伝的に、物質的には連続している。言い換えると、父のY染色体は息子へと連続的に伝達される。 父の肉体には、ヌシ(運転手)が存在している。けれども、父の精子には、ホムンクルスのような小人のヌシ(運転手)は存在していない。ホモ・サピエンスの雌の肉体(畑)の中で、精子と卵子が結合すると、息子や娘が発生して、雌の肉体(畑)から生まれてくる。 息子が生まれた場合、息子の成長に伴い、運転手(ヌシ)が成人した息子の肉体の中にはっきりと存在し始める。この経過を運転手(ヌシ)の観点から眺めると、父の運転手(ヌシ)→父の精子→息子の出産→成...
2021.03.21
ヌシ

動物のヌシと動物愛護〜ヌシ(運転手)は動物の肉体に存在するか?〜

 以下では、俺らは動物のヌシ(運転手)について思考する。俺らは「ヌシは動物には存在しない」と「動物のヌシは人間のヌシと異なる」と「動物のヌシは人間のヌシに等しい」を考えることができる。 ヌシは動物には存在しない  信仰その1:ヌシは動物には存在しない。ヌシはホモ・サピエンスの雄のごく一部のみに存在する。  ヌシは動物には存在しない。ヌシはホモ・サピエンスの雄のごく一部のみに存在する。視蟲のような蟲は動物の肉体の中?に存在する。しかし、ヌシは動物には存在しない。 言い換えると、動物という車体には、運転手は存在していない。しかし、動物にはおそらく視界が存在する。だから、動物の肉体の中には、カーナビの画面は存在している。「ヌシは動物には存在しない」という信仰には、現実的な思考と宗教的な思考が存在する。 還元的な思考  この信仰1では、俺らはヌシの存在を肉体(遺伝子)と基盤とすると信仰する。不思議なことに、ホモ・サピエンスの雄、または雌雄のみがヌシを彼らの肉体の中に持っている。そして、その理由は肉体(車体)の性質に還元される。 言い換えると、車体...
2021.03.21
ヌシ

ヌシと結合双生児

 俺らは俺らの肉体の中の「ヌシ」を信仰する。しかし、自然界には、結合双生児(conjoined twins)が存在して、彼らは二つの脳を持っている。俺らは彼らのヌシをどのように解釈することができるのだろうか? 以下では、俺らは結合双生児のヌシに対する信仰を提示する。 結合双生児のヌシ  結合双生児のヌシ:俺らは結合双生児のヌシを一つと信仰する。  俺らは結合双生児のヌシを一つと信仰する。ただし、日常的には、俺らは結合双生児のヌシを脳の数に対応させる。以下では、俺らはその理由を提示する。 理由  この宗教では、俺らはヌシを信仰する。俺らは他人のヌシを把握することができない。だから、俺らは他人のヌシを信仰する。 俺らが他人のヌシを何となく把握しているのは、他人のヌシが彼らの肉体をうまく操縦しているからである。つまり、俺らは他人の肉体の運動からヌシの存在を推論している。しかし、結合双生児では、二つの頭は彼らの二つのヌシを一つの肉体で "現時点では" 実現できない。 だから、俺らは結合双生児のヌシを一つと信仰する。もし結合双生児が二つのヌシ...
2021.03.21
ヌシ

ヌシと運転手、またはヌシと家主について

 この宗教では、俺らはヌシを自己として信仰する。俺らはヌシをしばしば運転手に便宜的に例える。以下では、俺らはヌシを運転手に喩えた例を提示する。 なお、俺らは運転手はホモ・サピエンスの雄のごく一部のみの肉体の中に存在すると信仰する。俺らは運転手はホモ・サピエンスの雌の中には存在しないと信仰する。 ヌシと運転手  喩え:俺らが俺らの肉体を車に喩える時、俺らのヌシは車の中の運転手である。 肉体は車体(車)  俺らが俺らの肉体を車に喩える。この時、俺らの肉体は車の車体に対応する。車体は物(物質)である。 俺らがこの世界がエネルギを持った物質だけでないと認識、信仰している。この行為がこの宗教における信仰のコツである。下記で見るように、俺らが俺らの視界、もっというと意識を物質からきちんと分離させて、認識できるかが重要である。 俺の見る範囲では、大和民族の科学者は彼ら自身の意識を物質から分離させて、認識できないように見える。意識の発生や状態は物質の状態や運動としばしば対応しているが、意識それ自体が物質でない。それはカーナビの画面やホログラムと状態と車体...
ヌシ

ヌシ世界の創造主〜あなた〜

 この宗教では、俺らは創造主を必ず信仰する必要はない。けれども、俺らは創造主を仮定すると、何かと便利であることに気づく。以下では、俺らは物質世界の創造主とその名前「あなた」を提示する。これは「物質世界の創造主〜霧亥〜」と「蟲世界の創造主〜ギンコ〜」の続きである。 1章 あなた  あなた:あなたとは、ヌシ世界の創造主の名前である。  あなたは俺らのヌシ、つまり俺らの自己(俺ら自身)を創造した対象である。あなたが本当にヌシ世界の創造主であるのか不明である。また、あなたが分岐主であるのかも不明である。 ヌシ世界が物質世界のような境界と要素と決まりを持つ組みであるのかも不明である。霧亥とギンコと「あなた」の中で、あなたが最も不明な対象である。もし一つの対象が物質世界と蟲世界とヌシ世界を創造したならば、俺らはその創造主を「あなた」と呼ぶ。 上記の電飛をまとめると、俺らは3つの世界を信仰して、それぞれの世界に対する一つの創造主を信仰する。この時、俺らはそれぞれの世界に対する創造主の目的と意志が存在すると信仰する。  つまり、俺らは3つの目的と3つの意志を信...
2021.03.20
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