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偶数の定義と三段論法と関係代名詞について

偶数(ぐうすう、英:even number)とは、2で割り切れる整数である。対義語で、2で割り切れない整数は奇数という。偶数 1.0 偶数 1.0(背景)俺が整数を観察する時、俺は2で割られる整数と割られない整数が存在することを認識する。 例えば、4は2で割られる。一方、5は2で割られない。この時、俺は名前をそれぞれに与えたいと感じる。俺は偶数という名前を前者に与えて、奇数という名前を後者に与える。 1.1(関係代名詞による定義)偶数は2で割り切れる整数である。 俺は偶数をある単語と仮定する。この時、俺はこの単語を分解して、部品の和として表現したい。この時、俺はととととを使用する。俺は中心を表現する記号を<それ>と約束する。この時、<それ>+++。整数を前に出すと、<それ>+++。 +を便宜的に省略して、であると使用すると、<それ>+++。英語では、an even number is an integer which is devided by 2. であるかもしれない。 1.2(仮定による定義...
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和と加法と足し算〜sumとandの違い〜

0.0(目的)ここでは、俺は和に対する俺系統の認識を提示することを目的とする。 0.1(意志) 以下では、俺は和に対する俺系統の認識を提示する。 1.0 和 1.0(単語)objectalは一つの対象である。 1.01(単語2) objectilは2つの単語である。 1.02(単語3) -alは1を表現して、-ilは2を表現する。 図1 1.1(and)AとBの「と(and)」はAとBを同時に並列させる。 1.11(sum) The sum of A and B や A + B は並列させたものを混合する。  1.111(具体例)  The sum of objectal + objectal is obectil.   1.112(具体例)  The sum of objectal + objectal is equal to obectil.   1.113(具体例)  objectal + objectal = obectil. 図2 1.2(記号)上記は次の3つの記号で表現される可能性がある。 1.21(一致記号) = 1.22(大小一致...
コーカサス人種

ハッティ語とハッティ人〜Y染色体ハプログループG〜

ハッティ語(Hattic language)は、アナトリアで紀元前3千年紀-紀元前2千年紀にかけて話されていた、非インド・ヨーロッパ語族の言語。膠着語に属す。未分類言語であり、カスキアン語(英語版)との関係性が議論されているが、明らかではない。ハッティ語 ハッティ語とハッティ人 1.0 (事実)ハッティ語は膠着語である。 1.1 (俺系統の思考の規範)もしハッティ語が膠着語であるならば、その言語はY染色体ハプログループGに対応する。 または、その言語はEやHに対応する。Eの場合、Y染色体ハプログループE1b1bであり、それは古代エジプト人が話した。この場合、ナトゥーフ文化と前土器時代、そしてカルディウム土器時代を経て、E1b1bがアナトリアに居着いた。Gの場合、コーカサス山脈やアナトリア東部の民がハッティ語を話していた。 1.2 (俺系統の憶測)ハッティ人はY染色体ハプログループGを持ち、彼らはアナトリア農耕民や初期欧州農耕民に近い。 初期欧州農耕民はアナトリアとコーカサス山脈とイランに住んでいた可能性がある。彼らは地中海や欧州へと進出したが、彼...
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比とは何であるか?〜算数における比とわかりやすい説明〜

 比の代表的な例は速度である。以下では、俺は速度を使用して、俺は比が何であるのかを提示する。 比  俺系統の認識1.0 aに対するbの比b/aは状態である、かつもしaが存在するならば、bが存在する。  または、aに対するbの比b/aは状態である、かつそれを俺は「もしaが存在するならば、bが存在する」と交換する。例えば、秒速3歩を考える(または1イベント3歩)。上記に沿って解釈すると、「もし1秒が正に進むならば、ある主体は正に3歩進む」。 今、「1秒が正に進む」が生じたと仮定する。この時、論理の法則により、ある主体は正に3歩進む。俺は次の思考の規範を提示する。 俺系統の思考の規範1.1 次の二つの文は(形式的には)交換可能である。「もし1秒が正に進むならば、ある主体は正に3歩進む」⇄「もし1秒が負に進むならば、ある主体は負に3歩進む」。 もしある文aにおける主節と従属節の符号を正反対にするならば、その文aは変えられた文a'に形式的に等しい(思考の規範1.2)。例えば、$\frac{x}{t}=\frac{-x}{-t}$は互いに等しい。なぜなら、...
2022.08.09
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状態の定義、または認識について〜ある性質を持つ〜

 以下では、俺は状態の定義を提示する。感覚的には、状態はあるページにおける対象と対象の存在と対象がある性質を持っていることである。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 状態  俺系統の認識1.0 状態は現象である、かつある対象が別の対象を持つ。  異なる表現では、状態は現象である、かつある対象がある性質を持つ。または、状態は現象である、かつある対象が別の対象に関係する。状態は現象である、かつある対象が別の対象に対応する。運動の定義では、状態が使用されたように、状態の定義には、存在が使用された方が良いのかもしれない。  俺系統の認識1.01 状態は現象である、かつもしある対象が空間a(ページa)の中に存在するならば、別の対象は空間a(ページa)の中に存在する。 別の対象が存在しないことを別の対象が0程度に存在すると仮定する。このとき、たとえ別の対象が存在しないとしても、ある対象の状態が生じる。 状態の例には、ある物体が青色を持つので、その物体は青い。または、その物体は青い(be b...
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位置の定義、または認識について〜物体の位置〜

 以下では、俺は位置の定義、または認識を提示する。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 一般的には、位置は物理学において登場する。けれども、位置は人種や民族においても重要である。なぜなら、人々はあるサピエンスや人間を位置で定義する。例えば、日本人や中国人や東アジア人やアフリカ人や欧州人は位置による定義である。なぜか、彼らは遺伝子で定義されない。 宗教的には、俺らの意識(蟲)や運転手(ヌシ)の名前も肉体の名前で定義される。これもまた位置による意識や運転手の定義である。 位置(position)  俺系統の認識1.0 位置は状態である、かつある物体が別の対象に対応する。  状態は現象である。対象には、座標系における座標のような仮想的な存在がある。このとき、位置変化は運動である、かつもしある物体Aが時刻tで別の対象Bに対応するならば、その物体は時刻sで他の別の対象Cに対応する。  俺系統の認識1.01 物体の位置は状態である、かつある物体がある方向である距離(離れ具合、または離れ程度)...
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物体の運動の定義、または認識について

 以下では、俺は物体の定義、または認識を提示するつもりである。感覚的には、運動とは、あるページにおける対象と対象の存在と対象の位置(状態)が存在して、その位置がその後のページで変化していることである。 なお、俺は運転手(ヌシ)や意識(蟲)を物体と認識しない。また、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 運動  俺系統の認識1.0 運動は現象である、かつある時刻での物体αの位置aがその後の時刻でのその物体αの位置bに等しくない。  または、運動は現象である、かつある時刻での物体αの位置aがその後の時刻でのその物体αの位置bに異なる。簡単には、運動とは、時刻に対する物体の位置変化である。日常的には、等速直線運動と加速運動が存在する。前者には、力は必要でないが、後者には力が必要である。 上記を書き換えると、運動はとある現象である、かつその現象は「ある時刻での物体αの位置aがその後の時刻でのその物体αの位置bに等しくない」に等しく、それと交換可能である。俺は次の思考の規範を獲得する。  俺系統の...
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運動方程式〜運動の第二法則〜

運動の第2法則(うんどうのだい2ほうそく、(英:Newton's second law)またはニュートンの法則(ニュートンのほうそく)は、ニュートン力学の基礎をなす三つの運動法則の一つ。 第2法則は運動の第1法則が成り立つ基準系(いわゆる座標系)、すなわち慣性系における、物体の運動状態の時間変化と物体に作用する力の関係を示す法則である。運動の第2法則  以下では、俺は運動の第二法則「運動方程式」について述べるつもりである。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 運動方程式  俺系統の認識1.0 運動方程式(運動の第二法則)は方程式(法則)である、かつもしある物体が力を加えられるならば、その力はその質量と加速度の積に等しい。  ただし、もしもしある物体が力0を加えられるならば、その力0はその質量と加速度の積0に等しい。俺がForceの程度をForcealのように解釈するとき、力が0であるのはForcezeroと表現される。このとき、力0が存在していると解釈される。なお、-alは1である。力が存在...
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慣性の法則〜運動の第一法則〜

運動の第1法則(うんどうのだい1ほうそく、英語:Newton's first law)または慣性の法則(かんせいのほうそく) は、慣性系における力を受けていない質点の運動を記述する経験則である。ガリレイやデカルトによってほぼ同じ形で提唱されていたものをニュートンが基本法則として整理した。「すべての物体は、外部から力を加えられない限り、静止している物体は静止状態を続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。」運動の第1法則  以下では、俺は慣性の法則について述べるつもりである。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 慣性の法則  俺系統の認識1.0 慣性の法則は法則である、かつもしある物体が力を外部から加えられないならば、その物体は等速で同じ向きで運動する。  物体が止まっている場合は次である。慣性の法則は法則である、かつもしある物体が力を外部から加えられないならば、その物体は止まっている。言い換えると、慣性の法則は法則である、かつもしある物体が力を外部から加えられないならば、その物体はその...
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作用・反作用の法則〜運動の第三法則〜

 運動の第3法則(うんどうのだいさんほうそく、英:Newton's third law)または作用・反作用の法則(さよう・はんさようのほうそく、英:law of action and reaction)は、二つの物体が互いに力(作用)を及ぼす場合、両者は向きが反対で大きさが等しいと主張する経験則である。また、一方だけが他方へ力を及ぼすことはなく、必ずその反作用が存在することを主張する。運動の第3法則  以下では、俺は運動の第三法則「作用・反作用の法則」について述べるつもりである。この法則は力の釣り合いと異なる。なお、俺はなぜ物体が衝突で停止するのかを理解できていない。なお、下記の「かつ」は「and the penomenon (or it)⇄ 〜」であるかもしれない。 作用・反作用の法則  俺系統の認識1.0 作用・反作用の法則は法則である、かつもしある物体が別の物体に力を及ぼすならば、別の物体は力を反対向きに同じ程度に及ぼす。  俺は「力を及ぼす」と「力を加える」の違いを理解できない。「力を加える」と書き換えると、作用・反作用の法則は法則である、かつもし...
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助詞と前置詞の幾何学的な描像について

 日本語における助詞は主語や目的語や補語を表現する。この助詞は膠着語を形成する。英語における前置詞は補語を主に表現する。以下では、俺は助詞と前置詞を幾何学的に表現する。 助詞  俺は目的格を表現する「を」を考える。俺は「を」と銃の照準器号と解釈する。例えば、りんごは一個のりんごである。一方、「リンゴを」は「りんご」+「照準印◎」である。照準印◎がりんごの上(手前)に存在する、または照準印◎がりんごに埋め込まれている。 次に、俺は主格の「は」を考える。俺は「は」を発光と解釈する。または、俺は「は」を人型(棒人間)と解釈する。ない場合は!でも良い。例えば、ある鳥は一匹の鳥である。一方、「鳥は」は「鳥」+「発光」である。!が鳥の上(手前)に存在する。 また、俺は所有格の「の」を考える。俺は「の」を〜と解釈する。また、俺は車の部品の「の(of)」を下矢印↓と便宜的に解釈する。例えば、「車の部品」は「車↓」+「部品」である。後ろからの修飾では、「部品 車↓」である。俺の車は「俺↓」+「車」である。後ろからの修飾では、「車 俺↓」である。 さらに、俺は方向を表現する...
2022.07.22
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関係副詞は接続詞であるか?〜whereとwhen〜

 これは「関係代名詞は接続詞であるか」の継続である。以下では、俺は関係代名詞に対する俺の現時点での認識を提示するつもりである。 関係副詞  以下では、俺は関係副詞「where」と「when」を提示するつもりである。 where  例文1.1 Hiroshima is a place and Japanese were killed by the two atomic bombs in the place.  上記の英文は「広島はある場所である、かつ日本人たちが2発の原子力爆弾によってそこで殺された」である。上記の例文には、「the place」が二回登場する。英語話者は同じ単語を繰り返しを嫌うかもしれないので、俺は「the place」を代名詞「which」で置き換える。すると、俺は次の例文を獲得する。  例文1.2 Hiroshima is a place and Japanese were killed by the two atomic bombs in which. 当然、上記の例文の意味は例文1.1と同じである。俺は「and...
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膠着語及び屈折語及びY染色体ハプログループに関する思考の規範(推論)について

 Y染色体ハプログループと言語には、何らかの関係がある。以下では、俺は膠着語及び屈折語及びY染色体ハプログループに関する思考の規範(推論)について述べるつもりである。俺は次の推論を提示する。 ある主体がY染色体ハプログループAやBやCやDやEやHやGを持つならば、その主体は膠着語を話す。もしある主体がY染色体ハプログループIJKを話すならば、その主体が屈折語を話す。ただし、これらは理想的な環境で成立する。 膠着語と推論 俺系統の推論1 ある主体がY染色体ハプログループAやBやCやDやEやHやGを持つならば、その主体は膠着語を話す。  逆では、もしある主体が膠着語を話すならば、その主体がY染色体ハプログループAやBやCやDやEやHやGを持つ。ただし、より正確には、AとBは除外される。 A系統とB系統  ブッシュマンはY染色体ハプログループAを持つ。ピグミーはY染色体ハプログループBを持つ。彼らの言語が膠着語であるのかは不明である。ブッシュマンはコイサン諸語を話し、ピグミーはハヅア語を話す。 C系統  Y染色体ハプログループC系統...
2022.06.03
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膠着語と屈折語と孤立語の違いとは何であるか?〜日本語と英語(印欧語族)と中国語〜

 俺は屈折語が何であるのかを認識できない。そこで、以下では、俺は膠着語と屈折語と孤立語の違いを「わかりやすく」かつ「独自解釈」で提示するつもりである。膠着語は「付加語」であり、屈折語は「形態変化語(不規則変化語)」である。 膠着語には、日本語(日琉語族)やモンゴル語(モンゴル語族)がある。屈折語には、印欧語族(英語)がある。孤立語には、中国語がある。 膠着語と屈折語の違い  膠着語(こうちゃくご、英:agglutinative language)は、言語類型論による自然言語の分類のひとつ。膠着語に分類される言語は、ある単語に接頭辞や接尾辞のような形態素を付着させることで、その単語の文の中での文法関係を示す特徴を持つ。膠着語 屈折語(くっせつご、英:fusional language)は、言語学上における形態論上の分類のひとつ。文法的機能を表す形態素が、語の内部に分割できない形で埋め込まれる言語のことをいう。屈折語 格に関する膠着と屈折 格(case)は、日本人には馴染みの薄い概念であろう。これは、文中における役割を意味する考え方である。例えば、...
2022.06.02
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バスク語はY染色体ハプログループGに対応するか?〜膠着語とバスク人のY染色体ハプログループR1b〜

 ピレネー山脈西麓のスペインとフランスにまたがるバスク地方で話される、周辺のロマンス諸語と類縁関係のない、系統不明の言語。バスク自治州(1979年成立)ではスペイン語と並ぶ公用語。話者数は60万人。膠着語に分類され、冠詞の役割をもつ接尾辞が数や格を表示する、名詞は他動詞の主語となるとき自動詞の場合とは異なる格をとる、などの特徴がある。系統については、イベリア語の残存説、カフカス諸語との類縁説など諸説があるが、どれも決定的ではない。バスク語-114389  一般的に、バスク語は系統不明の言語であると見なされてきた。以下では、俺はバスク語に関する俺系統の認識を提示するつもりである。俺はバスク語はY染色体ハプログループGに対応する言語であると認識する。 俺系統の憶測 バスク人のY染色体はハプログループR1bが9割の高頻度を占める。非印欧系であるにも関わらず印欧系ハプログループR1bが高頻度である理由について、「印欧語を話す男系征服者集団が原住バスク人女性に多くの子を生ませたが、その子供は父親の印欧語ではなく母親のバスク語で育てられたため、父系のみR1bの印欧系ながら、言...
2022.06.01
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アフロ・アジア語族は存在するか?セム語族とハム語族とY染色体ハプログループJ及びE

アフロ・アジア語族(アフロ・アジアごぞく、Afro-Asiatic)は、アラビア半島を中心とする西アジアおよび北アフリカに分布する語族。古くはセム=ハム語族(または「ハム=セム語族」)と呼ばれ、現在もこの語を使う学者もあるが、ひとつのまとまりをもつ「ハム語派」の存在は否定されている。アフロ・アジア語族  昔の研究では、セム語族とハム語族が存在した。その後、セム語族とハム語族はアフロ・アジア語族として纏められた。しかし、遺伝学によると、北アフリカ及びサハラ以南のサピエンスはY染色体ハプログループEを持ち、セム人はY染色体ハプログループJを持つ。正確には、北アフリカ人はY染色体ハプログループE1b1bを持つ。 以下では、俺はアフロ・アジア語族に対する俺系統の認識を提示するつもりである。結論から言って、俺はセム語族とハム語族は存在すると認識する。そして、エジプト人(ハム人)はセム人に敗北して、言語交代(言語置換)が生じた可能性がある。ハムの民はセムの民に言語的にも宗教的にも(父系)敗北した。 俺系統の認識 エジプト語(エジプトご)は、古代エジプト時代からイスラーム...
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IT業界におけるカタカナ用語の日本語化(漢字化)

 以下では、俺は電街技術におけるカタカナ用語を日本語へと翻訳するつもりである。電街技術におけるカタカナ用語はハード(電箱)とソフト(電法)とインターネット(電街)に分類されるように見える。インターネットは正確には通信であるかもしれない。 1章 基本  以下では、俺は基本的な単語を提示するつもりである。 1節 電箱(ハード)  以下では、俺はハードに関する基本的なカタカナ用語を提示するつもりである。 ハードウェア(電箱)  俺はハードウェアの日本語訳を電箱(でんぱこ)と呼ぶ。ハードとソフトは日常的に使用されている。俺はハードを電箱と翻訳して、ソフトを電法を翻訳する。 電箱の箱は箱もの行政の箱である。たとえ競技場が存在するとしても、もしその上の競技それ自体がなかったら、その競技場は単なる箱である。競技場(ハード)と競技(ソフト)が存在するとき、運動競技が正常に機能する。ハードの日本語訳は箱である。ハードウェアを場や競技場と翻訳しても良い。 コンピュター(電子計算機)  俺はコンピューターの日本語訳を電計機と呼ぶ。電計機は電子計算機の略...
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ミソジニー(女性嫌悪)の本質は母親嫌悪か〜女性蔑視と白人ハーフ、そしてパンパン〜

 ミソジニー(英:misogyny) は、女性に対する嫌悪や蔑視の事である。女性嫌悪(じょせいけんお)、女性蔑視(じょせいべっし)などともいう。ギリシア語の「μῖσοςmîsos(嫌悪、憎しみ)」と「γυνήgunḗ(女性)」に由来する。女性を嫌悪する人物をミソジニスト(英:misogynist)と呼ぶ。ミソジニー  一般的には、ミソジニーは女性嫌悪(雌嫌悪)と呼ばれている。しかし、俺はミソジニーの本質を女性嫌悪でなく、母親嫌悪であると認識する。以下では、俺はミソジニーについて述べるつもりである。 母親嫌悪としてのミソジニー  俺系統の認識 母親嫌悪とは、ある主体がその主体の母親を嫌悪する行為である。  母親は女性である。だから、母親嫌悪は一種の女性嫌悪である。その背景は次である。遊牧民の社会では、支配者は敵対する部族や民族のオスを虐殺して、メスを強姦して、子供を産ませる。すると、その息子は母親を嫌悪し始める。この心理がミソジニーに繋がる。 例えば、米兵のオスと大和民族の雌から生まれた中間種の大部分は彼ら自身の母親を本当に軽蔑している。その雌は「アジア人...
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虚数は担保(抵当)であるか?〜虚数及び複素数の実在性及び存在とその再発見、またはその構成〜

 虚数(きょすう、英:imaginary number)とは、実数ではない複素数のことである。すなわち、虚数単位i=√−1を用いて表すと、z=a+bi(a,bは実数、b≠ 0)と表される数のことである。実数直線上にはないため、感覚的には存在しない数ととらえられがちであるが、実数の対、実二次正方行列、多項式環の剰余環の元として実現できる(複素数#形式的構成を参照)。虚数 以下では、俺は虚数及び複素数の概念を担保の中に再発見、または構成するつもりである。虚数とは、二乗すると1になる数である。歴史的には、この数は$x^2=-1$のように定義されてきた。複素数とは、$a+bi$で表示される数である。$i$は虚数である。 自然数や有理数と異なり、人々は虚数を感覚的に把握することができてこなかった。そのため、一部の人々は虚数を空想上の数と考えた。または、彼らは虚数を数学の世界のみで有用な概念であると考えた。理論物理でも、虚数は使用されているが、そこでも、虚数は何らかの実体でなく、計算上で有益な概念であると考えられているように見える。 しかし、俺が虚数を担保として...
2022.04.12
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なぜマイナスかけるマイナスはプラス?〜負-1×負-1は正+1〜

 直感的には、借金を他者に与えるとき、マイナス(借金)×マイナス(与える)=プラスが生じる。なぜなら、そのとき、俺はお金を返す義務なしに、富を貸し手から獲得することができるようになった。以下では、俺はなぜマイナス×マイナス=プラスであるのかを直感的に把握する。 マイナス×マイナス=プラス 図1  上記の図1を考える。Aが貸し手である。Bが借り手である。今、Bは100円をAから借りたい。俺は次の図2を獲得する。次の図は貸し借りに関する運動を表現する。 図2  Aは100円をBに貸す。Bは100円をAから借りる。100円はAからBへと移動する。このとき、AとBは100円に+1と-1を乗じて、A←BとB→Aを作り出す。なぜなら、俺は富のやり取りに関する義務や権利を視覚化したい。俺はを権利金と便宜的に呼ぶ。俺はを義務金、または借金と便宜的に呼ぶ。 Aは100円をBに与えた。俺が与えるを-1と解釈するとき、俺は100円+100円×(-1)=0を獲得する。ただし、権利を視覚化すると、俺は+×(+1)=を獲得する。これらの式を合わせると、俺は次を獲得する。100...
2022.04.12
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集合の対等に対する俺の認識

 数学において二つの集合A, Bの濃度が等しいとは、それらの間の一対一対応(全単射)が存在すること、すなわちAからBへの写像f:A→Bが存在してBの各元yに対してちょうど一つづつのx∈Aがf(x) =yを満たすときに言う。濃度が等しいことは、それら集合に属する元の数が同じであることと解釈することができる。等濃  盛大に間違っている可能性が高いので、十分に注意して。下記の情報は俺の認識であり、集合の対等に対する俺の認識それ自体でない。集合の対等における対等はequipotentである。 集合の対等 ・定義(認識)  俺系統の認識 集合Aが集合Bに対等であるとは、集合Aから集合Bへの全単射が存在することである。  または、集合Aから集合Bへの全単射が存在するとき、集合Aは集合Bに対等である。あるいは、もし集合Aから集合Bへの全単射が存在するならば、集合Aが集合Bに対等である。名詞風の定義では、集合Bへの集合Aの対等(対等性)とは、集合Bへの集合Aの関係であり、そこでは集合Aから集合Bへの全単射が存在する。俺は関係を対応に置き換えることができるかもしれない...
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ベルンシュタインの定理に対する俺の認識

ベルンシュタインの定理(ベルンシュタインのていり、カントール=ベルンシュタイン=シュレーダーの定理、シュレーダー=ベルンシュタインの定理、カントール=ベルンシュタインの定理とも、英:Schröder–Bernstein theorem)とは、集合Aから集合Bに単射があり、集合Bから集合Aへも単射があれば、集合Aから集合Bへの全単射があるというものである。濃度においては、これは |A| ≤ |B| かつ |B| ≤ |A| ならば |A| = |B| である、ということを言っているわけで、非常に基本的な要請がこの定理によって満たされることになるベルンシュタインの定理  以下では、俺はベルンシュタインの定理、またはシュレーダー=ベルンシュタインの定理に対する俺の現時点での認識を提示するつもりである。盛大に間違っている可能性が高いので、上記の図も含めて、十分に注意して。下記の情報は俺の認識であり、ベルンシュタインの定理それ自体でない。俺はとと混同していた。 背景 ・背景  俺は閉区間と実数全体の集合Rとの対応関係を知りたい。開区間(-1, 1)と実数全体の集合Rの...
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直線の定義

 盛大に間違ってる可能性が高いので、十分に注意して。 直線  俺は2つの点(aとb)を考える。俺は点Pを考える。俺は点aと点pとの距離rと点bと点Pとの距離r'を考える。俺は平面αを考える。 ・認識  俺系統の認識 直線とは、距離rが距離r'に等しい点全体である。  言い換えると、直線とは、距離r=距離r'である点全体である。または、直線とは、距離r-距離r'=0である点全体である。ただ、双曲線とは、距離r-距離r'=一定である点全体である。俺の印象では、この一定が0であるとき、その線は直線である。この一定が0よりも大きいとき、双曲線である。 俺はaを(a, 0)とする。俺はbを(-a, 0)とする。この時、rは√(x-a)^2+y^2。r'は√(x+a)^2+y^2。r-r'=0は-2xa=0。aが0でない時、xは0である。これを3次元へと拡張すると、俺はaを(a, 0, 0)とする。3次元では、俺はbを(-a, 0, 0)とする。r-r'=0を満足するのはy軸とz軸であるように思える。 電飛 ・外部電飛 直線(ウィキペディア)...
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1-1+1-1+…=1/2(グランディ級数)〜 (答えは1でも0でもない)〜

 無限級数1 − 1 + 1 − 1 + …は次のように書き表すことができる。Σ(-1)^n。この級数はグランディ級数(グランディきゅうすう、英:Grandi's series)と呼ばれることがある。グランディ級数という名前は、1703年にこの級数に関する議論において重要な貢献をした、イタリアの数学者であり哲学者である神父のルイージ・グイード・グランディ(英語版)に因む。グランディ級数は発散級数であり、通常の意味では和を持たない。その一方で、グランディ級数のチェザロ和は1/2となる。グランディ級数  以下では、俺は上記の級数を視覚化するつもりである。俺は$1-1+1-1+\dots$をMacのsoftware Grapherを使用して、この無限級数を解釈するつもりである。 1-1+1-1+…=1/2(グランディ級数)  以下では、俺はグランディ級数を$$\lim_{+x \to +0}\sum_{k=1}^{∞}(-1)^{k-1}exp(-kx)$$と$$\lim_{+x \to +0}\sum_{k=1}^{∞}(-1)^{k-1}exp(-kx)cos...
2022.05.05
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一様連続に対する俺系統の認識

 俺は連続性と一様連続の違いを理解できない。盛大に間違ってる可能性が高いので、十分に注意して。 一様連続  俺系統の認識 任意の微小距離dに対して、もし変時刻tと変時刻t'の差の絶対値が微小時間Tよりも小さいならば、変時刻aにおける位置f(a)と変時刻t'における位置f(t')の差の絶対値が微小距離dよりも小さくなるような微小時間Tが存在する。 書き直すと、任意の微小距離dに対して、|t'-t|<T→|f(t')-f(t)|<dとなる微小時間Tが存在する。例えば、俺は停止する物体の運動を考える。俺は10=f(t)を考える。物体の位置は任意の時刻で10にある。任意の微小距離dに対して、|f(t')-f(t)|=|10-10|=0<dになるような微小時間Tが存在する。同様に、俺はx=tを考える。俺は俺はt'を(d/2+t)をとする。tはtである。任意の微小距離dに対して、|f(t')-f(t)|=|t'-t|=|d/2|<dになるような微小時間Tが存在する。 俺はx=t^2である関数f(t)を考える。言い換えると、俺は自由落下運動のよう...
2022.02.02
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イプシロン・デルタ論法に対する俺系統の認識

 俺は時刻と位置の関数をx=f(t)を置く。俺はこの関数を使用して、イプシロン・デルタ論法?を提示するつもりである。イプシロン・デルタ論法は関数の連続性に関係するらしい。俺は関数の連続性と実数の連続性を混同していた。盛大に間違ってる可能性が高いので、十分に注意して。特に距離や時間がよくわからない。 イプシロン・デルタ論法  俺系統の認識 任意の微小距離dに対して、もし定時刻aと変時刻tの差の絶対値が微小時間Tよりも小さいならば、定時刻aにおける位置f(a)と変時刻tにおける位置f(t)の差の絶対値が微小距離dよりも小さくなるような微小時間Tが存在する。  書き直すと、任意の微小距離dに対して、|a-t|<T→|f(a)-f(t)|<dとなる微小時間Tが存在する。例えば、ある物体が存在して、その物体が直線的に運動する。このとき、俺はその物体の運動が連続的であるのかを知りたい。俺はその運動をx=f(t)で表示する。このとき、俺はイプシロン・デルタ論法をその運動に適用して、その運動の連続性を調べる。 俺は物体の運動をストロボ写真の本と想像する。俺はある定...
2022.02.02
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なぜ楕円(ellispe)は焦点(2定点)からの距離の和が一定であるか?

楕円  俺は二定点(焦点)を用意する。その後、俺は点Pを取る。俺はその点と二定点との距離r、r'を取る。俺は二つの距離が互いに等しくなるように設定する。r=r'、またはr-r'=0である。このとき、その点全体は直線になる。距離rは一定でない。当然、r/r'=一定も。 次に、俺は二つの距離の和が一定になるように、点Pを動かしたい。俺がその点を上へと運動させると、距離の和は長くなるように変わる。俺が点を真横へと運動させると、距離の和は長くなるように変化する。俺が点を下へと運動させると、距離の和は短くなるように変化する。しかし、俺がその点を楕円方向へと運動させると、二つの距離の和が一定になる。だから、楕円では、二つの距離の和が一定である。和が一定の場合、一方を伸ばすと、もう一方が縮むように点を運動させる。 さらに、俺は双曲線を考える。俺が点Pを左にずらすとき、rはr'よりも大きなる。そのとき、俺は二つの距離の差を考えることができるようになる。俺はこの差を一定にして運動させる。俺は点を焦点間に便宜的に置いて想像する。俺がこの点を左や右を含む横へと運動させると...
2022.01.31
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長さと距離の違いとは何であるのか?

 以下では、俺は長さと距離の違いを提示するつもりである。長さとは、ある対象の1次元的な広がりである。距離とは、2つの対象の間の関係である。 長さ  俺の認識 ある対象の長さとは、その対象の1次元的な広がりである。  現実的には、対象の長さはある1かない0かでない。対象の長さには、程度がある。だから、俺はその長さを数で表現することができるかもしれないと憶測する。実際、対象の長さは数で表現される。 例えば、俺がある長さを「ある(1)」と基準として定める。その時、点の長さはないので、「ない(0)」が定まる。基準の2個分を長さ2とする。さらに、基準以下の長さも定まる。例えば、長さ1/2が定まる。 距離  俺の認識 距離とは、2つの対象の間の関係である。  距離とは、対象aと対象bの間の関係である。現実的には、距離はあるかないかでない。距離にも、程度がある。だから、俺はその長さを数で表現することができるかもしれないと憶測する。実際、対象の長さは数で表現される。 例えば、俺がある関係を「ある(1)」と基準として定める。その時、2つの対象が重なる時、...
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三角関数

 俺は三角関数をうまく認識することができない。以下では、俺は三角関数に対する俺の現時点での認識を提示するつもりである。 三角関数   三角関数の定義には、直角三角形による定義と単位円による定義が存在するらしい。 定義前  俺が三角形(直角三角形)を作る。その時、俺はそれぞれの辺に関する関係を考えることができるように感じる。その一つには、ピタゴラスの定理(三平方の定理)がある。そこでは、斜辺の長さの平方が底辺の長さの平方と高さの辺の長さの平方の和に等しい。 俺は四則演算を知っている。そこで、俺はそれぞれの辺の比を考える。斜辺の長さに対する底辺の比(余弦)や斜辺に対する縦の辺の長さの比(正弦)、そして底辺の長さに対する縦の辺の長さの比(正接)を考える。この時、俺は三角関数の考えを認識する。便宜的に、俺は斜辺の長さを1に固定する。 その後、俺は直角以外の角の広がり具合を変えていく。この時、それぞれの比も変化する。このように考えると、俺は角度とそれぞれの比の対応を考えることができるように見える。しかし、俺は角度に対する比を知りたいと思ったことはない。おそら...
2022.01.12
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角と角度〜度数法と弧度法〜

 俺は角と角度の違いを把握してこなかった。角は開いた股に近く、角度は股の開き具合に近いように見える。以下では、俺は角と角度に対する俺の現時点の認識を提示する。 角と角度  以下では、俺は角と角度について考える。三角関数などを一度忘れる。 ・角と角度  角は図形であるように見える。角度はその図形の〜程度である。角と角度の関係は面と面積の関係に近いように見える。角は股間と二本の足から作られる。その角度は180度(地面に並行)が最も大きい。その角度は0度(閉じた状態)が最も小さい。そのほかには、木の分岐の具合や口の開き具合も角度である。 ・度数法と弧度法  角度の表現には、度数法と弧度法があるらしい。俺はこの度数法と弧度法をうまく把握することができない。度数法では、単位円の中に、360角形を作って、その一番目の角を1度という単位とをしているように思える。俺の霊感では、360は一年360日に関係しているのかもしれない。弧度法では、角度は角の開き具合に対応する弧の長さで表現される。ただ、俺の印象では、円周は多角形の極限で表現されるので、この場合、無限が登場す...
2022.01.11
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確率とロシアンルーレット

 この間まで、俺は確率1/2のロシアンルーレットは二回試すと、一回は発射されると勘違いしてきた。しかし、確率はそのような現象でないらしい。以下では、俺は確率に対する俺の現時点での印象や認識を提示するつもりである。could<might<may<can<will<must. 背景  俺が確率を考える時、俺はある現象の生じやすさ(可能性)を想像する。例えば、ある受験生が大学受験に通過するのかどうかである。俺がその受験生を観察する時、俺はその受験生は大学に受かりそうであるや確実に落ちるだろうと予想する。俺は合格の生じやすさを受験生の遺伝的な知的能力や受験生の勉強時間から推測する。 同様に、ある教育ママが存在して、勉強を子供に強制していた。彼女は子供を怒鳴っていた。子供は泣きながら勉強していた。外部の人間がその教育ママを見ると、その教育ママは自分では一切勉強しなかった。彼女は英語も勉強しないが、英語を子供には強制していた。彼女は書籍を読まず、TVばかりを見ていた。この時、俺はその子供は受験に合格しないだろうと予想する。なぜなら、両親それ自体が勉...
2022.01.12
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無限級数1+8+27+64+…=1/120の視覚的な解釈について?〜立方数の総和とゼータ関数ζ(-3)〜

これは「ゼータ関数ζ(0)と無限級数1+1+1+1+…=-1/2の視覚的な解釈について?」の継続である。以下では、俺は無限級数1+8+27+64+…=0をグラファーで視覚化して観察するつもりである。なお、1+4+8+16+…=0は1^3+2^3+2^3+4^3+…=1/120である。以下では、俺は1+4+8+16+…=1/120を1^3+2^3+2^3+4^3+…=1/120と表示する。 以下では、俺は1^3+2^3+2^3+4^3+……をMacのsoftware Grapherを使用して、この無限級数を解釈するつもりである。結論から言うと、この数式は2つの値のような数を取る。一番目は無限であり、二番目は0である。俺は無限級数を1^3exp(-1・0・1+√2)cos(1・0)+2^3exp(-2・0・1+√2)cos(2・0)+3^3exp(-3・0・1+√2)cos(3・0)+…と解釈する。 俺はこの無限級数をlimΣk^3exp(-kx(1+√2))cos(kx)と解釈する。limはx→+0であり、Σの下には、k=1がある。Σの上には、無限記号∞がある。なお、俺はこ...
2022.02.03
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無限級数1+4+8+16+…=0の視覚的な解釈について?〜平方数の総和とゼータ関数ζ(-2)〜

これは「ゼータ関数ζ(0)と無限級数1+1+1+1+…=-1/2の視覚的な解釈について?」の継続である。以下では、俺は無限級数1+4+8+16+…=0をグラファーで視覚化して観察するつもりである。なお、1+4+8+16+…=0は1^2+2^2+2^2+4^2+…=0である。以下では、俺は1+4+8+16+…=0を1^2+2^2+2^2+4^2+…=0と表示する。 以下では、俺は1^2+2^2+2^2+4^2+…をMacのsoftware Grapherを使用して、この無限級数を解釈するつもりである。結論から言うと、この数式は2つの値のような数を取る。一番目は無限であり、二番目は0である。俺は無限級数を1^2exp(-1・0・√3)cos(1・0)+2^2exp(-2・0・√3)cos(2・0)+3^2exp(-3・0・√3)cos(3・0)+…と解釈する。 俺はこの無限級数をlimΣk^2exp(-kx√3)cos(kx)と解釈する。limはx→+0であり、Σの下には、k=1がある。Σの上には、無限記号∞がある。なお、俺はこの数式をSugimotoの電子場所(電飛)で発見...
2022.05.05
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無限級数1+1+1+1+…=-1/2の視覚的な解釈について?〜1の無限和とゼータ関数ζ(0)〜

 これは「ゼータ関数ζ(1)と無限級数1+2+3+4+…=-1/12の視覚的な解釈について?」の継続である。以下では、俺は無限級数1+1+1+1+…=-1/2をグラファーで視覚化して観察するつもりである。 以下では、俺は1+1+1+1+…をMacのsoftware Grapherを使用して、この無限級数を解釈するつもりである。結論から言うと、この数式は2つの値のような数を取る。一番目は無限であり、二番目は1/2である。俺は無限級数を1exp(-1・0^3)cos(1・0^3)+2exp(-2・0^3)cos(2・0^3)+3exp(-3・0)cos(3・0^3)+…と解釈する。 俺はこの無限級数をlimΣ1exp(-kx^3)cos(kx)と解釈する。limはx→+0であり、Σの下には、k=1がある。Σの上には、無限記号∞がある。なお、俺はこの数式をSugimotoの電子場所(電飛)で発見した。そこで、俺はこの数式を杉本式0と便宜的に呼ぶ。また、自然数の総和をΣkを表現する。Σの下には、k=1がある。Σの上には、無限記号∞がある。 1+1+1+1+…=1/2 ...
2022.02.03
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自然数の総和(無限和)1+2+3+4+…が-1/12になる事の視覚化とその解釈について〜ゼータ関数ζ(-1)と1+2+3+…=-1/12〜

 日常的には、$1+2+3+…$は無限であるように感じる。けれども、ある種の人々が複素数や解析接続を使用するとき、$1+2+3+4+…$は$-\frac{1}{12}$になるらしい。以下では、俺は$1+2+3+4+…$をMacのsoftware Grapherを使用して、この無限級数を視覚的に解釈するつもりである。この時、俺は$1+2+3+4+…=-\frac{1}{12}$を複素数や解析接続を使用せずに視覚的に把握することができた。 この数式は2つの値のような数を取る可能性がある。一番目は無限$∞$であり、二番目は$-\frac{1}{12}$である。俺は無限級数を$1exp(-1 \cdot 0)cos(1 \cdot 0)+2exp(-2 \cdot 0)cos(2 \cdot 0)+3exp(-3 \cdot 0)cos(3 \cdot 0)+...$と解釈する。さらに、俺はこの無限級数を$\lim_{+x \to +0}\sum_{k=1}^{∞}kexp(-kx)cos(kx)=-\frac{1}{12}$と解釈する。なお、俺はこの数式を杉山の電子場所(...
2022.08.09
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偶然と必然

 以下では、俺は偶然と必然について述べるつもりである。 偶然  現在では、偶然は確率で説明されてきた。しかし、俺は偶然は確率と異なると審判する。偶然は自動的でない一方、確率は自動的である。以下では、俺は偶然が何であるのかを説明するつもりである。 定義  俺系統の認識 偶然とは、ある主体がある自動的な運動を別の自動的な運動に自由意志で変化させる現象である。  正確には、偶然とは、ある主体が自動的な運動を別の自動的な運動に自由意志で変化させる瞬間的現象である。より正確には、偶然とは、ある主体が自動的な運動を別の自動的な運動に自由意志で変化させる非自動的な瞬間的現象である。 例えば、ある主体がある自動的な運動aを別の自動的な運動bへと変化させた。この時、偶然という瞬間的な現象が生じる。自動的な運動aから別の自動的な運動bへの変化の点(転換点)が偶然である。記号で書くと、俺は次を獲得する。俺は自動的な運動aをaーで表現して、偶然をα・で表現する。この時、偶然はaーα・bーで表現される。 必然  現在では、必然は理論物理的な決定論で説明されてきた...
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文化(culture)とは何であるか?

 以下では、俺は文化について述べるつもりである。文化には、日本文化や中国文化がある。歴史的には、ウバイド文化や縄文文化やヤムナ文化がある。日本語では、文化に対する人々の印象は寿司や着物を含む生産物それ自体である。しかし、俺は文化とはcultureやagricultureが暗示するように土壌に近いように思える。 以下では、俺は文化について述べるつもりである。文化に類似した単語には、文明(civilization)や生活形態(PastroralismやAgricultureはpractice?)や社会(society)がある。俺の印象では、社会は自己の宗教を持つが、文化は自己の宗教を必要としない。社会は競技的(システム的)である。 定義 定義  俺系統の認識 文化とは、ある対象が生み出される人工的な環境である。  より正確には、ホモ・サピエンスの文化とは、ホモ・サピエンスやホモ・サピエンスによる生産物が生み出される人工的な環境である。人間の文化とは、人間や人間による生産物が生み出される人工的な環境である。人工的な環境は人工的な条件と置き換えられるかもしれない...
2022.01.01
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所有格と取り出しの「の(of)」

 日本語では、ofは〜のと翻訳される。けれども、この「の」は所有格と取り出しの意味を持つ。以下では、俺は「の」の意味を提示するつもりである。 取り出し  ある対象(object)が存在する。俺がその対象の存在や状態や運動を取り出すとき、俺はofを使用する。ofは存在をある対象から取り出すofと状態をある対象から取り出すofと運動をある対象から取り出すofを持つ。つまり、x of ○(対象)には、存在 of ○と状態of ○と運動 of ○が存在する。 形容詞の名詞化  a state of the objectは状態を対象から取り出す。例えば、the color of the objectは対象から色を取り出す。文では、the object is colored(形容詞)になる。be動詞を除去すると、the object colored(対象よ、色れ)。しばしば、俺はcolorを名字と解釈して、bule colorのように考える。 その他には、the element of the objectやthe shape of the objectsが存在する。...
2021.12.02
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トランスユーラシア語族は存在するか〜マーティン・ロベーツまたはロッベエツ(Martine Robbeets)と日本語の原郷は「中国東北部の農耕民」〜

 日本語の元となる言語を最初に話したのは、約9000年前に中国東北地方の西遼河(せいりょうが)流域に住んでいたキビ・アワ栽培の農耕民だったと、ドイツなどの国際研究チームが発表した。10日(日本時間11日)の英科学誌ネイチャーに掲載された。  以下では、俺は上記の速報に関して感じた違和感を提示するつもりである。結論から言って、俺はたとえその論文がネイチャーに掲載されたとしても、俺はこの論文を疑うべきであると審判する。正確な情報は「雑記帳の電子場所(ここ)」から。 トランスユーラシア語族 トランスユーラシア語族  俺の認識 俺はトランスユーラシア語族が存在すると断定しない。  上記の速報では、トランスユーラシア語族それ自体が存在すると仮定されているように見える。俺の印象では、この語族には、印欧語族の考えが応用されている。もっと言うと、セム語族が全ての言語の祖先であると言った宗教的な考えも背景に存在するように感じる。 印欧語族の場合、Y染色体ハプログループRが印欧語族に本当に綺麗に対応している。それに対して、東洋地域、もっと言うと東洋から...
2022.05.05
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対応と写像

 もし君が正確な情報を知りたいならば、君は職業数学者に尋ねよ。繰り返し述べるが、ここは「宗教site」である。これは「集合とその演算」の継続である。 直積  俺の認識 ある集合と別の集合の直積とは、その要素がある集合の任意の要素と別の集合の任意の要素の順序づけられた組である集合である。  ある集合と別の集合の直積は集合であり、その要素がある集合の任意の要素と別の集合の任意の要素の順序づけられた組である。第一成分とは、その組みの一番目の成分である。第二成分とは、その組みの二番目の成分である。 対応 対応  俺の認識 ある集合から別の集合への対応とは、ある集合のある要素を別の集合のの部分集合に対応させる規則である。  ある集合のある要素からの像とは、ある集合のある要素に(対応によって)対応させられた集合である。「ある集合から別の集合への二つの対応が等しい」⇄「ある集合の任意の要素に対して、ある対応によるその要素から像が別の対応によるその像に等しい」。また、造語として?、像要素(像素)とは、ある像を対応によって対応させられる要素である。 ...
2021.11.16
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単射と全射

 俺は単射と全射が何であるのかを理解できない。以下では、俺は単射と全射に対する俺の現時点での認識を提示する。繰り返し述べるが、ここは「宗教site」である。数学を知りたいならば、数学書を読むか、職業数学者に尋ねよ。 単射  俺の認識 単射とは、写像ではもしある要素が別の要素と異なるならば、その要素の像は別の要素の像と異なる。  単射とは、写像ではもしある要素が別の要素に等しくない(一致しない?)ならば、ある要素の像は別の要素の像に等しくない(一致しない?)。ある一次関数が存在して、その関数が比例定数1と切片0を持つ。この時、その関数は単射である。なぜなら、x=x1の時、y=x1である。x=x2の時、y=x2である。もしx1がx2と異なるならば、x1はx2と異なる。だから、y=xは単射である。 次に、定数関数を考える。y=5を考える。x=2の時、y=5である。x=15の時、y=5である。だから、定数関数は単射でない。正弦関数を考える。x=0の時、y=0である。x=πの時、y=0である。だから、y=正弦関数は単射でない。 俺の印象では、弓矢と的を想像する...
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単利と複利と連続複利〜ネイピア数〜

 以下では、俺は単利と複利に対する俺の認識を提示する。現時点では、俺は単利及び複利を全く理解できていない。さらに、俺は利率と金利と年利、利回りと利子と利息の違いを理解できない。俺はその種の単語を整理して述べるつもりである。 用語  以下では、俺は利率と金利と年利、利回りと利子と利息を提示するつもりである。さらに、俺は元金などの単語を提示するつもりである。 元金  俺系統の認識 元金とは、ある主体が(貸し借りの)初期状態に所有するお金である。  例えば、ある人間aが100円を所有する。そのあと、その人間aはそのお金を人間bに貸すことを考えた。この時、100円が元金である。または、ある人間aが一枚の金貨を所有する。そのあと、その人間aはその金貨を人間aに貸すことを考えた。この時、その金貨が元金である。 利子(利息)  俺系統の認識 利子とは、元金と利子率と付利回数の積である。  利子とは、元・利・付である。または、ガ・リ・フ。利子率とは、元金に対する利子の割合である。略称は利率。金利は利子にほぼ等しい。ある主体がそのお金を受け取る時...
2022.04.14
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預言者とは何であるか?

 以下では、俺は預言者とは何であるのかを提示する。一般的に、預言者は胡散臭い人物として描かれる。けれども、預言者もどきはその辺に生息している。 例えば、大和民族の雌は白人夫の考えを勝手に語る。この種の行為もまた預言者的な行為である。または、大和民族は世間の空気や国際社会の意図や意志を勝手に読み取る。しかし、どの読み取り行為が本当に正しいのかは不明である。さらに、読み取られた国際社会のうち、どの国際社会が正しい国際社会であるのかも不明である。 この種の行為は創造主の意図や意志を読み取る行為に非常に似ている。彼らの脳内の国際社会は創造主に対応する。つまり、大和民族は彼らの脳内の創造主の意図を勝手に読み取り、預言者行為を繰り返している。 背景 他人  俺の認識 ホモ・サピエンスは他のホモ・サピエンスの意図や意志や考えを外部から察すことができない。  俺は光や音を知覚することができる。けれども、俺は他人の視界を知覚することができない。加えて、俺は他人の考えや意図や意志やを外部から読み取ることができない。誰も他人が何を考えているのかを外部から知ることがで...
2021.10.24
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境界

 以下では、俺は境界について述べるつもりである。俺が国家や文明、そして宗教に関する会話を実行するとき、俺は境界それ自体を認識する。俺は集合と境界と所属と存在、そしてシステムは互いに密接に関係しているように感じる。 応答背景 応答背景  大和民族、特に大和民族の雌は欧米を引用した後、彼らは欧米では男女平等である一方、日本国はそうでないと癇癪を引き起す。俺が彼らの発言を見た後、俺は彼らは西洋文明に所属しているのか、東洋文明に所属しているのかと疑問に思う。 さらに、異人種との中間種はキリスト教や米国の視点を俺らに押し付けようとする。例えば、彼らは男女平等に加えて、多様性の賛美(モンゴロイド人種の虐殺)や人権やキリスト教系統の法を押し付けてくる。俺は彼らの行為に対して強烈な違和感を覚える。この違和感が卓球選手がサッカーの決まりや視点を押し付けられるような違和感である。 加えて、大和民族は宗教の境界も認識していない。そのため、彼らはキリスト教徒でないのに、クリスマスを祝い、キリスト教式の結婚式をなぜか実行する。さらに、彼らは日本国憲法がキリスト教系統の法であること...
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アリストテレスの形相及び質料、可能態及び現実態及び完全現実態について

 アリストテレスは形相と質料という考えを提示した。さらに、彼は可能態と現実態と完全現実態を提示した。 応答背景 ホモ・サピエンス  俺の認識 俺は何がホモ・サピエンスであるのかを俺の感覚に依存せずに正確に認識したい。  一般化すると、俺はある対象を俺の感覚に依存せずに正確に認識したい。口語的には、俺は対象をノリや雰囲気でふわっと捉えるのでなく、正確に把握したい。この時、俺はアリストテレスの形相と質料を使用する。 例えば、俺が殺人行為や殺ホモ・サピエンスに関する法律を対象に適用する時、俺は何が人間であるのか、何がホモ・サピエンスであるのかをきちんと認識する必要がある。たとえある対象が俺らに似ているとしても、もしその対象が人間でもホモ・サピエンスでもないならば、殺人や殺ホモ・サピエンスに関する法律はその対象の破壊行為に適用されない。 感覚的には、俺が無限を扱う時、俺は無限を感覚でなく、論理や整備された計算手続きで扱う。もし俺が無限をノリや雰囲気でふわっと扱う時、俺は無限に関する計算を間違って導出する。あの感覚がアリストテレスの形相と質料に近いかもしれな...
2021.09.29
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実数の個数は自然数の個数よりも多いのか?〜カントールの対角線論法〜

 以下では、俺はカントールの対角線論法に対する俺の現時点での認識を提示する。もし君がちゃんとした情報を知りたいならば、君は参考書を購入するか、職業数学者に尋ねよう。 カントールの対角線論法 カントールの対角線論法  俺は自然数の集合と実数の集合を考える。なお、俺は(0.1]との違いを把握することができなかったので、俺はを使用する。実数は十進数で表示されるので、俺は次の表示を獲得する。 f(1)=0.0000.................................................................................................................................f(2)=0.0010.................................................................................................................................f(3)=0.1000.....
2022.05.11
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ガリレオの無限の背理(パラドックス)〜部分は全体よりも小さいか?自然数と平方数〜

 自然数はその平方数に一対一に対応するように見える。1は1^2、2は2^2、3は3^2、...。この時、俺は自然数と平方数の数は同じであるように感じる。同時に、俺は平方数は自然数の部分であるようにも感じる。 この2つの心理は互いに反している。だから、俺はこの対応を背理であると感じる。しかし、俺はこの背理を背理と感じない。以下では、俺は上記の背理に対する俺の認識を提示するつもりである。 ガリレオの無限の背理 原因  俺の認識 自然数の数字と平方数の数字は一対一に対応している。  数字は名札である。1は1^2、2は2^2、3は3^2、...。は1という名札が1^2という名札に対応している。2という名札が2^2という名札に対応している。3という名札が3^2という名札に対応している。 個人的には、俺はガリレオの無限の背理が背理であるように感じるのは、平方数を幾何学的に想像するからであるように感じる。それぞれの平方数に対して、数字という名札を与える。この名札同士の対応を考える時、自然数に対する名札と平方数に対する名札が一対一に対応するのは自然であるように感じ...
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自己言及の背理(パラドックス)に対する俺の認識〜嘘つきのパラドックス〜

 哲学および論理学における自己言及のパラドックス(じこげんきゅうのパラドックス)または嘘つきのパラドックスとは、「この文は偽である」という構造の文を指し、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことである。この文に古典的な二値の真理値をあてはめようとすると矛盾が生じる(パラドックス参照)。「この文は偽である」が真なら、それは偽だということになり、偽ならばその内容は真ということになり……というように無限に連鎖する。同様に「この文は偽である」が偽なら、それは真ということになり、真ならば内容から偽ということになり……と、この場合も無限に連鎖する。自己言及のパラドックス  この文は偽である。これは自己言及の背理の代表例であるらしい。以下では、俺はこの背理を観察してみる。 自己言及の背理 前提  俺系統の認識 もし「aがbである」が真であるならば、aがbである。もし「aがbである」が偽であるならば、aがbでない。  「aがbである」が文である。俺は真であるや偽であるをこの文に付加する。このとき、真ならば、aがbであるはaがbであるになる。偽であるな...
2022.04.20
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必要条件と十分条件〜植物が存在するならば、水が存在する〜

 俺は必要条件を十分条件をうまく理解できてこなかった。以下では、俺は必要条件と十分条件に対する俺の現時点での認識を提示するつもりである。 具体例 具体例(推論) 俺の認識 植物が存在するならば、水が存在する  俺は植物が存在するをPと置く。俺は水が存在するをQと置く。この時、「もし植物が存在するならば、水が存在する」は推論「P→Q」である。この推論は正しい推論、つまり正常に機能する推論である。 今、俺は分かりやすさを優先して、実際という単語を真偽の代わりに便宜的に使用する。この時、俺は推論を「もし植物が実際に存在するならば、水も実際に存在する」と変形する。植物が実際に存在することは植物が存在することが真であることに対応する。水も実際に存在するは水も存在することが真であることに対応する。 必要条件  日常的な感覚では、植物が成長するためには、水が必要である。俺はこの感覚を上記の推論へと使用する。つまり、水が実際に存在することは植物が実際に存在するために必要である。これが必要条件に対する俺の感覚である。 十分条件  日常的な感覚では、...
2021.09.22
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対偶

 以下では、俺は対偶に対する俺の認識を提示するつもりである。俺は「もし自動車が存在するならば、車輪が存在する」という推論を使用する。 対偶 対偶  俺の認識 もし車輪が存在しないならば、自動車が存在しない。  上記の推論は直感的にも正常に機能するように感じる。車輪が存在しないことが真である。自動車が存在しないことが真である。俺が真を実際に置き換えるとき、もし車輪が実際に存在しないならば、自動車が実際に存在しない。 車輪が実際に存在しないことは自動車が実際に存在しないことに十分である。口語的には、車輪がそもそも存在しないならば、自動車も存在しないと当然言える。自動車が実際に存在しないことは車輪が実際に存在しないことに必要である。なぜなら、もし車輪が存在したならば、自動車も存在するかもしれない。だから、自動車が存在する可能性を潰して、たとえ車輪が存在するとしても、自動車が存在しないようにしておく。 真偽  ① 車輪が存在しないことが真である。自動車が存在しないことが真である。この時、推論は真→真であり、真である。もし車輪が存在しないならば、自動車...
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論理学における真偽と否定

 以下では、俺は論理学における真偽を提示するつもりである。ここでは、俺は自動車が存在するをPとし、車輪が存在するをQとする。そして、もし自動車が存在するならば、車輪が存在するを一つの推論とする。 真偽 真  自動車が存在するが真である。この時、自動車が存在する。車輪が存在するが真である。この時、車輪が存在する。もし自動車が存在するならば、車輪が存在するが真である。この時、もし自動車が存在するならば、車輪が存在する。 偽  自動車が存在するが偽である。この時、自動車が存在しない。車輪が存在するが偽である。この時、車輪が存在しない。一般的に、文P「AはBである」が偽であるとき、文PはNot P「AはBでない」になる。 実際  個人的には、俺は真偽でなく、実際という単語を使用するとき、俺は論理学における真偽を感覚的に把握できるように感じた。例えば、自動車が実際に存在する。これが自動車が存在するが真であるに対応する。自動車が実際には存在しない。これが自動車が存在するが偽であるに対応する。 たとえ俺がある文を提示するとしても、その文が実際であるの...
2021.09.22
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必要

 以下では、俺は必要を提示する。俺が原因を思考する時、俺は必要を考える必要がある。 必要 必要  俺の認識 必要な対象とは、主体がある現象を作るために使用する対象である。  現象はある対象やその存在やその状態、その運動に置き換えられる。または、現象はシステムに置き換えられる。ためには目的である。つまり、俺らがある現象を実現する時、俺らはある対象を使用する。その対象が必要な対象である。 例えば、俺らが海を渡る時、俺らは船を必要とする。船が必要な対象である。俺らが対象を破壊する時、俺らは爆弾を必要とする。爆弾が必要な対象である。俺らが電計機を作るとき、俺らは科学や数学を必要とする。科学や数学が必要な対象である。俺らが生きる時、俺らは富や水や土地を必要とする。富や水や土地が必要な対象である。 空間必要(部品必要)  俺の認識 空間必要とは、主体がある対象を成立させるために使用する対象である。  対象はシステムでも良い。口語的には、空間必要とは、製品を作るための材料のことである。その材料は同じ時間の中に存在する。例えば、人体を成立(存在)させる...
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真実

 以下では、俺は真実を提示する。真実は真理に似ている。 真実 真実  俺の認識 真実とは、対象の正確な表現である。  この場合、科学(科学的な情報)が真実である。対象は自然界であり、それは創造主によって創造された。その創造の後、科学者はその自然界を科学的な手法で正確に表現してきた。正確に表現されたその情報が自然界の真実である。 真実という単語は主として歴史において頻繁に使用される。歴史の真実の真実があの真実である。歴史はすでに完了した(生じた)対象である。人々はその対象を正確に表現する必要がある。この時、歴史の真実が科学と同様に生じてくる。 当然、歴史は人間の認識にも深く関係して、その認識は人間や人種や宗教や民族、そして文明によって異なってくる。この時、どの認識が正当であるのかという認識の正当性に関する問題が生じる。この場合は歴史の真実は歴史の真理にも関係してくる。 性質  俺の認識 真実は与えられた対象の中に存在する。  または、真実は与えられたシステムの中に存在する。もし主体が対象を正確に調査するならば、その対象に関する真実は...
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真理

 以下では、俺は真理を提示する。 真理 真理  俺の認識 真理とは、唯一の正当性である。  言い換えると、真理とは、唯一の正しさである。正しさとは、正当化される善である。この時、真理とは、唯一の正当化される善である。大雑把にいうと、真理とは善悪のことである。 俺が真理を考える時、俺は善悪を想像する。善悪は自然界には存在しない。だから、俺らは善悪を無から創造する必要がある。この時、様々な人間はそれぞれの系統の善悪を創造するだろう。この時、俺らはどの系統の善悪が正しいのかという善悪の正当性に関する問題に遭遇する。そして、俺らは真理という考えを感覚的に把握するようになる。 例えば、キリスト教徒は男女平等が善であると信仰する。それに対して、儒教徒は男女公平を善と信仰する。この時、俺らは男女に関してどちらの善が正しいのかと疑問に思う。言い換えると、俺らは平等と公平のどちらが真理であるのかと渇望する。 性質  俺の認識 真理は自然界(物質世界)には存在しない。  善悪も自然界(物質世界)には存在しない。だから、俺らが善悪や唯一の善を人工的に創...
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原因

 以下では、俺は原因を提示する。俺が大和民族の科学者が電計機(computer)を引き合いに出しながら、彼らは現代文明を作っていると主張するとき、俺は強烈な違和感を覚える。 なぜなら、科学や数学それ自体が電計機を作っていない。科学や数学は電計機に "必要な対象" であるが、電計機それ自体の原因でない。人間集団それ自体、または人間集団の意志それ自体が電計機を作っている。その時、彼らは科学や数学、お金や土地や水を必要とする。 俺は電計機を一種の(機械)システムと解釈するとき、俺は原因が何であるのかを感覚的に把握する。一般的に、原因はA→B→C→の部分の現象Aであると感じられている。しかし、ここでは、俺は原因をこのように解釈しない。 原因 原因  俺の認識 原因とは、システムを作る力それ自体である。  または、原因とは、現象を作る力それ自体である。俺らが力を意志と解釈するとき、俺らは「原因とは、システムを作る意志それ自体である」という文を獲得する。つまり、原因とは、システムを作る意志それ自体である。 例えば、電子計算機を作るためには、鉄やアルミニウ...
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意志〜自由意志と目的意志〜

 以下では、俺は意志が何であるのかを提示するつもりである。英語では、意志は will であった。一般的に、意志は能力や力に関係する。個人的な印象では、俺は意志をやる気や念と置き換えたほうがわかりやすいように感じる。この宗教では、俺は意志を念とも呼ぶ。 応答背景  応答背景には、日常的な意味での意志と学術的な意味での意志が存在する。 日常的な意味  俺は人間の意志を結婚契約や商業契約の中に見出す。例えば、俺はある客が俺が書いた10万字の長文を購入するのかどうかを知りたい。なぜなら、もしある客がその長文を購入する意志を持っていないならば、その長文は購入されないので、俺はその長文を製造する必要はない。もしその客がその長文を購入する意志を持っているならば、その長文は確実に購入されるので、俺はその長文を安心して製造する。これは製造業における商品の製造に関しても同様であるように見える。 また、もしある男性がある恋人と結婚する意志を持っていないならば、そのとき、その恋人はその男性と別れて別の恋人を探す必要がある。もしその恋人が男性の意志に無関心であるならば、そのとき、...
2021.12.12
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部分

 以下では、俺は部分(part)を提示する。一般的に、人々は要素と部分を混同する。 部分 部分  俺の認識 ある対象の部分とは、ある対象からから分割される対象たちである。  日常的には、自動車の部品が自動車の部分である。自動車の要素は金属である。人体では、頭や手足や臓器、義手が人体の部分である。日本列島の部分はそれぞれの島である。日本列島の要素は土である。 双数的な数の考えを使用すると、日本列島は the islandol である。islandol は islandal と islandal と islandal と islandal と islandal を部分としてもつ。islandol = islandal + islandal + islandal + islandal + islandal. islandol も islandal も土を要素としてもつ。 または、数尾一般名詞の部分とは、その数尾一般名詞から分割される同種のより小さい数尾一般名詞たちである。上記の例では、数尾一般名詞は、the islandol である。より小さな数尾一般...
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要素

 以下では、俺は要素(element)を提示する。一般的に、人々は要素と部分を混同する。日常的には、要素は単一の素材や成分である。 要素 要素  俺の認識 要素とは、ある対象を構成する(別の)対象である。  俺らは日本列島を考える。日本列島は北海道と本州と四国と九州、そして沖縄から構成されている。それぞれの島が部分(part)である。そして、日本列島の要素(element)は土である。正確には、土の要素は原子(素粒子)である。言い換えると、要素は成分や素材である。 双数的な数の考えを使用すると、日本列島は the islandol である。islandol は islandal と islandal と islandal と islandal と islandal を部分としてもつ。islandol = islandal + islandal + islandal + islandal + islandal. islandol も islandal も 土を要素としてもつ。 または、数尾一般名詞の要素とは、数尾一般名詞を構成する別(別種)の数尾一般...
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三段論法と論理学における切断は正しいか?〜アリストテレス〜

 俺は三段論法と切断の違いを知らない。けれども、俺が三段論法や切断に関する文章を読んだ後、俺は三段論法と切断に違和感を覚えた。以下では、俺は三段論法と切断に対する俺の違和感を提示するつもりである。なお、下記の日本人は民族名であり、日本国籍の所有する人間でない。 三段論法と切断 三段論法  俺の認識 安倍晋三は日本人である。任意の日本人は東洋人である。従って、安倍晋三は東洋人である。  英語で書くと、Abe Shinzo is a Japanese. Any Japanese is an East Asian. Then, Abe Shinzo is an East Asian. 抽象的な記号で書くと、A is B. B is C. Then, A is C. であるように見える。 切断  俺の認識 安倍晋三は日本人である。もし安倍晋三が日本人であるならば、安倍晋三は東洋人である。従って、安倍晋三は東洋人である。  「安倍晋三は日本人である」をPと置く。「安倍晋三は東洋人である」をQと置く。このとき、P. P→Qであるならば、Qである。または、...
2021.08.23
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非自己

 以下では、俺は非自己を提示する。俺らが自己と非自己を区別できない対象(関西人)を見るとき、俺らは自己と非自己を認識することの重要性を知る。 非自己 認識  俺の認識 非自己とは、自己によって作用される何かである。  または、非自己とは自己でない何かである。あるいは、非自己とは自己によって把握される何かである。この何かは自己と非自己の総称である。定義できない場合、俺らは非自己を「非自己は自己によって把握される」という文の形で認識する。 また、他人視点の自己は俺から見て非自己である。他人から見ると、俺らの自己は非自己である。君の自己は俺の自己から見て非自己であり、その非自己は俺の自己によって作用される何かである。俺の自己は君の自己から見て非自己であり、その非自己は君の自己によって作用される何かである。
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自己

 以下では、俺は自己を提示するつもりである。俺は自己を主体や対象と異なると認識する。 自己 認識  俺の認識 自己とは、非自己に作用する何かである。  または、自己とは非自己でない何かである。あるいは、自己とは非自己を把握する何かである。日常的には、自己とは、非自己を捉える何かである。この何かは自己と非自己の総称である。定義できない場合、俺らは自己を「自己は非自己を把握する」という文の形で認識する。 俺は自己の性質を提示する。俺は自己を知覚することができない。俺は自己を認識することができない。しかし、俺は自己を把握することができる。俺らが見るもの、聞くもの、触るもの、感じるものは非自己である。自己主体とは、対象に作用する自己である。 しかし、俺らは自己それ自体を把握している。俺らは自己を知覚することができないのに、俺らは自己を把握する。その把握は創造主への信仰と異なる。俺らは創造主を信仰するが把握しない一方、俺らは自己を把握する。自己は信仰される何かでない。
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対象(被作用体)

 以下では、俺は対象を提示する。俺らは対象を被作用体と呼ぶ。対象は客体とも呼ばれる。 対象(被作用体) 認識  俺の認識 対象とは、主体によって作用される非自己である。  対象を客体と置き換えるとき、客体とは、主体によって作用される非自己である。自動詞の場合、主体(作用体)とは、作用する非自己であった。この場合、動詞にもよるが、対象は認識されない(場合がある)。 このように、印欧語族では、主体や客体は単語を変化させる。例えば、I kill him と he kills me を考えてみよう。この時、I は him に作用する主体であり、him は I に作用される対象(客体)である。he kills me の場合は主体と客体が逆になっている。 受け身の場合、he was killed by me. になる。この場合、he は作用される対象であるが、主体のように振舞っている。
2021.08.21
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主体(作用体)

 以下では、俺は主体を提示する。人々の一部は主体を自己と混同する。けれども、俺らは主体と自己を区別する。俺らは主体を作用体と呼ぶ。 主体(作用体) 認識  俺の認識 主体(作用体)とは、対象(被作用体)に作用する非自己である。  自動詞の場合、主体(作用体)とは、作用する非自己である。対象は客体とも置き換えられる。上記は印欧語族における格の変化(屈折)に近いかもしれない。例えば、俺が主体であるとき、俺は「I」である。しかし、俺が対象であるとき、俺は「me」である。 このように、印欧語族では、主体や客体は単語を変化させる。例えば、I kill him と he kills me を考えてみよう。この時、I は him に作用する主体であり、him は I に作用される対象である。he kills me の場合は主体と客体が逆になっている。 なお、自己主体(または主体自己)とは、対象(被作用体)に作用する自己である。感覚的には、俺らは世界を自己の視点から見て、世界へと作用する(撮影者視点)。言語的には、おそらく、主体は主語と呼ばれる。
2021.08.21
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朝鮮語の起源は?〜Y染色体ハプログループO〜

 俺は朝鮮語の起源や日本語の起源を知らない。ウィキペディアによると、朝鮮語は膠着語を持つらしい。俺が膠着語という単語からY染色体ハプログループEの語族やY染色体ハプログループDの語族やY染色体ハプログループCの語族やY染色体ハプログループGの語族やY染色体ハプログループHの語族を導きたいと感じる。 朝鮮語の起源 Y染色体ハプログループOの場合  可能性:朝鮮語はY染色体ハプログループO系統の語族に所属する。  朝鮮語はY染色体ハプログループO系統の語族に所属する。俺は語族の数え上げ(仮説)を使用すると、俺らは「語族の数はY染色体ハプログループの数に一致する」と理想的には言える。ただし、この場合、朝鮮語は漢民族の語族や東南アジア小人種の語族に等しくなる。 Y染色体ハプログループCの場合   可能性:朝鮮語はY染色体ハプログループC系統の語族に所属する。  朝鮮語はY染色体ハプログループC系統の語族に所属する。この場合、朝鮮民族はモンゴル民族に言語的に支配されたことになる。実際、朝鮮民族の一部はY染色体ハプログループC(C2)である。朝鮮...
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日本語(日琉語族)の起源は謎であるか?〜Y染色体ハプログループD〜

 現在、日本語の起源は不明である。以下では、俺は日本語の起源に関するいくつかの案を提示する。個人的には、俺は日本語はシナ・チベット語族、正確にはチベット語族に所属すると憶測する。 日本語の起源 チベット語族の場合  可能性:日本語はチベット語族に所属する。  日本語はチベット語族に所属する。言い換えると、日本語はY染色体ハプログループD系統の言語に所属する。俺は語族の数え上げ(仮説)を使用すると、俺らは「語族の数はY染色体ハプログループの数に一致する」と理想的には言える。 チベット人のY染色体ハプログループはD系統である。日本人のY染色体ハプログループはD系統である。上記の仮説を使用するとき、チベット人の語族は日本人の語族に等しい。なぜなら、理想的な条件下では、語族の数はY染色体の数に一致する。 上記の仮説を変形すると、語族はY染色体ハプログループに対応する。ただし、この定理は理想的な条件下である。現実には摩擦が存在するように、現実には征服や虐殺や強姦が存在するので、上記の仮説は厳密には成立しない。 O系統の場合  可能性:日本語...
2021.11.14
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シナ・チベット語族は漢民族(Y染色体ハプログループO)の言語かチベット人(Y染色体ハプログループD)の言語であるか?

 シナ・チベット語族は、インド・ヨーロッパ語族に次いで2番目に話者数が多く、計約15億人に上り、中国語、ビルマ語、チベット語をはじめとする400種以上の言語と方言を含む。シナ・チベット語族の発祥地と時期については、言語学者の間で論争があり、「北方起源仮説」では、約4000~6000年前に中国北部の黄河流域に出現したとされ、「南西起源仮説」では、9000年以上前に東アジアの南西部に出現したとされる。今回、Li Jinたちの研究グループは、シナ・チベット語の辞書に記載された109の単語の根源的意味の統計解析を行い、シナ・チベット語は約5900年前に分岐した可能性が非常に高く、北方起源仮説に合致すると結論付けた。シナ・チベット語が2つの言語群に分かれたのは、西方のチベットと南方のミャンマーに移動した集団と、東方と南方に移動して漢民族となった集団に分岐した時だったと考えられている。  チベット人はY染色体ハプログループD系統を持つ。それに対して、漢人はY染色体ハプログループOを持つ。もし俺らが「語族の数え上げ仮説」を採用するならば、そのとき、シナ・チベット語族という単語は仮説に反する。...
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双数〜単数と複数〜

 印欧語族やセム語族には、単数や複数だけでなく双数という考えが存在するらしい。俺は双数という考えを知ったとき、俺はその考えに馴染めなく、かつ理解できなかった。以下では、俺は双数に対する俺の現時点での認識を提示するつもりである。 初めに 前提  前提 一般名詞は対象を数に関する語尾なしに捉えることができない。  一般名詞は単数や双数や複数を含む数と共に機能する。言い換えると、数を表現する語尾なしに、一般名詞は正常に機能しない。ただし、俺らが一般名詞を擬似的な固有名詞と見なすとき、俺らは数に関する語尾なしに、一般名詞を機能させることができる。 単数や複数、そして双数を感覚的に把握するためには、俺らは一般名詞のみでは単語は機能しないことを想像する必要がある。俺らが一般名詞と数は不可分であり、連続していると想像するとき、俺らは単数や複数、そして双数を感覚的に把握する。例えば、apple の「エアプルウ」の「エア(二重母音?)」は連続していて不可分であるように感じる。 同様に、一般名詞の語尾に結合させられる数(-t or -p or -h)もまた一般名詞と不...
2021.08.04
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イプシロン・デルタ論法(ε-δ論法)?〜時刻と位置のストロボ写真〜

 俺は実数の連続性と関数の連続性が異なると知って驚いた。以下では、俺はイプシロン・デルタ論法?を宗教的に提示するつもりである。もし君が正確な情報を知りたいならば、君は教科書を読むか、大学へと入学することができる。 後で修正する。自分で書いていてわからなくなった。 イプシロン・デルタ論法(ε-δ論法) 場合  場合:イザナギが直線道路の上を走り続けている。イザナギの運動はストロボ写真のように撮影されている。  イザナギが直線道路の上を走り続けている。イザナギの運動はストロボ写真のように撮影されている。俺らが座標(x軸)を直線道路の上に置く時、イザナギの運動は時刻とイザナギの位置の関数で表現される。 俺らが時刻αを取る時、そのαに対応するイザナギの位置f(α)が対応している。俺らはその時刻αを一枚の写真に対応させる。その写真の中には、時刻αにおけるイザナギが写っていると想像する。 言い換えると、俺らがある写真(時刻α)を取る時、その写真(時刻α)に対応するイザナギの位置f(α)が定まっている。なお、俺らは時間を時刻差(β-α)とする。俺らは距...
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数と固有名詞及び一般名詞(普通名詞)〜数とは何であるか?〜

 これは「固有名詞及び一般名詞(普通名詞)」の継続である。以下では、俺らは数を固有名詞及び一般名詞から認識する。 長い間、人類は数とは何であるかを考えてきた。一部の人々は数を対象や対象の存在や対象の状態、あるいは存在それ自体や概念やイデアと主張してきた。ここでは、俺らは数を対象を指定(選択)するために必要な補助道具と解釈する。 より正確には、俺らが対象を一般名詞を使用して指定(選択)するとき、俺らは数を補助道具として必要とする。俺らが固有名詞のみの世界に生きる時、対象の指定(選択)のための数は不要であった。流れは「対象→一般名詞による対象の指定→(数の必要性)→一般名詞及び数による対象の実際の指定→対象の存在の指定→対象の状態の指定→対象の運動の指定→現象」である。 前提(応答背景) 前提  前提:俺らが固有名詞のみを扱う時、俺らは数それ自体を必要としない。  俺らが固有名詞のみを扱う時、俺らは数それ自体を必要としない。例えば、俺らが「イザナギ」と引っ張る時、俺らはあの対象🍎を取り出すことができた。俺らが次の約束を結ぶ時、俺らは...
2021.07.08
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アクセシビリティの日本語訳は参入性や閲覧性である〜デジタル庁のカタカナ用語(大橋正司)〜

 以下では、俺はアクセシビリティの日本語訳を提示する。アクセシビリティの日本語訳は「参入性」である。または、アクセシビリティの日本語訳は「閲覧性」である。 アクセシビリティ アクセシビリティの日本語訳  アクセシビリティの日本語訳:アクセシビリティの日本語訳は「参入性」である。  アクセシビリティの日本語訳は「参入性」である。または、アクセシビリティの日本語訳は「閲覧性」である。参入性という翻訳では、アクセシビリティは図書館や電子的な情報に関する空間に "参入する" という印象を持つ。 〜性は〜bilityに対応する。アクセシビリティの直訳は接触や接続である。けれども、接触性や接続性は俺の日本語感覚ではしっくりこない。だから、俺は「参入性」という日本語訳を選択した。 アクセシビリティの感覚や印象  アクセシビリティの感覚や印象:情報の開示と情報へのアクセス(接続や接触)は互いに異なる。情報の開示と(情報への)参入は対(組)であるべきである。  例えば、俺らは田舎における図書館を考えてみよう。俺らの家が田舎に存在して、図書館aも存...
2022.05.18
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なぜ0.999…=1であるのか?〜直感と自由意志〜

 以下では、俺は0.999…=1を俺の霊感で直感的に(宗教的に)提示する。なお、ここは宗教的な場所である。もし君らが正確な情報を知りたいならば、君らはきちんとした書籍を読むことができる。 0.999…=1であるのか? 直感的な説明  直感的な説明:たとえ俺らの肉体が完全に自動的に運動していなかったとしても、もしその肉体の運動の99.999...%が自動的に運動するならば、その時、俺らの肉体の運動は宇宙の終わりまで実質的には自動的に運動している。  古代ギリシアでは、自由意志の存在が仮定された。もし俺らが自由意志を持つならば、その時、俺らの肉体は太陽の運動のように完全には自動的には運動していない。 一方、俺らの肉体の中の大部分の遺伝子及びその発現は自然法則に沿って自動的に運動しているように感じる。つまり、たとえ俺らが自由意志を持つとしても、俺らの肉体のほとんどは自動的に運動している。だから、俺らは肉体の運動の自動性の割合を重視する。 俺らの肉体はどの程度自動的に運動しているのだろうか?もし俺らの肉体の運動の99%が自動的に運動するならば、その時、...
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たこさい(蛸西)〜自己の宗教や善悪(レッドカード)を隠して、かつ嫌がらせする関西人〜

 関西はヤクザ文化が根強いので、一度敵と見做されるとずっと粘着される。無視はされずにずっと粘着されるのが関西の文化。  関西人てのは他人への嫌がらせが大好き。なんか人間として最低レベル  電網世界を見ると、関西人は嫌がらせを他人に延々と繰り返す。しかし、彼らは自己の宗教や善悪を一切明らかにしていない。彼らは嫌いな人間を発見すると、彼らはその他人を監視して、延々と嫌がらせを繰り返す。 けれども、たとえ俺らが彼らに彼らの宗教は何であるのか、君の行為は君の宗教で善であるのかと質問するとしても、この種の関西人はまともに回答できない。なぜなら、彼らはその相手が嫌いだから、単に嫌がらせを繰り返している。この種の行為は知的能力や精神能力の発達が未熟である子供と同じである。 さらに悪いことに、彼らは相手が嫌がっているのを見て楽しんである。以下では、俺らはこの種の動物の処遇を提示する。正常な人間は自己の行為の善性を自己の宗教で正当化しようとする。けれども、関西人にはこの種の正当化行為は存在しない。 命名〜たこさい〜 たこさい(蛸西)  命名:たこさい(蛸西)...
2021.12.12
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人間性(humanity)とは何であるか?〜神話における人間性〜

 俺らが神話の意味や西洋文明の意味を把握するとき、俺らは人間性(humanity)の意味を把握する必要がある。以下では、俺は人間性(humanity)の意味を提示する。この人間性という単語は世界における神話やユダヤ教やキリスト教におけるアダムとイヴにも深く関係するように感じる。 人間性(humanity)とは何であるか? 観察  観察:俺らはホモ・サピエンスの雄の極一部の肉体の運動を完全には自動的であると認識していない。  俺らはホモ・サピエンスの雄の極一部の肉体の運動を完全には自動的であると認識していない。古典力学では、自然界の全ての運動は完全に自動的である。だから、俺らの肉体の運動は宇宙創世から決定されていて、その決定に沿って自動的に運動する。 けれども、俺らが俺らの肉体の運動を観察するとき、俺らは俺らの肉体の運動は完全には自動的に運動していないと認識する。一方で、俺らは太陽の運動を完全に自動的に運動していると認識する。また、犬やチンパンジーのような高等動物に近づけば近づくほど、彼らの肉体の運動は完全には自動的に運動していないように見える。 ...
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いじめは犯罪か?〜未成年の認識能力と善悪の判断能力〜

 大和民族の一部はいじめは犯罪であると主張してきた。その後、彼らは未成年を厳しく罰しろと主張してきた。では、いじめは本当に犯罪であるのだろうか? 以下では、俺はいじめは犯罪でないという立場を提示する。なお、俺はキリスト教徒でないので、俺は罪を信仰しない。しかし、ここでは、俺らは罪に関して述べない。 未成年とは? 未成年の認識能力  未成年は認識能力を持っていない。だから、未成年はいじめ行為をいじめ行為と認識する能力を持っていない。この状態は痴呆老人に似ていて、彼らもまたいじめ行為をいじめ行為と認識する能力を失ってしまった。 俺らはいじめ行為をいじめ行為と認識する能力を持っていない対象(未成年)の行為の罪を裁くことができるのかを考える必要がある。たとえ俺らがいじめ行為が悪い(レッドカード)と未成年に教えるとしても、未成年はいじめ行為をいじめ行為と現時点では認識できない。 未成年の善悪の判断能力  未成年は善悪の判断能力を持っていない。だから、未成年はいじめ行為を悪い(レッドカード)と判断する能力を持っていない。ただし、大人が善悪(レ...
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大坂なおみが「日本国民である」と「日本国民的である」の違いとは?〜名詞と形容詞〜

 日本語や中国語では、名詞と形容詞の区別が明確でないように見える。その結果、彼らは大坂なおみが「日本国民である」と「日本国民的である」ことの違いをうまく認識していないように見える。以下では、俺は「日本国民である」と「日本国民的である」を提示する。 日本国民である  俺の認識:対象xが日本国民であるとは、対象xが日本国籍を所有していることである。  対象xが日本国民であるとは、対象xが日本国籍を所有していることである。言い換えると、日本国籍を所有している時、その対象xは日本国民である。この文章は日本国民の存在に関する文章である。 しかし、上記の文章だけでは、その対象は日本語を話す必要はないし、アラブ人視点で政治活動を実行して、好き勝手に振る舞うことができる。別に日本国の法律を守る意志を持つ必要もない。 例えば、朝鮮人の日本国民が日本語を一切話さず、韓国の国益ばかりを考えて、活動するとしても、その朝鮮人は日本国民である。なぜなら、その朝鮮人は日本国籍を所有する人間である。しかし、俺らがこの種の朝鮮人を見る時、俺らはこの朝鮮人は存在としては日本国民であるが...
2022.04.17
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操無し〜ネアンデルタールは貞操を持たないか?〜

 その他,窃盗,強姦,器物破損など,ネアンデルタールの脳には,「所有権」や「貞操観念」や「契約」といった概念自体が無いのだ。  ネアンデルタールが貞操を持っていたのかは不明である。けれども、俺らがホモ・サピエンスを観察する時、俺らは貞操を持つ個体と貞操を持たない個体が存在することに気づく。貞操を持たない個体は動物と同じで貞操それ自体を認識していないように見える。 貞操を持たない個体の状態はチンパンジーやゴリラなどの動物の状態と完全に一致している。彼らは発情する時、彼らは雌に求愛行為を公的な場所で実行してしまう。例えば、彼らは数学や科学、プログラミングを雌に必死で教えようとする。 たとえ俺らが彼らを彼らの行為に関して注意するとしても、彼らは何を指摘されているかを認識していないように見える。さらに悪いことに、彼らは貞操の必要性それ自体もよくわかっていない。 操無し  操無し:操無しとは、貞操を認識していないホモ・サピエンスである。  操無しとは、貞操を認識していないホモ・サピエンスである。操無(みさおむ)とは、貞操を認識していない生物である。チン...
2021.12.12
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時無し〜時間それ自体を把握できないホモ・サピエンス〜

 引用『ネアンデルタールと人間の最大の違いは、思考する次元の差だ。人間は四次元で思考するが、ネアンデルタールは三次元で思考する。従い、「未来(時間が経過した後)に獲物がかかる落とし穴」をネアンデルタールは掘れなかった。』  ネアンデルタール人が時間それ自体を認識できなかったかは不明である。だから、俺らはそれをここでは問題にしない。けれども、俺らがホモ・サピエンスを観察するとき、俺らはある種のホモ・サピエンスは時間それ自体を認識していないことに気づく。 そして、俺らはこの種のホモ・サピエンスをどこか別の種族と認識する。この種のホモ・サピエンスは時間を認識してないので、彼らは今が全てである。彼らには、過去や未来を把握していない。彼らは過去を認識していないので、彼らは先祖や子孫を感覚的に把握できない。 俺らがホモ・サピエンスの発言や行為を見る時、俺らは時間それ自体を認識していないホモ・サピエンスが存在すると審判する。以下では、俺らは名前をその種のホモ・サピエンスに与えよう。 時無し  時無し:時無しとは、時間を認識していないホモ・サピエンスである。 ...
2021.12.12
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中国語には文法が存在しないか?〜アジアの言語には文法が存在しない(英語との比較)〜

中国語には、文法がないという説をきいたことありますが、それは間違いだと書いてあるのを見たことあります。 文法がないという説があるからには、他の言語にはない、それなりの理由があると思います が、どういう理由でしょうか?そういうことは言語学を習得してる人でないとあるともないとも言えないので、それぞれの理由を教えてください。 どこから聞いてこられてかは不明ですが、文法がない言語なんて存在しませんよ。動物ではあるまいし。 逆にお伺いしたいですが、中国語話者は何を基準に話しているんでしょうか?全く無秩序に話しても通じるなどとお考えならそれは大きな間違いです。少しでも秩序があれば、それが紛れもなく「文法」です。 中国語に文法がないなどと言い出した人は、おそらくは中国語を理解しない人で、中国人を見下げ、差別していた戦前の日本人や欧米人が言い出したものなんでしょう。中国人を動物扱いしていた人たちの発言が発生源だと思います。 時制がないとか、語尾変化がないとかの特徴はありますが、語尾変化が無くてもいろんな方法を使って時制も表現できるし、欧米語や日本語のように語尾変化がある言語が基本で、語尾...
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アリストテレスの質料の意味〜もしある対象が人間の要素(質料)を持つならば、その対象は人間であるのか?〜

 アリストテレスは形相と質料という考えを提示した。一般的には、形相は対象の形であり、質料は対象の要素であった。しかし、俺らが彼の考えに接するとき、俺らは「だから、何?」と疑問に思っただろう。 このような当たり前の考えが高尚な考えとして紹介される。俺らはこの状態に違和感を覚えてきた。以下では、俺らはアリストテレスの質料の意味を提示する。 個人的な印象では、アリストテレスの時代の哲学者の考えを理解するためには、俺らは人間社会に関する背景や物事の意味を把握する必要がある。なお、質料の英語は「matter or stuff」であるらしい。俺はsubstanceという訳語も見たことがあるように思える。 背景  背景:もしある対象が人間の要素(質料)を持つならば、その対象は人間であるのか?   もしある対象が人間の要素(質料)を持つならば、その対象は人間であるのか?言い換えると、ある対象が存在して、その対象が俺らと同じ要素(質料)を持っていた。このとき、その対象は俺と同じ対象(人間)であるのか? 俺らは俺らの目の前の対象が俺らと同じであるかを判定したい。こ...
2022.01.20
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アリストテレスの形相の意味〜もしある対象が人間の形を持つならば、その対象は人間であるのか?〜

 アリストテレスは形相と質料という考えを提示した。一般的には、形相は対象の形であり、質料は対象の要素であった。しかし、俺らが彼の考えに接するとき、俺らは「だから、何?」と疑問に思っただろう。 このような当たり前の考えが高尚な考えとして紹介される。俺らはこの状態に違和感を覚えてきた。以下では、俺らはアリストテレスの形相の意味を提示する。 個人的な印象では、アリストテレスの時代の哲学者の考えを理解するためには、俺らは人間社会に関する背景や物事の意味を把握する必要がある。なお、形相の英語は「form」であり、形式に近い。 背景 ロゴス(思考の規範)  俺の認識 地中海人は自己の思考の規範、つまり自己のロゴスを持っている。  東洋人と地中海人では、思考の規範が異なる。俺らが地中海人の思考の規範をロゴスMと仮定すると、東洋人の思考の規範はロゴスEである。俺らがアリストテレスの質料と形相の意味を把握するためには、俺らは地中海人の思考の規範を知っておく必要がある。 この思考の規範、ロゴスは人種や民族や宗教によって異なる。異なる人種や宗教や民族が異なる性規範...
2022.01.20
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アリストテレスの目的因〜科学と数学は現代文明の基盤であるか?〜

 四原因説(しげんいんせつ、英:Four causes)とは、アリストテレスが自著『自然学』の中で論じた、自然学は現象についてその4種類の原因(希:αἴτιον、アイティオン)を検討すべきであるとする説である四原因説  アリストテレスは現象の原因を4つに分類した。それぞれは質料因と形相因、そして作用因と目的因と呼ばれた。以下では、俺らはアリストテレスの目的因とは何であるかを提示する。 例えば、俺らはサッカーのような運動競技を考えてみよう。俺らは人間社会(ソサエティ)をその運動競技と例える。そのとき、そのソサエティの中には、サッカーの運動競技場が存在して、それはテクノロジーの産物と科学者や数学者には感じられている。 なぜなら、サッカーの運動競技場(の建設)には、近代科学や近代数学が使用されてきた。大和民族の科学者や数学者はその事実を悪用して、彼らは「近代科学や近代数学が現代文明(人間競技)を作ってきた」と主張してきた。  この主張は事実であるのだろうか?科学や数学がサッカーの競技場を作ったのか? 何がサッカーの競技場を作ったのか?  俺の審判:科学...
2022.01.20
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論理(logic)とは?論理と推理

 以下では、俺は論理に対する俺の印象を提示する。大和民族の間では、論理は永久不変の真理を獲得する何かになっているように見える。けれども、俺はこの種の感じ方に反対する。 個人的には、俺は論理を推理の一種とみなすとき、俺はスッキリする。論理には、reason や inference や deduction or induction などが存在するらしい。 論理(logic)  論理(logic):論理とは、機械的な推理である。または、論理とは、対象を機械的に推理する(脳の)運動である。  論理とは、機械的な推理である。または、論理とは、対象を機械的に推理する(脳の)運動である。個人的には、俺は論理を永久不変の真理を獲得する何かでなく、推理の一種と認識する。 警察が犯人を逮捕する時、警察は与えられた情報から推理して、犯人を逮捕しようとする。同様に、科学者は実験によって与えられた情報から機械的に推理して、自然界に関する情報を獲得しようとする。犯人逮捕のための推理の一種が論理である。 論理  俺らが論理を推理の一種と認識する時、俺らは論理と推理の違...
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自己繰り込み思考

 ホモ・サピエンスの一部は自己の存在を考慮して、思考できない。俺らが大和民族を見るとき、俺らは彼らは自分がモンゴロイド人種であることを考慮せずに思考していることに気づく。 自己繰り込み思考  自己繰り込み思考:自己繰り込み思考とは、ある対象が自己を繰り込む思考である。  自己繰り込み思考とは、ある対象が自己を繰り込む思考である。略称は繰り込み思考や繰り込みである。以下では、俺らは繰り込みできていない思考を見てみよう。 具体例   現在、コロナウイルスに関して、モンゴロイド人はネグロイド人種によって暴力を振るわれている。buveryは黒人を彼らの暴力に関して批判した。それに対して、Kは左の呟きで返答した。 一見すると、彼の発言は正しいように見える。けれども、彼は自己を繰り込んで思考していない。その結果、彼の発言も行動も奇妙に見える。彼の思考には、思考への自己の繰り込みが存在しない。 彼の人種はおそらくモンゴロイド人種である。もし彼が繰り込み思考を実行するならば、彼はネグロイド人種に同情せずに、彼はアメリカ先住民に同情する。そして、彼はア...
2021.12.12
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顔ずれ〜生物的事実と自己認識(アイデンティティ)のずれ〜

 俺らがホモ・サピエンスを観察するとき、俺らはある種のホモ・サピエンスの生物的な事実と自己認識が狂っていることに気づく。以下では、俺らは名前をその状態に与える。なお、俺らは自己認識を自己の所属しているソサエティから導かれる自己を約束する。 顔づれ  認識:顔ずれとは、自己の生物的事実と自己認識が一致しない状態である。 具体例  ユダヤ教徒の白人の生物的事実は欧州人(欧州小人種)である。彼らの自己認識はセム人(ユダヤ人)である。セム人の小人種は中東小人種であり、欧州小人種でない。 ユダヤ教徒の白人の生物的事実は彼らの自己認識に一致していない。だから、ユダヤ教徒の白人の状態は顔ずれである。おそらく、ユダヤ教徒の白人は中東発祥の宗教から彼らの自己認識を導出する。 その結果、顔ズレが生じる。しかし、ユダヤ教徒の白人の人種はコーカサス人種である。だから、人種的なには顔ずれは生じていない。 具体例  バラク・オバマはコーカサス人種とネグロイド人種の中間種(エチオピア的中間種)である。しかし、アメリカ社会では、オバマは黒人(ネグロイド人種)になる...
2021.12.12
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現象に対する俺の認識について

 以下では、俺は現象について述べる。感覚的には、現象は主語及び動詞や主語及び形容詞に対応する対応先である。なお、俺は文と現象を区別する。 現象 図1  上記が運動に関する現象である。は≡に対応する。今、俺がをとみなすと、が≡に対応、または一致する。つまり、俺が=を一致と解釈するとき、≡=。 図2  上記が状態に関する現象である。は≡に対応する。今、俺がをとみなすと、が≡に対応、または一致する。つまり、俺が=を一致と解釈するとき、≡=。 電飛 文
2022.04.21
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mutualの日本語は相互的であるか?〜reciprocalとの違い〜

 mutualもreciprocalも相互的であると訳されるように見える。俺は英語を母国語としないので、俺はこの違いを感覚的に把握できてこなかった。しかし、俺が大学教員の研究費に関する呟きを読んだ後、俺はmutualの感覚を何となく把握できるようになった。 mutualっぽくない呟き  上記の呟きはmutualの欠如した呟きであるように見える。当然、reciprocalでもない。mutualは相互的と翻訳されるが、俺はreciprocalが相互的(双方性)であるように見える。 なぜmutual的でないか?  上記の菊池誠の発言は乞食的である。彼は他者との約束や契約それ自体を認識できないので、彼はこの種の呟きを投下してきた。科学事業に関する契約が成立するためには、国民にも利益が存在する必要がある。 菊池は「(お金)をばら撒け、学費はただにしろ、生活費は出せ」と自分の都合しか考えていないような呟きを繰り返している。本来であれば、菊池は国民がお金を彼らに貸す(交換)場合、大学側と国民側はこの種の利益を "一緒に共有できる" と主張する必要がある。 ...
2022.05.05
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種無し(しゅなし)〜自己の人種を認識していない対象〜

 大和民族の人種はモンゴロイド人種であり、その人種はアメリカ先住民やイヌイットの人種に等しい。俺が大和民族がアメリカ大陸の多様性を賛美するとき、俺は彼らは自己の人種をモンゴロイド人種と「認識」していないと審判する。なぜなら、アメリカ大陸の多様性は彼らモンゴロイド人種の虐殺と絶滅の結果である。 種無し(しゅなし)  種無し(しゅなし):種無し(しゅなし)とは、自己の人種を認識していない対象である。  種無し(しゅなし)とは、自己の人種を認識していない対象である。自己の人種を一般化して、自己の生物種や自己の小人種や自己の民族を含める。個別には、生種なし、小種無し、民無し(みん)である。 具体例  種無し(しゅなし)の具体例は大和民族である。彼らは彼ら自身の人種がモンゴロイド人種であることを認識していない。大和民族は自己の人種(モンゴロイド人種)を認識してない対象である。種なしの定義により、大和民族は種なしである。 なぜ大和民族が種なしであるのかは不明である。彼らは人種に関する鏡像認知を持っていないのかもしれない。あるいは、大和民族はソサエティ(社会...
2021.12.12
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対象の色は電磁波か?〜規則(関数)や状態としての対象の色〜

 以下では、俺らは対象の色を宗教的に提示する。そこでは、俺らは色を電磁波でなく、対象の状態と認識する。対象の色とは、多くの種類の電磁波から一つの種類の電磁波を取り出す規則である。 1章 対象の色(状態)  対象の色:ある対象の色とは、多くの種類の電磁波から一つの種類の電磁波を取り出している状態である。 言い換えると、ある対象の色とは、多くの種類の電磁波から一つの種類の電磁波を取り出している規則(決まり)である。俺らは対象の存在と状態と運動を認識する。俺らが対象の色を宗教的に認識する時、俺らは色を存在や状態や運動のどれかに当てはめたい。 注意点として、俺らは対象の色を電磁波それ自体を宗教的に認識しない。あくまでも、俺らは多くの種類の電磁波から一つの種類の電磁波を取り出している「状態」を「色」と認識する。例えば、ある対象がある電磁波aを発するとき、その対象の色とは電磁波aを発している状態である。その対象の色は電磁波aそれ自体でない。 この考えでは、対象の音とは、多くの種類の音(音波)から一つの種類の音(音波)を取り出している状態である。または、対象の音...
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アポローンは太陽神か太陽の創造主か?〜多神教における創造主〜

 古典期のアポローンは主神ゼウスとレートーとの息子であり、アルテミスとは双生児である(ギリシャ神話では姉、ローマ神話では妹とする説もある)。オリュンポス十二神には(諸説があるが)ほぼ確実に名を連ねる。古くから牧畜と予言の神、また、竪琴を手に執る音楽と詩歌文芸の神であった。光明神の性格を持つことから前5世紀には時としてヘーリオスと混同されて太陽神とされ、ローマ時代にはすっかり太陽神と化した。アポローン  上記によると、アポローンは太陽神であるらしい。英語版を見ると、アポローンはSpiritでなくGodになっている。大和民族はアポローンを太陽の中に宿る精霊(神様)と感じているように見える。 1章 太陽の創造主とは?  太陽の創造主:太陽の創造主とは、太陽システムを創造した対象である。  太陽の創造主とは、太陽システムを創造した対象である。太陽の創造主は太陽に宿る精霊でない。これは一神教における創造主が世界に宿る対象でないことに似てる。 1節 太陽システム  太陽システムとは、太陽の空間と太陽と太陽の運動法則の組みである。太陽の空間とは、...
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テクノロジーとは何か?テクノロジーvsソサエティ

 テクノロジーの定義を提示することは俺らにとって難しい。しかし、俺らがテクノロジーをソサエティと対比させる時、俺らはテクノロジーの意味を把握しやすくなる。西洋文明は古代地中海文明と同様にハイ・テクノロジーでロウ・ソサエティの文明であった。 1章 テクノロジーに対する印象  Technology ("science of craft", from Greek τέχνη, techne, "art, skill, cunning of hand"; and -λογία, -logia) is the sum of techniques, skills, methods, and processes used in the production of goods or services or in the accomplishment of objectives, such as scientific investigation.   テクノロジーに対するざっとした印象は機械的、化学的であるように見える。物理や工学がテクノロジー的である。 通信  インター...
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